204.Stella クリスマスイベント編<2>
キャラメイクが終わり、俺、ゼバ様、ヒスイさんの三人は草原に降り立った。
懐かしい風景だ。このチュートリアルを行なう『星』には、プレイ初日以降、訪れたことはない。
ゼバ様は早速、チュートリアルが始まっているようで、彼の前に移動ガイドが表示されている。なるほど、他人のチュートリアルは、こうやって外からでも表示が見えるのか。
だが、チュートリアルを始める前に、一つやっておくことがある。
俺は、身長二メートルに縮んだゼバ様に向けて言った。
「ゼバ様、PT組もう」
「む。PTとは?」
「一緒に遊ぶ仲間と組む、一時的なチームのことだな。PTメンバーだけでしか聞こえない会話をしたり、戦闘の成果をPTメンバーで分配したり、発生するクエストをPTで共有したりできる」
「ふむ、クエストとは、ゲームから提供される限定的な使命のことでよかったか?」
「だいたいそんなものだね」
「そうか。その辺の概念は、私達のたしなむテーブルゲームとそこまで大きくは変わらないか」
そう言って、ゼバ様は俺から出したPT加入要請を承諾した。
よし、俺をリーダーとした三人PTをちゃんと組むことができた。PT会話をすれば、惑星ガルンガトトル・ララーシから接続していることも周囲にはばれないだろう。
「それじゃあ、チュートリアルを始めようか」
「ああ、適時サポートを頼む」
ゼバ様はそう言うと、ガイドに従って前進し始めた。歩行スキルはまだ初期値だからか、歩みは遅い。
俺は、本日の衣装であるバニーアーマーの耳をぴょこぴょこと動かしながら、それについていった。猫耳アーマーのヒスイさんはそのさらに後ろだ。
「おや、『歩行スキルが上昇した』と出たな」
ゼバ様が、歩きながらそんなことを言う。歩行スキルのアンロックと上昇は、あらゆる行動でスキルが上昇する『Stella』のチュートリアルで必ず見られる光景だ。
「それがこのゲームの肝、スキルレベルの上昇だ。歩行が上手くなって、移動速度が少し上がったということだな」
「なるほど、行動が数値化され、ゲームに管理されているのか……」
『なじみ深いな』『テーブルゲームで似たような仕組みがある』『あれは計算が煩雑で、あまり好きじゃない』『このゲームは数値計算を自動でやってくれるのか』『よき』
「計算を面倒くさがるとは、なげかわしい……ふう、しかし、歩行してみて感じるが、身体の動きが重いな」
ゼバ様が歩きながらそんなことを言う。
「生まれたてのキャラだから、身体能力が低いんだ」
「それだけではありませんよ。この『星』の重力は、惑星テラの重力と同じです。惑星ガルンガトトル・ララーシの重力は、それよりも低く、それに慣れたゼバ様は動きが重く感じるのです」
ヒスイさんが解説を追加してくれる。
「なるほど、重力が強いのか」
「今のゼバ様は身長が二メートルですので、体重も体積分減って、本来よりも動きやすくなっているのですが……それでもこの重力にはまだ慣れていないでしょう」
そんな会話をしているうちに、俺達はチュートリアルを行なってくれる集落へと到着した。
集落の入口には見覚えのある老女が待っていて、俺達を迎え入れた。
「ようこそ、『星』を巡る新たな渡り人よ。そしてそれを導く者よ。あなた達の誕生と再訪を歓迎します」
そう歓迎されて、俺達のチュートリアルは始まった。
走る、跳ねる、転がると、基礎的な動きをアシスト動作混じりでゼバ様に行なわせる。
ゼバ様は初めて経験するシステムアシストのアシスト動作に、初めは困惑していた。
だが、思考するだけで勝手に身体が動いてくれる便利な機能だと理解してからは、積極的にアシスト動作を使い出した。本人曰く、「身体が重くても自在に動く」と、便利使いしているようだ。
俺もやった五メートルの高さから落ちる訓練も、ゼバ様は恐れることなく通過し、生産スキルの調合訓練も問題なくクリア。
そのままの勢いで、戦闘のチュートリアルへと突入した。
ゼバ様は老女にどの武器を使うか聞かれ、投擲できる小さな武器を要求。すると、投げナイフのセットを渡された。
「では、戦闘訓練と参りましょう。【サモン:リトルゼリー】」
老女が召喚魔法を使い、モンスターが呼び出される。
「ふむ。面妖な生物だ……」
「リトルゼリーというスライム系モンスターです。これと戦ってください」
「殺してしまってもよいのか?」
「はい、構いません。モンスターは基本的に人の害になるものです。倒すことを戸惑わないように」
「了解した」
ゼバ様はそう言うと、その場に立ったまま無言でリトルゼリーを見る。
すると、ゼバ様に向けて跳ねていったリトルゼリーが、急に止まった。そして、リトルゼリーは勢いよくねじれて、千切れた。
ねじ切れたリトルゼリーは、そのまま光の粒となって消滅する。
「お見事です」
「……ふう、だいぶソウルエネルギーの数値が減ってしまったな」
『非効率』『つぶてを飛ばすべきでは?』『今のはいくさで大長老が得意とした技か』『生まれたてのキャラクターに使わせるには無理があるな』
へえ、大長老はあのサイコキネシスでねじる技が得意だったのか。いかにもサイキッカーって感じの技だな。
さて、戦いは終わったが、問題はここからだ。
「戦う力に問題はないようですね。ですが、こちらの世界での戦闘は、死が身近にあります。渡り人は不滅の存在。死を一度経験しておくとよいでしょう。【ロックポイズン】」
「!? なに、を……」
老女から毒の洗礼を受け、その場に倒れるゼバ様。
『どういうことだ』『この人間は敵だったのか』『ならばなぜヨシムネは助けにいかないのか』『待て、死を経験しておけと言っていたぞ』
うん、これはチュートリアルの一環なんだ。
毒でHPがゼロになったゼバ様は、光になって消えていく。本来ならば死亡後は蘇生魔法の待機時間があるのだが、チュートリアルだからか即復帰ポイントに戻されたのだろう。
「では、あの方のもとへと向かいましょうか。それともあなた方も、もう一度毒を受けてみますか?」
「いいえ。俺は遠慮しておきます」
デスペナないからって、あえて毒を受ける理由はない!
ということで、老女はその場で魔法のゲートを開き、俺はそれをくぐった。すると、集落の入口で、ゼバ様が所在なげに立っていた。
「おお、ヨシムネか。あれはなんだったのだ」
「簡単に言うと、死を体験する訓練だね。MMORPGって、割とあっさり死んで簡単に蘇るから、それに慣れておこうってわけだ」
「なるほど……」
俺とゼバ様がそんな言葉を交わすと、老女が近づいてきてゼバ様に向けて言った。
「無事に蘇生したようですね。それがあなた達渡り人のこちらの世界での死です。時間を巻き戻したかのように、何も失わずに蘇ります」
その言葉を受けて、ゼバ様は「ふむ」と答える。
「本当に何も失わないのだな」
「ええ」
ここで一応、補足をしておこうと俺はゼバ様に言う。
「死んだら、魔法での蘇生を待つ状態になって、蘇生を受けられない場合は登録した復帰地点で復活するようになっているぞ」
「蘇生の魔法は私とヨシムネ様の二人がともに覚えておりますので、死んだ場合は復帰地点に戻らず待機するようにしてください」
ヒスイさんもそう追加で補足を述べて、ゼバ様は「解った」と答えた。
『蘇生か……』『魔法は奇跡のごとき技もあるのだな』『さすが空想の世界だ』『現実でも蘇生は可能になったが、肉体までは元に戻らないからな』
視聴者の人達にも、ゲームの世界はなんでもありだと少しずつ慣れていってもらおうか。
さて、そんなこんなでチュートリアルの全行程が終わり、いよいよ別の『星』へと旅立つときが来た。
ゼバ様は、餞別として銀河共通のお金を老女から少額受け取る。
「これが人間の通貨か……ふむ、銅か?」
「銀河共通貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順に希少価値が上がっていきます」
「なるほど。この銅貨で、管楽器は買えるか?」
「ファルシオンの物価は私には判りませんが……おそらくその程度の銅貨では、値の張る楽器は買えないでしょう。食料品を買う足しにでもしてください」
老女の言葉を受けて、俺は、はっとする。そういえば、マザーの攻略メモに、ギルバゴーレムは人間の料理で空腹度を回復できないと書かれていた。専用の結晶を食べることで空腹度を回復するので、頑張って探してくださいとあった。
「長老さん、彼の種族が食べる結晶がどこで手に入るか知っているかい?」
俺は、そう老女に尋ねる。
「さて、最近見つかった『星』で結晶が採掘されるとは耳にしましたが……ファルシオンの各職業ギルドなら情報が集まるでしょうから、そこで尋ねてみてはいかがでしょうか」
「そっか、ありがとう。じゃ、ゼバ様、行こうか」
「うむ。長老よ、世話になった」
「はい、いつでもここをお訪ねください。羊たちと共にお待ちしております」
そうしてチュートリアルを終えた俺達は、世界を移動するためのモニュメントである星の塔を使って、剣と魔法の『星』ファルシオンへと向かった。
銀河をビュンと飛んで、ファルシオンの星の塔へと降り立つ。
石畳が敷かれた広場に出ると、視界の向こうに中世ヨーロッパを思わせる町並みが広がっていた。
「ほう、これは、以前のダンスゲームで見た光景とはまた、様相が異なっているな。面白い」
「そうだね。惑星テラにある一部地域の1000年くらい前の光景を参考に作られていると思う」
歓喜の音を「キュイキュイ」と鳴らすゼバ様に、俺がそう答える。
「さて、今日は次回の配信に備えて、キャラクターを鍛えるつもりだけど、ゼバ様は何かしたいことがあるかな?」
と、俺が聞くと、ゼバ様は「それならば」と語り始めた。
「管楽器が何か欲しいな。そのためには、この銅貨を多く稼ぐ必要があるのだろうが、どこで手に入る物なのか……」
「それなら、戦士ギルドに登録して、モンスターや動物を狩って、肉や皮の納品かな」
「なるほど、狩りか」
俺の提案を受けたゼバ様は、早速、戦士ギルドに向かう……前に、目標金額を確認するため、楽器屋へと向かうことにした。
MAPを確認し、町中の随所に存在するテレポーターを使って、楽器屋のすぐ近くに転移。そのまま、楽器屋に入る。
この町は人間種であるヒューマンの町であり、ゲームの一種族である巨人族の来訪を想定していない。なので、身長二メートルのゼバ様は、店の扉をくぐるのに少し苦労していた。
「おお、これは……」
『素晴らしい』『これが全て人間の楽器なのか』『よき』『よきかな』『よきよき』『音も聞きたい』
ゼバ様と視聴者が、店一杯に並べられた楽器を見て、感嘆の声をあげている。
放って置いたらいつまでも眺めていそうだな。だが、今は配信中。時間は無限にあるわけではない。
「店員さん、管楽器見せてもらうよー」
「はい、こちらでございます」
「ほら、ゼバ様、管楽器見にいくよ!」
「お、おお、そうだな。あの弦楽器も気になるが、今は管楽器だ」
ハープを名残惜しそうに見ながら、ゼバ様は巨体をゆすって管楽器コーナーへと向かう。
「こちらになります」
「ほう……」
うん、楽器は高いかと思っていたが、それはリアルの事情だったな。ゲーム内での管楽器の値段は、初心者用の武器よりも少し高い程度。つまり、初心者が一日狩りをすれば十分に買える値段だった。
ただ、それでも初心者でも狩れるモンスターの価値を考えると、狩りの時間は結構必要だ。配信時間内に稼ぐとなると、ちょっと厳しいか?
「ゼバ様、せっかくだから、楽器一つだけ俺からプレゼントしようか?」
「む、それは嬉しいが……よいのか?」
「ああ、ゲーム内通貨は、俺もそれなりに持っているからな。本当は、熟練者が初心者に武器や防具をあれこれ買い与える行為は、よくないとされているんだが……楽器一つくらいなら別にいいだろうし」
12月25日のクリスマスには2日早いが、クリスマスプレゼントってことで一つ。
『買い与えるのはよくないのか』『なぜ?』『なぜだろうか』『初心者を手助けするのは、熟練者の義務では?』
おっと、視聴者が不思議がっているな。
「こういうゲームは、自分でお金を稼いで装備を一つずつそろえていくのも楽しみの一つなんだ。だから、熟練者がそれを邪魔するのはよくないってわけだ。でも、今回の配信スケジュールだと、ゼバ様の楽器を買うだけのお金を稼いでいる時間はなさそうでな……」
「そういうわけか。では、素直にヨシムネの施しを受けることにしよう。感謝する」
「おっけー。じゃあ、好きな楽器、一つ選んでくれな」
俺がそう言うと、ゼバ様は管楽器の方へと向き直った。
「むむむ、それぞれどのような音が出るのか……」
と、ゼバ様が迷っていると、店員が近づいてくる。
「お客様、よろしければ、それぞれ私が演奏して音を試してみますが」
「おお、よきかな。ぜひ試し聞きしてみたい」
「了解いたしました。では、お席を用意いたしますのでこちらへ……」
というわけで、予定していなかった楽器の視聴が始まってしまった。
うーん、配信時間、だいぶ延びてしまうな。今日は五、六時間の配信を覚悟しなければいけないかもしれない。まあ、たまにはそれもまたよきかな。




