199.al-hadara(文明シミュレーション)<3>
土器で料理を作る様を満足して眺めるゼバ様と、ゲルグゼトルマ族の視聴者達。
切りがないので、俺はゼバ様をせっついて次の指示をエルフに出させる。
「では、次こそ狩猟道具だ」
そうして生まれたのは、石槍と石斧だった。うーん、原始的。
「槍と斧だと? なぜこのような武器を……」
「ん? ゼバ様、何か気になるの?」
「狩猟で近づいて狩るなど、非効率で危険極まりない。尖った石を複数携帯して、射出すれば……」
「エルフはサイコキネシスを使えないからな。槍で突くか投げるのが一番だぞ」
「そうか……確かに、私達と敵対していたプリングムも初期の頃は投げ槍を使っていたと聞く」
かつて居たというギルバデラルーシの敵対種族の名前、プリングムっていうのか。
超能力を使えなかったのにゼバ様を殺すほど強かったというんだから、武力に相当優れていそうだな。
さて、石槍と石斧を手に入れたエルフ達。ゼバ様は早速、狩猟の指示を出し、エルフの集団が草原へと出発した。
狩りの様子が気になるのか、時間スキップする様子がなかったので、俺は代わりに早送り操作をさせた。
草原で動物を狙うエルフ達。小さなネズミのような物に石槍を投げるが、避けられる。さすがに的が小さすぎるんじゃないかな。
そして、草原をある程度進んだところで、トウモロコシを食べる鹿を発見し、エルフ達が方々から石槍を投げつけた。
石槍を受け、動きが鈍る鹿。さらに、エルフが近づいていって石斧で頭をかち割った。
「おお、やるではないか」
『超能力を使わない狩りはこうなるのか』『非効率』『いや、彼らは自らにできることを懸命にやりとげた』『勇敢な戦士』『槍は投げて使うのか』
満足そうにエルフ達を眺めるゼバ様。
いや、それよりもだ。
「ゼバ様、採集指示出して! トウモロコシ、トウモロコシがあるよ!」
「ふむ?」
「鹿が食べていた植物、トウモロコシっていう人間の主食の一つなんだ」
「おお、動物が食べていたのなら、エルフも食べられるということか」
ゼバ様は、その場でメニューを操作し、実行ボタンをポチポチと押して指示を出す。
≪エルフが穀物を採集しました! 研究所で農業の研究が可能になります!≫
「む! 農業か。これは研究させねば」
ゼバ様は早速、エルフに研究指示を出した。
『農業を発明! バッヂ[文明の芽生え]獲得!』
バッヂを獲得し、エルフ達が拠点近くの地面にトウモロコシを撒いていくが……。
「耕しもせずそのまま撒くだけかよ。ゼバ様、農具の研究もさせよう」
「うむ、そうだな。文明には道具が必要だ」
そうして完成したのは、木の鍬と石の鎌、そして木のじょうろだった。
エルフ達は、木の鍬を使い、せっせと畑を耕していく。そして、耕した箇所にトウモロコシの粒を植え、土を被せる。その上に湖畔で汲んだ水をじょうろで撒いた。
そこから早送りで時間は進み、トウモロコシは芽を出し、茎を伸ばし、実をつけ、収穫の時を迎える。
エルフ達は石の鎌でトウモロコシを刈っていき、あらかじめ建てていた木の倉庫に積み重ねていった。この頃になると、エルフの建築技術も上がっていて、石斧を使って林で伐採した若木で木組みの家を建てるようになっていた。まだノコギリはないので、木の板は作れていないのだが。
「なるほど、人間の農業はこのようにやるのか」
『水を撒くのは斬新』『エルフもよく水を飲んでいる』『惑星テラの生き物は、水がなければ生きられないのか?』『そうだとすると、ガルンガトトル・ララーシでは生きられないな』
水がなくても気温の問題で、どのみち人はガルンガトトル・ララーシでは生きられないぞ。
しかし、水を使わない農業か。
「ギルバデラルーシは、どんな感じで農業をするんだ?」
俺がそう尋ねると、ゼバ様はメニューから顔をそらし、俺の方へと向く。
「原始的な農業は、結晶を細かく砕いて土の上に撒くだけだな。しばらくすると、結晶が成長していくので、それを収穫する」
「植物の種とキノコの胞子の合いの子みたいだなぁ……」
「キノコとは?」
「確かエルフが林から収穫していたはずだ。倉庫の中に……ああ、これだ」
倉庫に浮遊して移動した俺達は、椎茸のようなキノコを発見した。
「これがキノコか。植物ではないのか?」
「菌類だね」
「菌類か! 惑星テラではこのような形を取るのだな」
惑星ガルンガトトル・ララーシにも菌はいるのか。そりゃいるよな。
そんな会話をしている間に、早送りされていたエルフ達の収穫は終わる。
そして、エルフ達は早速、トウモロコシを火にくべて焼きトウモロコシにし、さらにトウモロコシをすりつぶして水で捏ねて団子状にし、土器でキノコや木の実と一緒に煮込んで料理にした。
料理を完成させたエルフ達は、食事を始めるかと思いきや、なにやらモノリスの周辺に集まりだした。ゼバ様はその様子が気になったのか、早送りを止める。
モノリスの前で宙に浮く俺達の下で、エルフ達は大きな焚き火を作り、歌を歌い始めた。
それは、歌詞もない、ただ音を発するだけの原始的な歌。さらに、エルフ達は一心不乱に踊り出して、モノリスの周囲を回り始めた。
「これは……祭事か」
興味深そうにゼバ様がエルフ達を眺める。
「モノリスはエルフ達の神様だから、収穫祭をしたんだな」
俺も、ゼバ様と一緒にエルフ達の歌と踊りを楽しむ。
『よきかな』『よきよき』『稚拙だが、感謝の心を感じる』『人間も歌う魂を持つのか』
まあ、ゲームのNPCだから、魂はないんだけどな。
と、そんなやりとりをしている間に、歌は終わり、踊りを止めたエルフ達は、トウモロコシ料理を食べ始めた。
≪エルフの信仰により、あなたの力が高まりました! 支配領域が新たに追加されます!≫
そのシステムメッセージを聞き、俺はメニューに目を通す。
すると、採集可能地域に山岳と川岸が追加されていた。
「山、山か……これはもしかすると……」
ゼバ様は何かに気づいたご様子。
「山に何か気になることが?」
「鉄が採れるかもしれない」
「おおー、鉄器か! でも、精錬できないんじゃあ」
「研究を進めればよい」
というわけで、トウモロコシを食べ終わったエルフ達には、山岳へと採集へ行ってもらう。
そして、採集の結果はというと。
「うん、見事な黒曜石が取れたね。やったねゼバ様、石器が黒曜石の上質な物に変わるよ」
「う、うーむ……」
期待が外れたゼバ様は、さらに山岳の採集を続けさせる。
すると……。
「おお、銅鉱脈を見つけたみたいだぞ」
「銅か……鉄と比べるといささか頼りにならぬが」
「でも、最初は銅から始めるべきだと思うね。精錬に必要な火力が違う」
「では、精錬の研究をさせる」
そして完成する銅インゴット。その銅で、エルフ達は様々な銅器を作り出した。その中に、平らな銅を磨いた銅鏡があった。
銅鏡を見て、初めて自分の姿を知るエルフ達。
≪エルフが新たな衣装を求めています! 研究所で衣装の研究をしてください!≫
欲しがりエルフさんめ。まあでも、最初の研究項目にあったのに、ずっと無視してきた内容だから、ここらで研究を進めた方がいいだろう。
「む、服か。研究はするとして……結晶がない世界の人間は、何を服の素材にするのだ?」
「木綿っていう植物の種子から取れるふわふわしたワタを紡いで糸にしたり、麻っていう植物の茎から繊維を取ったりだな」
「なるほど……む、麻から服を作るようだな」
「ギルバデラルーシの服はどうやって作るんだ?」
『結晶を精製して糸にする』『エルフの服と違って輝いているな』『敵に見つかりやすいのが難だったようだ』『大長老の服は目立たない黒だな』
ふむふむ、守るべき大長老に黒を着せて目立たなくさせて、敵から身を守るという感じかな。理に適っているじゃないか。
そんな会話をしている間にもエルフの文明は発展し、銅器は青銅器に変わる。
さらに、槍を発展させて銛を作り、湖畔や川岸で魚を捕れるようになった。エルフの料理はレパートリーが広がり、どんどん文明的になっていく。
その発展の様子をゼバ様と視聴者は楽しんで見守る。そして、エルフの文明にある転機が訪れた。
『鉄器を発明! バッヂ[アイアンパワー]獲得!』
そう、ついに鉄を手に入れたのだ。
そこまで行くのに、耐熱レンガを作ったり、炉を開発したりと、いくつかの工程があったが、エルフは見事にやってのけた。
「鉄だ。ヨシムネ、鉄を手に入れたぞ」
「ああ、これで農具が鉄製になって効率アップだ」
「それよりも鉄の武器だ。何か敵性生物が来ても、鉄があるならば怖くない」
物騒だなぁ、ゼバ様。さすが敵対生物プリングムとの戦中に生きた人だ。
「そうだ。鉄といえば、プリングムどもはあれを使っていたな」
ゼバ様がなにやらメニューを操作すると、立派な木造建築になった研究所でエルフが何かを研究し始める。
やがて完成したのは、鉄の矢尻を持つ矢と木の弓だった。
「これがあれば、超能力がなくとも敵を遠くから屠ることができる」
『物騒』『さすが最後の戦士』『いくさに散った大長老は違うな』『弓を初めて見た』『こんなものでサイコキネシスに敵うのか?』
弓かぁ。プリングムって文明的だったんだなぁ。
そんなこんなで、鉄器がエルフ達の生活を潤すようになり、フライパンや鍋も作られて、調理器具としての土器はお役御免になった。
料理も発達し、石臼で粉にしたトウモロコシで様々な料理を作るようになる。この頃になると、エルフも増え、専属で何か仕事を担当する者も現れ始めた。
職業を持つ者は、研究所で研究をしなくても、新たに何かを発明することがあった。
≪エルフの料理人が携帯食を発明しました! 支配領域の外まで遠征が可能になります!≫
そんなシステムメッセージが唐突に流れ、ゼバ様が興味深そうにメニューを眺め始めた。
「サバンナと密林に行けるようだ。ヨシムネ、それぞれどんな場所だ?」
「サバンナは、背の高い草とまばらな木が生えていて、動物がいっぱいいる場所だな。密林は木が密集して大量に生えている場所だ」
「ふむ。草原の動物は大人しい者ばかりだったが、サバンナも同じだろうか」
「多分、肉食動物がいるんじゃないかなぁ……」
「そうか。では、鉄で武装させ、サバンナに遠征だ」
マジで物騒だな、ゼバ様!
そうして、エルフの狩人達は食料を荷車に載せ、サバンナへ遠征に向かった。
時間スキップを経てサバンナに到着するエルフ達。
サバンナには、多くの肉食動物や草食動物がうろついていた。
「さて、どう指示を出すか……」
メニューを眺めて頭を悩ませるゼバ様。一方俺は、空中からサバンナを遠くまで見渡す。
「おっ、馬いるじゃん。ゼバ様、あの馬っていう動物捕まえさせよう」
「狩るのではなく、捕らえるのか? 飼育して畜肉とするのか?」
「肉目的じゃなくて、生きたままの利用だ。乗って移動に使ってもいいし、荷車に繋げて引かせてもいい。食事は草と穀物だから、草原で放牧できるかもしれない」
「なるほど、プリングムが飼い慣らしていたアグリグムのようなものか……」
プリングムって、凶暴な種族と最初は聞いていたけど、話を聞くにつれ、すごく文明的なイメージが浮かんできたぞ!
ゼバ様が指示を出すと、エルフ達は馬の群れを追い立てていき、見事捕獲に成功する。
さらに、その馬を狙ってハイエナが襲ってくるが、弓矢で射貫いて討伐に成功。エルフ達はハイエナの肉は食べるつもりがないのか、皮だけ剥いで荷車に載せた。
十分な成果を得て、エルフ達は帰還しようとする。
だが、その進路を塞ぐように、巨大な生物が彼らの前に立ちはだかった。
それは、全身が真っ黒の禍々しい動物。
「ふむ。ヨシムネ、あの動物はなんという動物だ?」
「えっ、知らない」
「なに?」
「あんな動物、惑星テラにはいないぞ……ああ、もしかすると、オープニングで出てきたやつかもしれん」
「黒の神の死骸から湧き出てくるという、怪物か。架空の存在だったのか」
『架空の怪物か。面白いな』『ファンタジーだな』『この前読んだ架空の動物を飼い慣らす文学はとてもよかった』『む、気になるな、それ』『送った』『よきかな』
ギルバデラルーシって、魔法の概念はないのにファンタジー文学はあるのか。
まあ、ファンタジーって魔法だけじゃなくて、幻獣とか異種族とかが出てきてもジャンルとして成立するからな。
一方、エルフ達はどうなったかというと、黒い怪物に向けて矢を射かけ、鉄の投げ槍を何発も命中させ、さらに火の魔法をぶち当てることで、討伐に成功していた。見事な狩りだ。マンモスも絶滅しそうな勢いである。
「魔法は狩りにも使えるのだな。パイロキネシスに似た運用ができるな」
「多分、火は皮を傷付けるから、動物には使っていなかったんだと思う。怪物に使ったのは、それだけ脅威に感じていたんじゃないかな」
討伐された黒い怪物は、炭のように黒い塊へと変わり、その場に残った。
エルフ達はそれを前に困惑する。
「む、何かに使えるだろうか……」
ゼバ様はメニューを前になにやら悩んでいる。そして、彼がメニューを操作すると、気を取り直したエルフ達は黒い塊を荷車に載せ始めた。どうやら持ち帰るようだ。
そして、エルフ達はモノリスのもとへと無事に帰還した。
「さて、怪物の死骸を研究するとしよう」
馬の飼育やハイエナの皮の活用より、ゼバ様は黒い怪物が気になったようだ。
立派になった研究所で研究が進められ、時間スキップを経て成果が上がる。
メニューに表示された研究成果によると、エレメント生成という発明をしたようだ。
なんでも、黒い塊を空の光に当て続けると、白い光と反応して黒い塊はエレメントの力に分解される。
すると空間にエレメントが満ち、火の魔法の力が強くなるのだ。
「魔法が強化されるのか。これは文明を先に進めるよき契機になるかもしれん」
「おっ、じゃあ、遠征しまくっちゃう?」
「その前に、馬の飼育だな。捕まえた馬を増やして、遠征の足にする。馬は人間と同じく雌雄の交配で増えるのであろう?」
ギルバデラルーシには乗り物の文化がなかったらしいのに、馬の有用性を十分理解しているな。
それだけ、敵対生物のプリングムがアグリグムだかいう動物を上手く活用していたのだろうか。
時間スキップを何度か行なうと、馬の数は十分に増えた。
そこで再度サバンナに遠征をし、エルフの狩人達は、大量の黒い塊を持ち帰ってきた。
その全てが、光にさらされ、エレメントの力へと変わる。すると……。
≪支配地域にエレメントが満ちました! エルフに土の魔法を伝えてみましょう!≫
「おお、新たな魔法か」
『土の魔法とな』『土を生み出すのか?』『無から有を?』『神の奇跡ではないのか』『魔法はそんなことが可能な概念なのか』
おー、確かに、超能力って光や電気、火は生み出せるけど、物質はエナジーマテリアルくらいしか作り出せないよな。彼らにとっては、驚きの事実かもしれない。
ゼバ様がメニューを操作して土の魔法の伝授をすると、モノリスにローマ数字のⅡのような図形が浮かび上がり、エルフ達はそれを覚えた。
『土の学び! バッヂ[大地賛頌]獲得!』
土の魔法は、土や石を生み出し、さらに土壌を改良する力を持っていた。これにより狩猟用に石つぶての攻撃魔法を使えるようになった他、農業の収穫率が一気に上がった。
金属への干渉も行なえ、鉄の武器は鋼鉄製となり、さらに複数の合金をエルフ達は発明した。
「よきかな。おお、サバンナが支配領域になったぞ」
「支配領域になったからか、黒い怪物は姿を消したみたいだ。ゼバ様、どうする?」
「遠征先が増えたので、そこで見つかるのだろう」
ゼバ様が楽しげにメニューを操作する。
すると、虚空から俺達に声がかかった。
『ヨシムネ様。ゼバ様。配信開始から三時間半が経過しました。そろそろ本日のプレイを終えられてはいかがでしょうか』
ヒスイさんだ。もうそんなに経っていたのか。
「むう、これで終わりなのか」
ゼバ様が残念そうに言う。
「大丈夫。今の状態を保存して、次やるときに続きから始められるから」
惑星ガルンガトトル・ララーシの自転周期は惑星テラよりもやや長い。なので、銀河標準時で運営されている人類基地で一晩過ごしても、ゲルグゼトルマ族にとっては一日も経っていないことになる。次回の配信をいつにするか、上手く時間を調整しないとな。
「そうか、保存されるのか。では、この続きはまた今度にすることにしよう」
『終わりか』『エルフをもう少し見守りたかった』『次は楽器の発明を頼む』『そうだな、彼らには音楽が足りない』
視聴者も名残惜しいようだが、続きは明日だ。
自分でプレイせずに他人のサポートをしながら配信するという初めての試みだったが、上手くいってよかったな。




