149.最果ての迷宮(ローグライク)<5>
「さて、今日の配信はもう終わりにしてもいい時間だけど、どうせすぐ死ぬなら次の迷宮をちょっと見ておこうか」
ゆるふわファンタジー衣装に身を包んだ俺は、魔法工房に戻ってそんなことを視聴者に向けて言った。
『死を受け入れておる……』『メメント・モリの精神だね』『もしかしたら一発でクリアできちゃう?』『チュートリアル迷宮並の難易度ならいけるだろうけど』
さて、できれば、次の迷宮はさほど難しくないといいが。
ヒスイさんを呼ぼう。
「ヒスイさん、次のお勧めをよろしく」
『次に提案する迷宮は、『舞踏の迷宮』です。迷宮の番号は『38』。リズムに合わせて行動する、アクション性の高い迷宮です』
「おお、アクション系が来たか!」
『この迷宮は、ローグライクゲームとリズムゲームを融合させたルールに支配されています。BGMが非常に重要な役割を持っており、曲の一拍ごとにターンが一つ経過していきます』
「何それ。ターンの自動経過とか、今までの迷宮と比べてスピーディすぎない?」
『そうですね。そして、プレイヤーはBGMのリズムに合わせて行動しないと、動くことができません。プレイヤーがリズムを合わせられずターンが経過すると、モンスターがどんどん行動をしていき、一方的にモンスターから攻撃を受け続けることになります』
「じっくり考えてから行動することができないのか……確かに、アクション性が高いと言えるな」
今までクリアした二つの迷宮の知識が、早速、役に立たなくなりそうだぞ。
『この『舞踏の迷宮』は、そのリズムゲームルールが適用された迷宮の中で一番簡単な場所です。第五回層に中ボスが、第十階層に大ボスがおり、大ボスを倒すことで鍵を手に入れることができます』
ボスかー。ボスも、これまでの迷宮には存在しなかった概念だな。
でも、ボスがいた方がダンジョンっぽいよな。いや、迷宮だからラビリンスなのか?
「じゃあ、その迷宮にしよう。ダイヤルを『38』に合わせて、と……」
転移門をいじると、プレートに表示されていた迷宮の名前が『舞踏の迷宮』に変わった。
その名前を注視すると、迷宮の詳しいルールを表示した画面が目の前に開いた。
ヒスイさんの言ったルール以外に、いくつかの特殊ルールがあるようだった。
・手に入るアイテムは全て鑑定済み。
・武器、防具、指輪、巻物はそれぞれ一個ずつしか持てない。
・ポーションはHP回復ポーションのみ存在し、一個しか持てない。
・空腹度の概念なし。
・回避率の概念なし。攻撃は必ず命中する。
・レベルの概念なし。HPは12固定。
・BGMが終了すると強制的に下の階に落とされる。ただし、第五階層と第十階層のBGMはループする。
・第十階層のMAPはランダムではなく固定。
なるほどなー。ゲームシステムをシンプルにすることで、難易度の高さを抑えている感じだな。
「リズムゲームか……正直、21世紀にいた頃はそこまで得意ではないジャンルだったが……『アイドルスター伝説』でリズム感を養い、ダンスを習得した俺に隙はない!」
俺はそう宣言し、転移門に飛びこんだ。視聴者達がごちゃごちゃと突っ込みを入れてきたが、スルー。
そして俺は、迷宮の中に降り立った。格好はオシャレファンタジー衣装のままで、武器や防具は装備していない。床のマス目は今までの迷宮より小さいようだ。そして、視界の隅に表示されている階層は……零?
『よく来てくれたね、ヨシムネ。『舞踏の迷宮』へ、ようこそ』
「この声は、チュートリアルさん! チュートリアルさんじゃないか!」
『ここは、『舞踏の迷宮』の特殊なルールに慣れてもらうよう、特別に用意した階層だよ。迷宮の説明文は見てくれたかな? 簡単に言うと、リズムに乗ってステップを踏む迷宮さ。ここでは音楽が全てを支配する。さあ、音楽スタートだ!』
不思議な声がそう告げると、やや遅めのBGMが鳴り響いた。そして、視界の隅にハートマークが表示され、BGMに合わせて脈動し始める。
『そのハートが大きくなったときに合わせて、隣のマスに移動してみるんだ。さあ、やってみてごらん』
俺はリズムに合わせ、ステップを踏む。どうやらシステムアシストが効いているようで、動こうと思ったところでちゃんと隣のマスに飛び跳ねてくれる。
「よっ、ほっ、よし、いい、感じ、じゃない、かな!」
『よくできました。それじゃあ、モンスターとの戦闘を行なってみよう』
俺はチュートリアルさんに導かれるまま、剣を拾い、鎧を拾う。すると、瞬時にそれらが装着される。
そして、リズムに合わせてカカシを剣で斬り倒すと、カカシは下り階段へと変化した。
『私の出番はここまで。それじゃあ、頑張ってね』
サンキュー、チュートリアルさん!
『ステップ踏むヨシちゃん可愛いな』『正直鎧は装備しないでほしかった』『いや、この服の上に胸鎧というのが可愛くない?』『ひらひらのドレスアーマーはありませんか!?』『男女共通主人公だから諦めろ』
すまないな、視聴者達。一緒に選んだ服装はしばらく鎧の下だ。
そうして、俺はリズムに合わせて階段を降りていった。
第一階層。リズムが先ほどよりも速くなり、モンスターが襲ってくるようになった。
あと、リズムを刻んでステップで移動するというルールだからか、『入門者の迷宮』や『天命の迷宮』と比べて、部屋と部屋をつなげる通路がとても短いと感じた。
そして、第二階層……。
「え、ちょ、敵、多い、あっ、リズムが、リズムが、ズレる、死ぬ、死ぬ!」
俺は途中でリズムが取れなくなって、三匹のスライム系モンスターにタコ殴りされて死んだ。
魔法工房に戻されて、呆然と立ち尽くす俺。
『アイドルのダンスがなんだって?』『リズム取れてないじゃん』『運の悪さじゃなくて、純粋にゲームの腕の悪さで死んだな……』『期待していた死に方と違う』
視聴者のコメントが心に突き刺さる。
そんな、そんな……。
「俺の『アイドルスター伝説』での経験はいったい……」
俺がそう言うと、ヒスイさんの声が虚空から届く。
『ヨシムネ様がクリアした『アイドルスター伝説』の歌姫ルートはダンスをさほど練習しないルートですので、ヨシムネ様にダンスの技術が身についているとはとても……』
「マ、マジか……」
まさかの現実に打ちのめされ、その日の配信は俺の心に大きなダメージを刻んで終わった。
◆◇◆◇◆
次の日。
ライブ配信を始めると共に、『最果ての迷宮』を起動する。そして、俺は転移門の前で視聴者達に言った。
「この配信開始までの空き時間で、時間加速機能を使って『アイドルスター伝説』の〝受け継がれるアイドルグループ〟ルートをクリアしてきたぞ! これでリズム感もダンスもバッチリだ!」
『マジかよ』『ヨシちゃん本気だな』『つまり完璧なプレイが見られるってことだな!』『期待が高まりますね!』
そうして開始した『舞踏の迷宮』。
今度は順調に進んでいき、第五階層に到達する。中ボスは、2マス×2マスの床を占有する小さなドラゴンだ。
正面に対し火を吐いてくるドラゴンをなんとか倒し、俺は次の階層への階段を探そうする。しかし、ここでモンスターハウスを引いた。
階段は、そのモンスターハウスの中にある。俺は果敢に挑むが……。
『死んだな』『ああ』『やっぱり死に方はこうでなくちゃ!』『今日も元気に死んでおります』
「がああ、リズムは完璧なのに!」
視聴者のコメントを聞きながら、俺は魔法工房の床に這いつくばった。
『ローグライクである以上、運も必要ですから……』
そんなヒスイさんの無慈悲なコメントも響いてきた。
「しゃーなし。試行錯誤あるのみだ」
そうして何度も挑み続け、何度も死に、少しずつ到達階層を更新し、やがて俺は第十階層に辿り着いた。
「大ボスはどんなのかなーって、大部屋!?」
広い部屋にゾンビの群れが待ち構えていた。ゾンビは横一列に整列しており、列の中央には巨大なゾンビがいた。
大ボスらしき巨大ゾンビは赤いパンツと赤いジャケットを着て、怪しげなポーズで立っている。
それを確認すると同時に、BGMが流れ始める。
「……って、この曲、『Thriller』じゃねえか!」
そりゃあ、ゾンビの群れも出るよ!
と、いけない、もうゾンビ達が動き始めている。俺は、リズムに合わせて行動を開始した。
『『Thriller』?』『ヨシちゃん説明!』『今は無理じゃね?』『じゃあヒスイさん解説頼むー!』
『はい。『Thriller』は西暦1982年に発表された楽曲で、当時の地球各国で大ヒットを飛ばしました。そのミュージックビデオはゾンビが群れとなってダンスを踊るという内容で、そちらも当時話題となりました。『Rogue』の発表が1980年ですから、ほぼ同じ年代に有名となったという共通点を見いだすことができます』
「あっ、あっ、死ぬっ、死ぬっ」
『ありがとうヒスイさん!』『それよりも背後でヨシちゃんが死にそうになっているんだけど』『カメラワーク面白いな。踊るゾンビの群れ全体を映している』『ヨシちゃんからは一人称視点で見えているだろうから、MAPの確認を怠ると囲まれていて辛いだろうな』
「ぬあー!」
そうして俺は敗北し、魔法工房に戻されていた。
ああー、どうしろっていうんだ、あんなの。
俺はその場に寝転がって、気持ちの整理をつけることにした。
『どうしたヨシちゃん』『気力が尽きたか!?』『ヨシちゃんがんばれー!』『行けるって。まだ行けるって』『うおー! ヨシヨシヨシヨシ!』
視聴者のはげましの声が聞こえる。いや、別に諦めたわけじゃないよ?
「最後は運が介在しない固定ステージなのに、こうも一方的に負けたのが辛い。なんだか『-TOUMA-』のミズチ戦を思い出す」
『ミズチから逃げるな』『ミズチから逃げるな』『ミズチから逃げるな!』『このフレーズも懐かしいな……』
逃げる? 俺が逃げるだと? 時間加速機能も使っていない中、たった一回の敗北で?
そんなの俺の想像するゲーム配信者の姿じゃないぞ!
「よーし! もう一回やるぞー!」
『復活した!』『もう一回死にましょう!』『どんどん死んで、どんどん経験を蓄積するんだ!』『うおー! ヨシヨシヨシヨシ!』
俺は気合いを入れ直し、迷宮に再び挑んだ。
そして、何度目の挑戦か数えるのが億劫になってきたころ……。
「おっしゃー! 勝ったぞー!」
巨大ゾンビを倒し、俺は『舞踏の鍵』を手にした。
視聴者達が、次々と称賛のコメントを投げかけてくる。『Thriller』から別の曲に変わり変調したリズムに合わせて、俺はその場でステップを踏みながら、そのコメントをゆっくりと聞いた。
「さて、ここから地上まで登らないといけないわけだが……」
『そこはご安心ください。出現した階段は、地上までの直通階段です』
そんなヒスイさんの言葉が届く。
「マジでー」
『大ボスを倒した後、雑魚をなぎ払って十階層分も登っていくのは、せっかくの気分が盛り下がりますからね。大ボスのいる迷宮の多くに採用されている、隠しルールです』
「隠しルールってことは、ボスを倒すまで適用されているか判らないってことか。まあ、その方が緊張感はあるかな?」
一応の納得をしたところで、階段を登っていく。そして、第零階層に到着し、迷宮の出口の扉を開く。
すると外には、中世風の都会の風景が広がっていた。扉の両脇には、衛兵が槍を持って立っている。
「!? この人、迷宮の扉から出てきたぞ!」
「……まさか、踏破したっていうのか!」
「領主様に知らせろ! 英雄の帰還だぞー!」
おお、今度はまともそうな感じの衛兵が発見してくれたぞ。でも、領主様というワードと、遠くからこちらをにらむ怪しい風体の男がいるので、不穏なものを感じるんだよな。
「視聴者のみんな、この後の展開見たい?」
『うーん』『もう二回も見たからいいかな』『ちょっとだけ見たい』『都会を蹂躙する光景、見たい!』
「じゃ、見るかー」
その後、予想通り領主が衛兵を俺に差し向けて鍵を奪おうとしてきたので、魔法戦士ビームが炸裂して領主の館は跡形もなく破壊された。
無関係な都市の方には被害を一切出さなかったので、俺の外の人にはちゃんと理性があったようだ。
転移の魔法陣で魔法工房に帰る頃には、ライブ配信開始から二時間半が過ぎていた。区切りがいいので今日の配信はここまでとする。
五日間やると決めたローグライク配信の二日目は、こうして勝利で終わるのであった。




