186.27世紀のノンサイバネティックベースボール<1>
「ウリバタケー、野球行こうぜー」
そんな言葉と共に、部屋に入ってきたアンドロイドが一人。
プロのアンドロイドスポーツ選手であるオリーブさんがやってきたのだ。
俺は、ボディの内蔵端末でプレイしていたモンスター育成RPGをスリープさせ、彼女に身体を向けた。
「またスポーツ施設へのお誘いかい? 今日は予定が詰まってないから構わないが」
「それもいいけどな。でも、今日は野球のお誘いだ」
「草野球でもするのか?」
ヨコハマに草野球チームとかあるのかな。
「いや、野球観戦だ。明日、ヨコハマ・スポーツスタジアムでプロ野球の公式試合があって、それの始球式に私が出るんだ」
「へー、プロ野球なんて、この時代にまだあったんだ」
「おいおいヨシ、その程度の常識もまだ知らないのか」
「この時代の常識は、まだゲーム関連しか知らん」
「ヨシムネ様は常識にうとい方がいいのですよ。今はまだその方が、配信に彩りが出ます」
俺達の会話に横から入るように、ヒスイさんが言った。お茶の湯飲みを載せたおぼんを手にしている。
お茶が用意されたので、俺達は改めて居間のテーブル席に着き、会話を再開させた。
「で、始球式にオリーブさんが呼ばれているから、その試合を観にこないかってことか?」
「そうそう。内野席のバックネット裏にある指定席を三つ確保したから、明日予定がないなら行こうぜ! まあ、予定が無い事はヒスイから聞いているけどな!」
「まあ、記念祭の移動日まで配信はあと一回しかしないつもりだから、予定はガラ空きだが」
「行こうぜ! 行くよな?」
「じゃあ行こうか」
そういうことになった。
しかし、野球かぁ……。
「俺、野球あんまり詳しくないぞ。従妹の愛衣ちゃんが東北のプロ野球チームの大ファンで、それに付き合わされていたからルールくらいは知っているが」
「ルールが解れば多分問題ないだろ! ニホン国区のチームが出るから、それを応援すればいいからな!」
「ニホン国区ってことは、国際試合?」
「ん? いや……ああ、21世紀と違って今の惑星テラは、一国区に一チームしかプロ球団はないぞ。惑星人口が相当少ないからな」
「ああ、確かにそうなるのか。地方にそもそも人が住んでいなくて、地元球団が作りようないか」
「そういうことだ。しかし、ヨシ、従妹なんていたんだな。初めて聞いたぞ」
「四葉愛衣ちゃんね。親父の妹さんの次女だな。俺の15歳下の女子高生だった」
「仲よかったのか?」
「農業が好きで、うちの家の手伝いをいつもしていたから、結構仲はよかったな。将来の夢は農家を公言していたけど、実家の跡取りは俺の予定であの子は継げないから、農家の嫁を目指していた。多分、俺もお相手候補として狙われていたな、ありゃあ」
「あの時代の日本は、従兄弟同士で結婚できたんだったか」
「そうだなー。俺も恋人とか学生時代にすらいなかったし、それもありかなってちょっと思ってた」
「妥協してないか、それ」
「30過ぎて恋人歴なしだと、妥協もするよ……」
農家の跡取りとして結婚の必要があっただけだから、今の俺は結婚願望とかないけどな。ゆるゆるとゲーム配信者を続けられれば、それでいいのである。
「はー、可愛い従妹がいたんだなぁ。ヨシってあまり家族の話をしないらしいから、私達のネットワークにも情報流れてこないんだよな」
「そうだったか? 俺は一人っ子で、親父と母ちゃんと俺とで三人暮らし。父方の祖父母もまだ生きていて、親父に家業をゆずったが、道楽で小さな畑を持っていて現役で畑仕事をしていたな」
「山形県か。その辺りにはアーコロジーはないんだよなー」
「あそこも自然に飲まれてしまったか……。うちは先祖代々の地主で、俺がいた時代でも、まだ結構広い農地を持っていたな。当然、爺ちゃんも親父も山形出身だが、母ちゃんは北海道出身だ。婆ちゃんは関西で……奈良県かどこかだったかなぁ?」
まあ、持っている農地が広すぎて、一部を貸し農地にしていたんだが。
農業をやりたいサラリーマンだとか、定年退職で暇を持てあましている老夫婦だとかが、うちから小さな畑を借りて、趣味で畑仕事をしていた。俺は出不精だったから、貸し農地のお客さんとは交流を持っていなかったが、愛衣ちゃんはよく貸し農地まで遊びに行って話しかけていたみたいだな。
「北海道の祖父母はもう二人とも亡くなっていて、そっちの親戚とは交流がほとんど途絶えていたな」
「当時の北海道ってことは、母方の家も農業関連か?」
「そうだな。親父と母ちゃんは農業大学校で知り合ったとか言っていたな」
俺は、東京の農大でそういった出会いはなかったけども!
「親父と母ちゃんで出身地が違うから、それぞれ東北と北海道にプロ野球チームができた一時期、夫婦間の仲が険悪になってなぁ。同じパ・リーグなもんだから」
「おっ、野球に話題が戻ったな!」
「それで、大の野球好きだった叔母さん……愛衣ちゃんの母親が間に入って、好きな球団があるのはいいが、他の球団を悪く思うなって説教して、丸く収まった」
「おー、その間、ヨシはどうしていたんだ?」
「両親からどっちのファンなんだって言われるのが嫌だから、無視してた」
多感な思春期のころだったから、両親の険悪なムードにビビっていたとも言う。
「だから俺自身は、そこまで野球好きってわけじゃないんだ」
「そうかそうか。でも、野球を全く見ないってわけではないんだな?」
「そうだね。愛衣ちゃんに付き合わされて、球場に直接観戦とかも行っていたぞ」
多分、あれはアッシーくん(死語)として便利使いされていたな。俺の分のチケット代は、俺が出していたし。
「じゃあ、明日の観戦も問題ないな!」
「ああ、楽しみにしているよ」
その答えに満足したオリーブさんは、夕食を一緒に食べてからご機嫌な様子で帰っていった。
◆◇◆◇◆
12月11日。天気は快晴。絶好の野球日和だ。アーコロジーの中だから、毎日快晴なんだけどな。
オリーブさんに渡された電子チケットでスタジアムに入場し、内野席に向けて移動する。
「そういえば、ここってサッカーとかもやるって前言っていなかったか? 思いっきり野球場なんだが」
「そのときに開催されるスポーツに合わせて、スタジアム内が入れ替わります」
「すごい。なにそれ……さすが未来だな」
チケットの指定席にやってきて、俺とヒスイさんは座った。マジでバックネット裏だ。よくこんな席取れたなぁ。始球式に出る特典で貰えたんだろうか。
ちなみに、バックネットはエナジーバリアでできているようで、半透明になっていて向こう側がとても見やすくなっていた。
そのあたりの球場事情をヒスイさんに聞いているうちに、観客席が人で埋まってきた。
「人多いなー」
周囲を見回しながら俺が言うと、ヒスイさんがすぐさま答える。
「ニホン国区にある各アーコロジーから野球ファンが集まっていますからね」
「へー、数万人入れそうなスタジアムを埋めるほどかぁ……人類、思ったほど引きこもりじゃないな」
意外とリアルを大切にしてんじゃん。
まあ、そりゃ人類の全部が全部、ゲームだけを趣味にしているわけじゃないだろうからな。
身体を動かすことが好きって人もいるだろうし、スポーツを観戦するのが好きって人もいるだろう。どちらもVRで済ませられる気がするが、どうやらリアルでの体験を好む人も多いようだ。
「おっ、始球式が始まるぞ!」
スタジアムの周辺に花火が上がり、ガイノイドのチアガール達がグラウンドを並び歩き、場を盛り上げる。
そして、野球のユニフォームを着たオリーブさんがリリーフカーに乗って入場してきた。
「リリーフカーの文化って、この時代でも残っているんか……」
「野球は伝統文化ですからね。20世紀や21世紀の様式が今もなお残っています」
ヒスイさんの解説をなるほどなー、と聞き、マウンドに登るオリーブさんをバックネット裏から眺める。
「オリーブさん、相手が人間のキャッチャーとバッターだけど、ヤバい投球とかしないだろうな」
「人間相手にはリミッターが働くので大丈夫ですよ」
そうだといいんだけど。「死ねえ!」とか言って危険球投げないだろうな。あの人のアンドロイドスポーツ選手としてのあだ名、クラッシャーだぞ。
そんな半分冗談混じりの気持ちでオリーブさんの投球を見守っていると、オリーブさんはとてもプロの選手とは思えない山なりのボールをキャッチャーに向けて投げた。
それをバッターは空振りし、球場内が拍手に包まれた。
「あれえ? ヤバい投球はジョークにしても、プロの投手並みの剛速球を投げると思っていたんだが」
「オリーブ曰く、始球式でのヘロヘロボールは様式美だそうです」
「確かに素人が投げる始球式は、そういう感じだけれども!」
俺とヒスイさんはそんな会話を繰り広げながら、バックネットの向こう側でリリーフカーに乗って去っていくオリーブさんを見送った。




