158.Astral Spirits(ベルトスクロールアクション)<1>
ヒスイさんの操作でゲームが起動する。タイトル画面は、自然にあふれた島を上空から見下ろした構図だ。
俺は今、宙に浮いた状態で島の上にいる。
隣をちらりと見ると、ヒスイさんとノブちゃんの姿も見える。ノブちゃんはどうやら高所恐怖症ではないようで、真っ直ぐ島を見つめていた。
俺は安心して、この島について話し始める。
「あの島が、このゲームの舞台だ。名前はエルドラド島。古代の遺跡が眠る伝説の島と呼ばれていて、その遺跡に挑む冒険者がプレイヤーキャラクターだ」
俺のその説明に、ヒスイさんが追加で言う。
「エルドラド島にはモンスターがはびこっており、遺跡発掘の妨げとなっています。殺すと消滅する謎のモンスターで、そのモンスターの発生原因を突き止めることが、この島にいる冒険者の使命とされています」
『こってこてやね』『王道ファンタジー!』『古代遺跡! モンスター! 冒険者!』『奥にいるのは悪魔の王か邪悪なドラゴンか……』
「うんうん、まさに王道の中世風ファンタジー世界観だな。ノブちゃんは乙女ゲームが好きだっていうけど、中世風ファンタジーの貴族令嬢になって貴族の令息とかと恋愛するゲームはよくやっているのか?」
「えっ。あ、その……乙女ゲームは……20世紀の学園が舞台のゲームが多くて……中世レベルの文明が舞台の作品は……少ないです。ファンタジーも……割と少なめ……かな?」
「へえ、俺がいた21世紀の頃のギャルゲーと、あまり違いがないんだな。確か、日本で最初に出た乙女ゲームは、中世風ファンタジーだった記憶があるけど」
「はい……! 西暦1994年の発売ですね……!」
「俺がまだ小学生になるかならないかくらいか……さすがにその頃は、ギャルゲーにも乙女ゲームにもアンテナ張っていなかったな」
『ゲーム史の話かぁ……』『ゲーム黎明期の生き証人がいるってすげーな』『20世紀といえば創作で人気の年代だよなぁ』『20世紀末とか歴史ドラマの定番ですよね』
へえ、20世紀ってそんな人気なのか。
俺がいた頃の日本でいう、戦国時代みたいな扱いなのかもしれないな。
「というわけで、中世風ファンタジー世界で冒険者になってベルトスクロールアクションをするぞ! 二人プレイモードでスタート!」
タイトル画面から二人プレイモードを選択すると、眼下にある島の端、小さな町に身体が吸い寄せられていく。
石畳が敷き詰められた道に、レンガの建物が並ぶ町だ。俺達三人はその町を浮遊するように移動していき、一つの建物の中に入った。
そこは、酒場だった。
だが、ただの酒場ではない。客層が特殊なのだ。
席に座って酒を飲み交わしている者達は、いずれも武装している。彼らは全員、冒険者だ。
『キャラクターを選択してください』
そんなメッセージが表示され、一時的に動かなくなっていた身体が自由になる。
「ここは、冒険者が集まる酒場だな。いわゆる定番の『冒険者の酒場』ってやつだ」
「定番……ですか?」
冒険者の酒場という言葉にあまり聞き覚えのないのか、ノブちゃんが不思議そうな顔をする。
そんなノブちゃんに、俺は語りかける。
「俺の配信視聴者には一度言ったことがあるかもしれないが、ファンタジーもので冒険者が集まる場所の定番は、冒険者ギルドと冒険者の酒場の二種類があるんだ」
「なるほど……!」
「冒険者ギルドは、戦士や魔術師といった様々な職種の冒険者が集まって登録する施設で、領土や国をまたいだ巨大組織であるパターンが多い。コンピュータゲームジャンルでは『アークザラッド』シリーズの『ギルド』や『モンスターハンター』シリーズの『ハンターズギルド』で有名になった概念だな」
俺はそのどちらのゲームもプレイしたことがある。名作だ。
「テーブルトークRPGで定番とされている職業ギルド……戦士ギルドや魔術師ギルド、盗賊ギルドと比べると、冒険者ギルドは割と有名になるのが遅かった概念だったと以前ネットで言われていたな。それでも西暦1980年代の日本の漫画ですでに、様々な職種の冒険者が一堂に会する『ギルド』が登場していたようだ」
『冒険者ギルドは今でも定番の概念だな』『実在の歴史のギルドとは、だいぶ様相が違うよね』『そうかぁ。そんなに昔からある概念なのかぁ』『美人受付嬢いいよね……』
「んでもって、冒険者の酒場は、戦士ギルドや魔術師ギルドに所属する冒険に行きたい職業人が集まって、PTを組む場所だ。そして、店の店主から仕事を斡旋してもらってクエストに旅立つというのが、テーブルトークRPGのシナリオ冒頭に採用されているギミックらしい」
「テーブルトークRPG……。私には……絶対無理な遊びです……」
「いやまあ、俺もテーブルトークRPGはやったことないから、ネットで聞きかじったあやふやな知識だぞ」
テーブルトークRPGとは、一定のルールに従い、会話とサイコロの出目で物語を進める冒険ごっこだ。複数人がテーブル席について進行する遊びなので、テーブルトークと名前がついている。
コンピュータゲームは子供の頃から散々やってきたが、テーブルトークRPGやトレーディングカードゲーム、ボードゲームなどといったアナログな遊びについて、俺は全然詳しくない。なので、俺が持つ冒険者の酒場に対するイメージも、パソコンで遊べるフリーゲームがもとになっている。
「さて、そういうわけで、この酒場には様々な職種の冒険者が集まっているわけだな。この中から操作するキャラクターを選ぶわけだが……」
「はい……! 私達は自作キャラクターですね……!」
ノブちゃんのそんな言葉に、俺はうなずく。
そして、テーブル席に着いている冒険者を無視して、壁の一角に近づいていく。
壁には、『パーティーメンバー募集中!』という文字と共に、キャラクターの似顔絵が描かれた紙が貼り付けられている。
俺の顔、ノブちゃんの顔、そしてヒスイさんの顔が描かれた計三枚の紙がある。これは、俺達が事前に作成したキャラクターだ。
俺は、自分の似顔絵が描かれた紙の端を握り、勢いよく引っ張った。紙は壁に糊でくっついた部分から剥がされ、俺の手の中に収まる。
すると、振り袖姿だった俺の服装が、白のセーラー服に変わった。さらに剣帯が腰に巻かれ、鞘に入った打刀と脇差しが一本ずつ剣帯からぶら下がっている。
「ヨシちゃん、ワイルドですね……それじゃあ私も……えいっ!」
ノブちゃんも自分の似顔絵が描かれた紙を壁から剥がし、その姿を変える。
中華っぽい服に、膨らんだズボン。手には手甲がはめられており、足には膝当が装着されている。長物は持っていない。格闘職か。
『おおー、ノブちゃん雰囲気出てるね』『ヨシちゃんは……なんでセーラー服?』『中世風ファンタジーどこいった』『21世紀からトリップしてきたのかな?』
「俺の中でサムライ女といえばセーラー服なんだよ! というわけで、俺はヒューマン族のサムライだ。ノブちゃんは?」
「私は……オーガ族のモンク……です」
オーガ族とはまた思い切ったなぁ。
見た目は現実準拠のようだからオーガ族の身体的特徴は出ていないが、キャラクター性能は相当尖っているだろう。
オーガ族はいわゆるパワータイプの種族で、モンクは素手で戦う職業だ。
「つまり、ハガー市長みたいなキャラか……。ダブルラリアットとかするのかね」
「は、はがー……? ダブルラリアットはしません……現実準拠のアバターにしてしまったので……リーチが短くて……」
あー、格闘キャラは、手足の長さがもろに影響するよね。ノブちゃん小柄だからなぁ。
生身の人間じゃなくてワカバシリーズのガイノイドボディだから、成長が足りないとかではなくて、わざと小柄にしているんだろうけど。
「ま、大丈夫だろ。それじゃあ、行くぞー!」
キャラクターを選んで、酒場の外に出たらゲーム本編開始だ。
俺は、西部劇の酒場に出てくるような胸の高さまでしかない扉を手で押し、外へと出た。その後ろをノブちゃんがついてくる。ヒスイさんはいつの間にか姿を消していた。
そして、オープニングナレーションが始まる。
簡単に言うと、エルドラド島の古代遺跡の発見で、世は大冒険者時代を迎えたって感じだ。
ナレーションが終わると、俺とノブちゃんは草原に出現した。
腰ほどもある長い草が生い茂る中、それを突っ切るように広い道が一本真っ直ぐ通っている。
「この真ん中の道が、ゲームのステージだな。ベルトスクロールアクションのベルトってやつだ。そのベルトの範囲からは出られない。試しに草に突っ込んでみると……」
道からそれて草地に入ろうとすると、透明な壁に阻まれた。
「と、まあ決められた範囲を前に進む、つまりスクロールしていくのがベルトスクロールアクションだ。ヒスイさん、補足ある?」
『いえ、問題ありません』
「んじゃ、説明は以上だ。あとはクリア目指して頑張るぞ!」
「……はい! 私も……頑張ります……! モンクなので……回復は任せてください……!」
ノブちゃんも気合い十分のようだ。このゲームのモンクは、いわゆる僧兵だ。素手の格闘術で戦うほかに、神の奇跡を行使してHPを回復できる。回復にはMPを消費するが、HPが回復できるというのは大きな助けになる。
ヒーラーを率先してやってくれるなんて、ノブちゃんの優しい性格がにじみ出ているようじゃないか。
「あ、そうそう。一応、第一ステージクリアまでは事前にプレイしてきたぞ。いつもみたいに、ぶっつけ本番で操作方法を覚えるというわけにはいかないからな」
『ヨシちゃん、いつも動きの確認から始めるからな……』『放送事故一歩手前ですやん』『初見じゃないのか』『初々しいヨシちゃんが見られないだと……?』
「ノブちゃんも一面まではやってきたよな?」
「私ですか……? ゲームクリアまで……予習してきました……!」
「えっ!」
『ガチやん』『マジかよ』『これは、ヨシちゃん置いてきぼり決まりましたな』『協力プレイという名の寄生プレイですね』
いやいやいや、まさかそこまで本気でやりこんでくるとは。
ノブちゃんは石橋を叩いて渡るタイプなのかね。
まあ、楽勝でクリアできてしまっても、それはそれで構わないか。一緒に楽しくプレイする姿さえ見せられれば、それでいいのだ。コラボ配信ってそういうものだろう、多分。
「……だ、駄目でしたか? ごめんなさい……」
「いやいや、問題ないぞ。よし、進むぞー!」
俺はそう言って、草原の道を前方に向けて進み始めた。
すると、早速、モンスターが登場する。巨大な白い兎が二匹だ。
兎の額には角が生えている。アルミラージ、という名前が頭に思い浮かんだ。まあ、本当にアルミラージかは知らないが。
俺は剣帯にぶら下げた鞘から打刀を抜き、兎の片方に近づいていく。
そして、打刀を振りかぶったその瞬間――
「てりゃあああ!」
ノブちゃんの気迫の入った声が聞こえ、何かが背後から迫ってくる気配がした。
俺は打刀を振り下ろす手を止め、とっさに背後を振り向く。
すると、フライングクロスチョップの姿勢を取ったノブちゃんが、こちら目がけて高速で飛んでくるのが見えた。
「ええー!?」
ノブちゃんの攻撃が、俺と兎を巻き込んで炸裂する。
予想外の一撃に吹き飛ばされた俺は、無様に地面を転がった。
『うわあ』『なにこれ』『いきなりのフレンドリーファイア!』『盛り上がってまいりました!』
「ごめんなさーい!」
地面から起き上がりながら俺が目にしたもの。
それは、ノブちゃんが謝罪の言葉を口にしながら、もう一匹の兎をものすごい勢いで殴りつけている光景であった。
……いったい何がどうなってこうなった。




