194.ダンスレエル300(ダンス)<1>
人類とギルバデラルーシは共に、直立二足歩行の人型生物だ。
腕と脚にはそれぞれ肘関節と膝関節が一つずつあり、足の構造も指の数は違えどもそれなりに似通っている。
それはつまり、どういうことか。……すなわち、彼らは人と同じように踊れるということだ。
そして、彼らは音楽がとても好きな種族だ。
では、どうするか? そう、ダンスゲームだ!
「というわけで、今回は行政府推薦ゲームの『ダンスレエル300』という、今月発売されたばかりのダンスゲームをやります!」
VR空間で俺がそう宣言すると、ヒスイさんとフローライトさんが拍手をしてくれた。
それに遅れるようにして、ゼバ様も豪快に両の手を激しく打ち合わせて拍手をした。どうもどうも。握手の他にも、拍手の存在も知っていたのね。
そして、田中さんは我関せずとVRメニューから畳とちゃぶ台を取りだし、座りこんでお茶をすすっている。
今回のゲーム紹介は、以上の五名でお送りしております。
田中さんはゼバ様の経過観察に来ただけだし、フローライトさんも俺が粗相をしないかの監視なので、実質的には俺とヒスイさんとゼバ様の三人でプレイだ。
VR空間であるSCホームはデフォルトの設定なのか、真っ白な空間が広がっている。フローライトさんも、少しくらいは風景いじってくれればよかったのに。
「録画中はトークの質維持のために敬語を使わない主義なので、許してくださいね」
かたわらに立つゼバ様に、俺はそう声をかけた。
そう、今回のゲームの様子は録画編集して、記念祭の中で公開される予定だ。記念祭で人類全体に、ギルバデラルーシと交流に成功している事実を公表するらしい。そして、交流の実績を人類に見せるために、今日のプレイ風景が動画になるとのこと。
「敬語か。そもそも我々には敬語の概念はない。君達からもたらされた概念だ」
「あ、そうなんですか……」
「ゆえに、ヨシムネも敬語を使わずともよい」
そりゃあ、気が楽だな。敬語ってどうも苦手なんだよな。
「しかし、ダンスか……我々が祭事で踊るときは、極めてスローなリズムの曲で踊るのだが……」
ああー、ギルバデラルーシって動きが人間よりもスローなんだったな。でも、このゲームが推薦されているということは、その辺は問題ないと思うのだが。
「ソウルコネクトゲームですから、問題ありません。現実の身体よりも、身体能力が上がった状態でダンスが可能です」
フローライトさんがそう説明をしてくれた。さらに、座ったままお茶をすすっていた田中さんが言う。
「おめえさん、今は高性能のアンドロイドなんだから、現実世界でも激しいダンスができるぞ。ロックでもユーロビートでも余裕よ」
「なるほど。それはよきことを聞いた。ロックやユーロビートというのはダンスの種類か?」
「音楽の種類だぞ」
「ほう?」
そういえば、ゼバ様もアンドロイドなんだった。熟練の機械工である田中さんが作ったアンドロイドなわけだし、その気になれば、ミドリシリーズの運動性能くらいは平気で出せるのかもしれない。
「さて、それじゃあゲームを始めていくわけだけど、このゲームもヒスイさんはテストプレイ済みなのかな?」
「はい。先ほど一通りの曲は踊り終えています。ゲームの説明をいたしますね」
ヒスイさんが、ゲームの概要を話し始めた。
『ダンスレエル300』は、全身を使ってダンスを踊るダンスゲームだ。
ダンスを踊るなら当然のことのように聞こえるかもしれないが、それは違う。ダンスゲームの中には、特定のステップだけを踏むゲームや、上半身の動きだけを見るゲームもある。というか、俺がいた21世紀では、そういったダンスゲームの方が多かった。
このゲームは、曲ごとに決められたダンスが用意されている。曲が始まると目の前に反転した虚像が現れ、決められたダンスを踊るので、その動きを真似して踊ることになる。
さらに、頭の中に、次どう動くべきかのイメージが流れるので、その通りに身体を動かすのだという。うーん、未来のダンスゲーム、すげえな。
ちなみに、システムアシストは効かない。思考操作で勝手に身体が動くということはないのだ。まさしく、リアル通りな動きを求められるハードなダンスゲームだ。
とはいっても、プレイヤーキャラクターの身体能力は高く、体幹もばっちりで、とてもダンスに向いたボディでプレイができるらしい。
リアル通りの身体能力に落とすことも可能らしいのだが……俺もゼバ様も、アンドロイドボディだから、リアル通りにしても超人的身体能力を発揮することになってしまうな。
ここは、ゲームのデフォルト設定で、プレイヤーキャラクターの身体能力を適用することにしよう。
「では、ゲームを起動いたします」
ヒスイさんはそう言って、バスケットボール大のゲームアイコンを手の中に出現させると、高々と掲げてみせた。
すると、背景が切り替わり、タイトル画面になる。どこかのアーコロジーかコロニーのストリートで、若者がダンスを踊っているのが見える。田中さんとフローライトさんの姿は消えていた。
「ほう、ここは?」
そうゼバ様が興味深そうに言ったのだが……。
「ゼバ様、縮んどる!」
俺は思わず叫び声を上げてしまった。身長180センチメートルほどになったゼバ様が、俺の横でただずんでいたのだ。
「む? ふむ、ヨシムネ、大きくなったな」
「背景のNPCのサイズを考えるに、ゼバ様が人間サイズになったんだと思う」
「そうか。しかし、なぜこのようなことに?」
ゼバ様の疑問に、ヒスイさんが答える。
「現実通りの身長ですと歩幅に大きな差ができて、ヨシムネ様と並んでダンスしたときに、脚がぶつかってしまいます。ですので、脚の長さを基準に身長を人間に合わせています」
「なるほど。確かに、元の大きさだとヨシムネを踏み付けてしまうかもしれないな」
はー、しっかり考えているんだなぁ、ヒスイさん。
「ところで、ここは人間の居住区か?」
改めて、ゼバ様がストリートで踊るNPC達へ顔を向けながら言った。
ギルバデラルーシって目がないのっぺらぼうだけど、顔に相手を見る器官があるのだろうか。
「はい。惑星テラのマンハッタン・アーコロジーという都市をもとに作られた背景ですね」
「そうか。人間の居住区は背が高いのだな」
「人間は個体ごとの身長差がさほどないので、住処に階層を作って土地を節約する習性があります」
「面白いな」
うーん、異文化コミュニケーションしているなぁ。
だが、まだタイトル画面なんだよなぁ。
「さて、背景に興味が尽きないかもしれないが、今日の目的はダンスだ。ゲームを進めていこうか」
「そうだったな。任せる」
ゼバ様に任されたので、まずはキャラエディットだ。
キャラエディットと言っても、容姿は変えるつもりはないので、服装のチェンジくらいである。
「じゃ、踊りやすい好きな格好を選んでくれ」
俺はどうするかな。とりあえず、パーカーにカーゴパンツで、頭に帽子を被ってヒップホップスタイルでいくか。
「ふむ、踊るならばゲルグゼトルマ族の祭事の衣装がよいのだが……」
「ありますよ」
あるのかよ! ゼバ様の要求に、見事ヒスイさんが答え、ゼバ様が光沢のある黒い服から衣装をチェンジする。
それは、ヒラヒラが腕に複数ついている独特な民族衣装だ。色は相変わらずの黒。
「ゼバ様、黒が好きなの?」
「黒は大長老を象徴する色なのだ。黒い服や鎧は、大長老にしか身につけることを許されておらぬ。私は元大長老だが、今の大長老から黒を身につけてよいと言われている」
「なるほどなー。人類の歴史でも、紫色が偉い人の色だったとか聞いたことあるな」
「似た文化があるものだな」
ゼバ様の衣装が決まり、ヒスイさんも動きやすそうなピッチリした服を着る。
踊る用意ができたので、まずはチュートリアルを行なう。
チュートリアルの内容は、基本的なステップの練習だ。
目の前に虚像が現れ、『1・2・3・4』とステップを踏む。俺とゼバ様とヒスイさんは、横に一列に並んで虚像の動きを真似する。
「む、ふむ、くっ、むむ……」
ゼバ様が苦戦している。
おそらく、素早く動くことに慣れていないのだろう。身体能力は十分にあるはずだが、慣れがないと難しいってことだな。
しばらく俺達は、チュートリアルのステップを続けた。
そして、10分ほど練習して慣れてきたところで、上半身の動きを入れる。
ラジオ体操第二のムキムキポーズのようなものや、バンザイ、頭の上で拍手など、様々な動きをする虚像を真似していく。
「むう! むむ……速い踊りは難しいな」
ゼバ様は、上半身と下半身の動きを同時にするのがまだ慣れない様子。
そこも慣れ次第なので、粛々とチュートリアルを続けた。
そして最後に、立体的な動きをする。三人で左右に入れ替わったり、前後に並んで踊ったり、手を繋いで回転したりする。
もうその頃にはゼバ様もダンスにかなり慣れていて、楽しげに踊っていた。
チュートリアルは無事に終わり、ゼバ様は絶好調。いよいよ、本格的にゲームを開始することになる。
「さて、楽曲に合わせて踊るぞ!」
「よきかな。楽しみである」
ゼバ様が、胸の紋様から「キュイキュイ」と音をさせて喜んでいる。テンション上がってきたな。




