206.Stella クリスマスイベント編<4>
12月25日。冬至を祝うお祭り、クリスマスである。昨日、人類基地では記念祭出場者で集まってのささやかなパーティーが開かれ、出場者同士で仲を深めることができた。
そして、今日はクリスマス当日。お祝いムードが続く人類基地の誘惑を断ち、俺は配信を行なうことにした。
今日がクリスマス当日なのは、人類基地の中だけではない。VRMMOである『Stella』の中もクリスマス全開で、クリスマス当日限定のイベントが開催されている。
そんな日にわざわざ配信をやるということはつまり、クリスマス限定の何かに触れようということだ。
マザー・スフィアからの攻略メモによると、剣と魔法の『星』ファルシオンの辺境にある町で、クリスマス限定のクエストが受けられるらしい。それをぜひとも攻略してくれと、マザーとフローライトさんの二人から直々に言われている。
なので、本日も俺とヒスイさん、そしてゼバ様は、ギルバデラルーシ全体に向けてライブ配信を開始して、『Stella』へとログインした。
「おや、今日のヨシムネの服は、森の動物達が着ていた衣装に似ているな」
「おっ、ゼバ様解る? サンタクロースっていう、クリスマスの夜に子供へプレゼントを配るおとぎ話の登場人物がいるんだ。俺の衣装は、そいつが着ている服だな」
今日の俺の衣装は、ミニスカサンタコス。宇宙3世紀でも、サンタ服はコーラ会社の影響で始まった、赤と白の配色のままらしい。
「クリスマスとは?」
「おっと、そこから説明しないと駄目か。ヒスイさん、解説よろしく」
「はい。簡単に言うと、冬に行なわれる大きな祝い事です。今の人類圏では、惑星テラの冬至を祝う祭りとして定着しています。歴史的に見ると、とある宗教の教祖の生誕を祝う祭りとされていた時期が長いのですが、今の人類文明では宗教が廃れましたので、本来の姿である冬至祭りに立ち返っています」
「ふむ。冬至か。さすがに私達の惑星とは、時期が違うな」
「そりゃあね」
『いつか、私達の祭りにもヨシムネを招待したいものだ』『記念祭も楽しみだ』『人間の音楽か』『音楽以外の催し物もあるのだろう?』
ギルバデラルーシの祭りかぁ……きっと楽しい音楽にあふれているのだろうな。
ちなみに、今日の俺の格好はミニスカサンタだが、ヒスイさんはトナカイの格好をしている。俺としてはもっと可愛い格好をしてほしかったのだが、ヒスイさんはシュールなトナカイコスを選択した。そりゃあ、サンタにトナカイはつきものだけどさ。
「さて、それじゃあ。本日の予定だ。クリスマス当日限定のクエストを攻略するため、辺境の町へと向かうぞ」
「ふむ。昨日買った乗り物に乗って移動か? あれはそれほど速くないが、辺境となると配信時間中に着くのだろうか」
「簡単に着かない距離だから、公共の高速移動手段を使うぞ。飛竜船だ!」
はじまりの町の東側に存在する、飛竜船乗り場という場所にやってきた俺達。
そこでは、多数の船が陸上に置かれており、数多くのワイバーンがその船に鎖で繋がれていた。
「あの生物は?」
「竜っていう架空の生物がいて、あれはその竜の中のワイバーンっていう空飛ぶ生き物だな」
「なに? あの巨体で空を飛ぶというのか? あの大きさでは体積がかさんで、体重が重くなりすぎて飛ぶことは困難になるはずだが……」
「魔法の力で飛ぶんじゃないかなぁ。竜だし」
『魔法、便利』『人間達は、とりあえず魔法って言っておけばどうとでもなると思っていないか』『架空の生物などそんなもの』『ギラは空を飛ぶ仕組みが説明されていなかった』
だから、どんな生物なんだよ、八本足のギラ!
さて、そんなこんなで俺達はお金を払って飛竜船に乗り込み、辺境の町へと飛んだ。時間が勿体ないのでチャーター便だが、銀河共通通貨で支払えたので、特に問題はなかった。
このゲームはそこそこの期間プレイしているから、ゲーム内マネーがそれなりに貯まっているんだよな。かたつむり観光客プレイだから、マント以外の防具にお金使っていないし。
「おお、速いな」
飛竜船の飛行速度は本当に速く、ゼバ様もご満悦のようだ。視聴者達もそれなりに盛り上がっている。
そして5分ほど乗ったところで、飛竜船は目的地の辺境の町へと到着した。
「雪が降っているな」
飛竜船から降りてすぐに、ゼバ様がそんなことを言った。
確かに、雪が降って道に積もって、あたりは一面真っ白だ。ホワイトクリスマスってやつだ。
「風情があるなぁ」
「私達ギルバデラルーシは、雪が降る環境ではとても生きられないのだが……寒くないな」
「ギルバゴーレムは防具や服を装備できない種族だから、その分だけ耐寒性は高く設定されているんだろうな」
「雪を踏んでいる感触はあるのだが、冷たくはない。不思議な感覚だ……」
と、雪を前に俺とゼバ様はしばし言葉を交わした。
それから俺達は移動を開始する。まずは、『星の柱』という、町と町の間を転移するためのオブジェクトの登録に向かう。
町の中央広場に行き、星の柱に三人それぞれが触れる。これで登録完了だ。もう、この町への移動に飛竜船を使う必要はなくなった。
ちなみに星の塔や星の柱はNPCでは使えないらしい。商隊の護衛クエストとかを成立させるためのゲーム的な制約だな。NPCが他の『星』へと渡るには、専用の船に乗る必要があるようだ。
「さて、町には着いたけど、ここからどうするんだっけ?」
マザー・スフィアから渡された攻略メモを、目の前に呼び出し読み始める俺。配信中なのに堂々とカンペ閲覧である。
「町の役所で、クエストの受注ですよ」
「おっと、そうだった」
ヒスイさんに言われ、俺はあわててMAPを確認する。役所は、広場のすぐそばか。テレポーターを使う必要もないな。
歩いて役所にやってきた俺達は、受付の奥にいた眼鏡の男を呼び、クエストの受注を試す。
「流れ星の丘クエストをやりたいんですけどー」
俺がそう受付の人に言うと、相手は眼鏡をくいっと上げて、答える。
「ありがとうございます。なかなか人が集まらなくて困っていたのですよ」
「ありゃ、そうなの?」
「はい。告知が足りなかったのでしょうか……」
少なくとも、この800チャンネルの役所内には他のプレイヤーらしき姿は見えない。これが、人が集まる一桁台のチャンネルならまた違ったのかもしれないが。
「では、流星の丘の護衛任務を受けてくださるということで、戦いの実力を示す何かはございますか? 職業ギルドの武器免許証などでよいのですが」
「おっ、了解」
俺とヒスイさん、そしてゼバ様は、戦士ギルドから渡されている免許証を受付に見せた。
俺が弓のランク5、ヒスイさんが大剣ランク9、ゼバ様が短剣ランク1である。
「ほう、戦士ギルドのランク9ですか! これは頼もしい!」
ヒスイさん、地味に『Stella』をやりこんでいるっぽいからな……。業務用ガイノイドの肩書きは伊達ではなく、他の作業をしながら並行で『Stella』にログインしてキャラを鍛えることができるのだ。
それも、遊ぶためにやっているわけじゃなくて、俺の護衛を完璧にこなすためにやっているらしい。ちょっと姉妹愛が重い……。
「では、任務の内容を説明させていただきます」
そうして語られたのは、この町の近くにある名所の話だった。
この町から北に真っ直ぐ進むと、流星の丘と呼ばれる不思議な場所が存在する。
その流星の丘は、なぜか常に夜となっており、空を見上げると流星が降る光景が見られるのだという。
そして、冬至のこの時期、流星の数が一気に増える。クリスマス当日ともなると、空一面の流星が見られるそうだ。
流星に願い事をすると、願いが叶う。そんなジンクスはこの世界にもあるようだ。
流星の丘がデートスポットとして優れていることもあり、この時期は愛が永遠に続くことを願うために結婚前のカップル達が流星の丘まで、デートをしにいくらしかった。
だが、流星の丘は、町の防壁の外。この時期は特に小悪魔系のモンスターが出現するため、護衛を集めているとのこと。
「というわけで、皆様には、カップルを一組、流星の丘まで護衛していただきます」
「だそうだ。受注していいよな?」
俺はヒスイさんとゼバ様に確認を取る。もちろんだと答えが返ってきたので、俺はPTリーダーとしてクエストを受注した。
恋人達のクリスマスクエスト。そんなギルバデラルーシに理解できそうにないクエストを今回選んだのは、マザー・スフィアからの提案を受けてのものだ。
曰く、そろそろ彼らも人間の恋愛を学んでもいい時期だと。このクエストは、人間の恋愛の習性を教えるのにちょうどよいのでは、とマザーが言っていた。
そんなギルバデラルーシのゼバ様はというと、何やら考えこんでいたかと思うと、俺に尋ねてきた。
「願いが叶う……か。ヨシムネは願いが叶うなら、何を願う?」
「んー? 願いかぁ……今、何も不自由していないんだよなぁ」
俺は、隣に立つヒスイさんを横目で見て、そして答えた。
「お金はあるし、生活も安定しているし、友人もいる、ヒスイさんっていう家族もいる。……ああ、過去に残してきた家族が少し心配だな。ヒスイさんに聞けば判るのかな」
農家の仕事は、多分、従妹の女子高生の四葉愛衣ちゃんが継ぐだろうから心配はそれほどしていないが。ただ、未だ現役で農業やっていた爺さん達の介護があの後必要になったとしたら、俺という男手が失われたのは痛い。
「申し訳ありません。ヨシムネ様の家族のその後は、私も聞き及んではおりません」
そうか。いずれ誰かから聞けるのかね。
「家族か。人間の家族というものは、私達の群れとは違うのだったな」
ゼバ様が、そんなことを俺に向けて言った。
「そうだね。確か、ギルバデラルーシは……長老から増えるんだよな?」
「ああ。長老が集団の適切な人数を維持するために、必要なだけ卵を産む。孵った子は集団全員で育てる」
なるほどなー。今までゼバ様の三人称を頭の中で彼って呼称していたけど、本質的にはメスなのかもしれないな。
さらに、ゼバ様は言葉を続けた。
「長老は各部族に一人ずついて、長老が亡くなると、その群れにいる生きている個体の中から新たな長老が誕生する。私はその長老達を束ねる大長老だったが、大長老とはただの社会的役割で、生物としてはただの長老と変わりない」
『我々の人口は増える一方だ』『外敵もいないので、開拓が進んでいる』『魂の柱から祖先が人形の身体で復活するとなると、どれだけ増えるのか』『寿命を迎えるまで死なない者が増えたので、若い個体も維持しようとするとどうしても多くなる』
ああ、平和になって人口増しているのか。出産調整しているみたいだから、さすがに21世紀の少子高齢化みたいな問題は起きないだろうが、調子に乗って人口を増やすと、土地が足りなくなる可能性もあるかもしれないな。
そのときは、ギルバデラルーシも宇宙進出して、スペースコロニー住まいになるのだろうか……。
そんなことを思いつつ、俺達はクエストで指示されたカップルのもとへと向かう。
目的地は、町の救貧院だ。救貧院ってなんだ?
おおっと、ヒスイさんが目を輝かせながら解説をしてくれたぞ。
救貧院とは!
貧困者を救済するための慈善施設であるらしい。働けなくなった老人や、親のいない子供、怪我や障がいを抱えた人間などを住まわせ、生活の支援をする場所だそうだ。
惑星テラの歴史では、ブリタニア国区にて十世紀から存在しており、国が運営する物もあれば、教会が運営する物もあったという。
「つまりは、子供以外も面倒見る孤児院みたいなもの?」
「端的に言うとそうなります」
ヒスイさんの説明を受け、俺はまた一つ賢くなった。で、俺達の目的地はその救貧院だ。
MAPを確認しながら、テレポーターを使い町外れに飛ぶ。『Stella』の町は結構広いので、もしテレポーターがなければ移動に時間を取られすぎてキレそうだな。
ゲームの中の町は広ければいいってわけじゃないどころか、せまい方が快適なくらいだ。
だが、『Stella』はところどころでワールドシミュレーターっぽい部分があるので、せますぎる町も問題があるのだろう。
などと考えている間に、救貧院に到着した。救貧院は大きな屋敷のような建物で、飾り付けがあちらこちらにされていて完全にクリスマスムードだ。
中に訪ねていくと、この世界の宗教である聖教のシスターが俺達を迎えた。
流星の丘の護衛に来たことを伝えると、待っていたとばかりに、護衛対象であるカップルを呼んできた。
「よろしくお願いします!」
やってきたカップルは……十歳くらいの少女と、八歳くらいの男の子であった。
「……ヨシムネ、この者達は妙に小さいが、幼体ではないのか? それとも、ヨシムネと同じ種族か?」
「あーうん、君達、種族は?」
「私はヒューマンです」
「僕もヒューマン」
うむ、どこからどう見ても、人間の子供だな。
「……恋愛とは人間が子孫を残すための習性だと思っていたが、違うのか? 人間の幼体は子を作れないのだろう?」
ゼバ様がそんなことを言う。言いたいことは解るが、待ってくれ。
「いやあ、そう単純なことじゃないよ。同性相手でも恋愛するし、子を作れなくなった老人も恋愛するよ」
「それは……なんとも難しい」
「なんなら、別種族に恋する人すらもいる。人類とギルバデラルーシとの交流が進んだら、ギルバデラルーシに恋する人も出るんじゃないかな?」
「本気で言っているのか!?」
「うん」
「そうか……恋愛とはそこまで複雑な概念なのか……」
『友情とは違うのか?』『子を愛おしく思う感情とも違うのか』『難しい……』『雌雄のない私達に理解できる概念なのだろうか』
頑張って理解してくれ。実際にギルバデラルーシが恋愛感情を持つことはできないだろう。だが、理解自体はしてくれないと、人間との交流が成ったとき、いらぬところでトラブルを起こしそうだからな。
「あの……何か問題でもありましたか?」
少女が、不安そうに尋ねてきた。俺は、あわてて彼女に答える。
「ああ、ごめんな。思ったよりも小さな子達が出てきて、驚いただけだよ」
「私達の歳で流星の丘って、やっぱり早すぎるのでしょうか?」
「いいんじゃないか。恋に早いも遅いもないだろう」
「!? そうですよね!」
少女は、隣に立つ男の子の手をぎゅっとにぎって、嬉しそうに言った。
うんうん、いじらしいカップルじゃないか。どれ、おじさんがいいところまで連れていってやろうじゃないか。
『ううむ、確かに友愛とは距離感が違うような』『距離が近い』『幼体を守る成体の様子にしか見えないが』『人間が子を産むのに適切な大きさはどれくらいだろう』
ギルバデラルーシの皆さんは、ゆっくりと理解を深めていってくださいな。




