156.ゲーム配信者ノブちゃん
11月の某日。俺は自分のSCホームでのんびりと人を待っていた。
本日の予定は、コラボ配信の打ち合わせだ。
コラボ配信とは、他の配信者と共同して配信を行なうスタイルである。今回は、俺の配信チャンネルにゲストを招いてコラボ配信をする予定である。
呼ぶゲストは、プロのゲーム配信者だ。今まで一度も会ったことがない人なので、今日は顔合わせを兼ねての打ち合わせとなる。
仮想の番茶を飲んで待っていると、SCホーム内に来客のチャイムが鳴った。
すると、俺の隣で座っていたヒスイさんが立ち上がり、その場から消える。SCホームの入口に移動したのだろう。
そのまま待っていると、俺のいるSCホームの居間にヒスイさんがお客さんを連れて戻ってきた。
俺は立ち上がり、お客さんに向けて軽く頭を下げた。
「はじめまして。よろしくお願いします」
俺の挨拶に、お客さん……茶髪の少女は緊張した様子で礼を返してくる。
「はい……よろしくお願いします」
彼女はヨシノブ。あの『最果ての迷宮』のRTA動画を配信していた、ゲーム配信者である。
なんでも、俺の配信を見てゲーム配信者になったフォロワー的存在らしい。これも縁かと思い、先日コンタクトを取りコラボ配信の打診をしたのだ。
とりあえず、彼女には用意しておいた座布団に座ってもらう。俺とヒスイさんも彼女とちゃぶ台を間にはさむ形で床に座った。
すると、ヒスイさんが仮想の茶と茶菓子を瞬時に用意する。
そして、「まずは自己紹介からいきましょうか」とヒスイさんが話を切り出した。
「はじめまして。ヨシノブです……。ノブちゃんって呼んでくれると嬉しいです。ええと……、これはハンドルネームで本名は……ノエル・ブラシェールです……」
茶髪の少女、ノブちゃんが先にそう自己紹介を始めた。
「いや、本名までは別にいいんですが……もしかしてノエルのノとブラシェールのブから取って、ノブってことですか?」
俺はそう聞き返す。ノエルもブラシェールも正しいつづりは判らないが、カタカナ読みで先頭から一字ずつ取れば、ノブと読めた。
「はい、そうです……。ノブにヨシを足してヨシノブです。ヨシを勝手に使って……ごめんなさい……」
「いやいや、日本人だと名前にヨシってつけるのは、珍しくないです。俺だけの物ってわけではないので、別に構いませんよ。ただ、ヨシノブって男の名前だけど」
「女でごめんなさい……」
なぜ謝る!?
「まあ、自己紹介を続けましょう。俺は瓜畑吉宗。33歳の元男です。趣味はゲームで、好きなゲームはRPG」
「えっ、ヨシちゃんって……RPGが好きだったんですか……? あっ、ヨシちゃんって呼んでいいですか……?」
「ええ、好きなように呼んでください。それと、長時間のプレイになるから配信だとRPGはあまりやらないですが、プライベートではRPGメインにプレイしています」
「新情報……! あ、私の自己紹介、全然詳しくない……ご、ごめんなさい」
「いや、落ち着いて。追加の自己紹介があれば聞きましょう」
口下手というか、すんなりと言葉が出てこない子なのは、ここまでのやりとりで理解できた。臆病な小動物みたいだな。
「えっと、15歳です。趣味は日光浴で……好きなゲームは……えっと、乙女ゲームです……」
乙女ゲーム……女の子の主人公が、ヒーローである男達と恋愛をするゲームジャンルのことだ。主にアドベンチャーかシミュレーションのゲームシステムであることが多い。スーパープレイで有名な配信者なのに、スーパープレイ全然関係ないジャンルだなぁ。
「ん? 15歳? まだ若いのに、ガイノイドにソウルインストールしているんですか?」
事前に知ったプロフィールだと、ノブちゃんはワカバシリーズのガイノイドのボディに魂を宿しているはずだ。
「えっと、はい。これは話すと長くなるんですが……」
「時間はいっぱいあるので、差し障りなかったら話してみてください」
今日は配信予定もないので、打ち合わせで一日丸ごと使っても構わないのだ。
「はい……。えっと、そうですね。あー、うん……。ヨシちゃんはポスト自然愛好家って知っていますか……?」
「ん? 聞いたことないですね……」
自然愛好家は単語の並びからなんとなく解るが、ポストがついているパターンは聞き覚えがない。
「では、その説明からしますね……」
本当に長くなったので、ノブちゃんの説明を要約する。
自然愛好家は、高度な文明から離れ自然の中で過ごすことを愛好する者達を指す言葉であるが、この時代になっても人間が自然環境下で生きられる星は、未だ惑星テラしか存在しないらしい。
惑星マルス(火星)や惑星ウェヌス(金星)は、人が呼吸できる成分に大気を合わせてあるが、星の重力はそのままで、重力制御されているアーコロジーの外で人が生活するのは、困難を極める。
太陽系の外で発見された自然に満ちあふれた星、惑星ヘルバはそもそも大気成分が惑星テラとは異なる。
なので、惑星テラでは、自然愛好家を住まわせている自然区画が存在するという。
その自然区画はAIにより徹底管理されており、災害は起こらず、危険動物はおらず、食物には困らないという環境にあるらしい。
そんな管理された自然の中で生きる人々をポスト自然愛好家というのだとか。
「私の父と母は、そんなポスト自然愛好家のコミュニティ出身でした……」
でした。過去形か。
「それで……父と母は夫婦なので……自然な子作りをして、自然に妊娠しました……。ええと、それで、えっと、ポスト自然愛好家は……子供を産む際も自然分娩なのですが……」
自然なあり方を愛するなら、産み方も帝王切開は自然じゃないとか考えることもあるのだろうな。
「私は逆子で、死産になったそうです……」
「話が急に重くなった……」
「ご、ごめんなさい……!」
「いや、ノブちゃんは悪くないですよ。どうぞ話を続けてください」
「はい……」
ノブちゃんは俺にうながされて、たどたどしく話を続けた。
曰く、子供を失う悲しみに耐えきれなかったノブちゃんの両親は、赤子の魂をすくい上げてもらおうと、AIに頼ることを決心した。
だが、ポスト自然愛好家は、自然な死を受け入れるのがスタンス。自然区画の管理AIに赤子の魂を回収してもらえたものの、両親は他の住人達との話し合いで、自然区画を去ることになった。
一方、魂だけの存在となったノブちゃん。実は、15歳以下の未成年が死亡した場合、無料でソウルインストール用のアンドロイドを用意してもらえるという社会制度が存在するらしく、死産となったノブちゃんの魂は赤ん坊アンドロイドにソウルインストールされた。
「そのアンドロイドが……ニホンタナカインダストリのワカバシリーズなんです……!」
なんでも、ワカバシリーズはボディチェンジをすることなく、パーツの取り替えで子供の成長を段階的に再現できる民生用ハイエンド機らしい。
インストール先の変更を短期間で繰り返すと、魂が摩耗してしまう。なので、ボディを年齢に合わせて取り替えていくことは推奨されない。
ゆえに、中枢ボディの取り替えを行なわないパーツ交換の仕組みにより、ワカバシリーズは子供用のソウルインストール先として、行政相手にシェアを伸ばしていると、ノブちゃんは熱く語った。
「それで、父と母は……ヨーロッパ国区の旧フランス地域のアーコロジーで働き始めまして……。その間にも、私を養育施設に入れることなく自分達の手で育ててくれたんです」
「おお、さすが元自然愛好家。労働も子供の教育もお手の物ですか」
「はい……! それで、私も15歳になって成人を迎え……何か仕事はないかなと、ニホンタナカインダストリ関連の業務を調べていたのですが……そこで見つけたのがヨシちゃんとヒスイさんの配信チャンネルです」
「なるほど、そこで配信に繋がるわけですか」
「はい……! 配信者も人気になれば、一級市民になれると知りまして、配信者を始めました」
「で、わずか二ヶ月間のスーパープレイで一級市民になれたと」
「はい。私、あんまり……話すのが得意じゃなくて……それならプレイ内容でどうにか配信の見所を作ろうと、頑張って練習しました……。ヨシちゃんみたいにトークが上手だったら……よかったんですけど……」
「俺もトークにはそこまで自信がないですけれどね。ヒスイさんがいるから会話形式でなんとかなっている感じですよ」
「そんなことないですよ……? でも、話し相手がいるのは……うらやましいですね……」
「クレジットを払えば、ゲームのNPCを高度有機AI化して家族にできますよね」
AIをインストールするためのボディが必要なので、AIだけ手に入れるということはできないが、アンドロイドボディさえ用意すれば相方は作れるのだ。
だが、ノブちゃんは首を振ってそれを否定した。
「さすがにまだ一級市民になったばかりなので……先立つ物がなく……配信用高級機材をそろえるので限界です……」
「両親が一級市民を十五年間やっているなら、家にクレジットは余っていそうなものですが」
「父と母は優しいですけど……もう大人になったのだから……自分のことは自分でやりなさいと言われて……配信を始めてから一人暮らしです……」
「おおう……」
そうか、子供は大人になったら、家から出るものだよな。元農家だから、その感覚をいまいち実感していなかった。
ここまでの会話で、おおよそノブちゃんの人となりはつかめてきた。コラボ配信本番では、俺が主導してトークを展開していくのがよさそうだ。
ノブちゃんの自己紹介はここまでとして、今度は俺がノブちゃんに自分の経歴を語っていく。
すると、どうやらノブちゃんは俺の今までの配信をしっかり見ていたようで、俺のプロフィールを完全に把握されていた。
うーん、重度のファンガールだわ、この子。ゲームの腕では、完全に先達の俺の方が劣っているのだが。
「じゃあ、プレイするゲームについて決めていこうか」
「はい、どんなものにしましょう」
会話するうちに打ち解けて、俺はノブちゃんに敬語を取るよう言われていた。なんでも、俺の方が先輩だから敬語はいらないらしい。
フランス語圏に先輩という概念あるんだな……まあ27世紀の未来なので価値観や概念はいろいろ広まっているか。
「ヒスイさん、何か提案ある?」
俺は、ここまで大人しかったヒスイさんに話を振った。
「そうですね。ここは、お互いに配信でプレイしたことのないゲームでどうでしょうか。方向性としては、対戦ではなく協力プレイで」
「ああ、確かに対戦よりは協力がいいな。ゲームの腕に差があっても、協力プレイなら問題も起きないだろうし」
「ヨシちゃんと協力プレイ……! 私も協力プレイの方がいいです」
すると、ヒスイさんは空間投影画面をちゃぶ台の上に展開し、一つのゲームパッケージ画像を表示させた。
「『Astral Spirits』。ベルトスクロールアクションゲームです」
「ベルトスクロールってなんですか?」
ノブちゃんが、画面を見ながら疑問の声をあげた。
「あれ、ノブちゃん知らない?」
「ごめんなさい。ゲームって今年始めたばかりで、あまり詳しくないんです」
始めたばかりなのに、スーパープレイが売りの配信やっているのか。なんだかすごい子だな……。
「ベルトスクロールっていうのはあれだな、雑魚をなぎ倒しながら、ステージを横に横にと真っ直ぐ進んでいくゲームだ。横長のフィールドをベルトに見立てて、それを横スクロールで進むからベルトスクロール」
「なるほど……?」
いまいちピンときていないのか、ノブちゃんがふんわりとした言葉を返してくる。
すると、ヒスイさんが空間投影画面にサンプル動画を流しながら説明をする。
「ソウルコネクトの一人称視点ですと、ベルトスクロールアクションは横長のステージではなく、前方に伸びた奥行きのあるステージをひたすら前進していく形となります。イメージとしては、長い一直線の廊下を前に進む形でしょうか。その廊下に次々と現れる敵キャラクターを倒していき、廊下の突き当たりにいるボスキャラクターを倒すことでステージクリアとなります」
「なるほど……!」
「ゲームによって戦い方は様々ですが、『Astral Spirits』の場合、中世風ファンタジー系の世界観ですので、武器や魔法を駆使して戦います」
「武器……! ヨシちゃんの打刀が間近で見られますね……!」
「じゃあ、もし選べるなら打刀でいくかな」
ノブちゃんのリクエストに俺がそう応えると、ヒスイさんは「選べますね」と言いながら空間投影画面に武器一覧を表示させた。
「キャラクターエディットでクラスを自由に選択し、クラスに応じた武器や魔法を使用できるようになります。打刀ですと、サムライのクラスですね」
ヒスイさんはそう言いながら、サムライのサンプル画面を表示させる。
サムライか。それなら格好はセーラー服に赤のニーソックス、髪の毛は結ばずにロングヘアの『ムラクモ13班』スタイルでいきたいな。ファンタジーゲームでセーラー服が選べるかは知らないが。
というわけで、プレイするゲームは満場一致で『Astral Spirits』に決定した。
「では、配信当日までにキャラクターを作成し、ある程度操作に慣れておくようにしてください。さすがにコラボ配信で、いつものヨシムネ様のように操作練習から始めるわけにはいきませんので」
「はい……頑張って練習してきますね……!」
ノブちゃんは鼻息をふんふんと吐き出しながら気合いを入れて両手を強く握った。
うーん、あまり練習を本気でやられて、もうあいつ一人でいいんじゃないかな、状態になられても困るのだが。
まあ、ノブちゃんほどのゲームの腕を持つなら、ほどよい接待プレイもお手の物だろう。トークは俺が主導しても、プレイはノブちゃんに主導してもらうのもいいかもしれないな。
そういうわけで、コラボ配信は三日後に行なうことで合意し、打ち合わせは終了し解散となった。
SCホームから去っていくノブちゃんを見送り、一息つく。配信は、はたして成功するだろうか。何事もなく終わればいいのだが……。
「いえ、何事かあったほうが、配信的には見所があってよいですよ」
ヒスイさん……。だからといって、わざわざサプライズ要素は仕込まなくていいからな!
今年の更新はこれで終わりです。よいお年を!




