137.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<4>
シグルンといろいろ話し合い、携帯端末でのプレビューも確認して、オート三輪は軽トラに生まれ変わることになった。
改造で変わるレベルじゃない外観の違いだが、そこはゲーム。不可能なんてない。パーツを流用しまくることで、丸ごと一個中古の軽トラを買うよりも、かかる費用がずっと少なく済む。
「じゃあ、やーるぞー」
シグルンがそう言うと、彼女の姿がぶれた。
そして、シグルンは超高速で動き回り、オート三輪が瞬く間に分解され、そして軽トラに組み直された。
なんだ、今のは。
『完成品がぽんと出てくると思ったら、早送りとは』『動きが速すぎてキモい』『え、可愛くない?』『ちょこちょこ動いているのは確かに可愛かったかもしれない』
こりゃあ、今後新しく宇宙船を作るときとか、どんな光景になることやら。
「できたー! うーん、やっぱり4WDはいいよね、4WDは。ヨシムネ、この子のエンジンはまだまだパワーを秘めているから、さらなる大型化にも耐えられるよ。覚えておいて! 目指せ八輪車!」
「これよりもでかくて大丈夫とか、オート三輪に積むエンジンじゃないな……」
「あはは、あれ作ったときのヨシムネの予算が、そこで限界だったから仕方ないね」
自転車とリヤカーだけでそこまでのエンジンの代金を稼いだとか、この主人公ガッツあるよ。
「ところでヨシムネ、まともな四輪車になったわけだけど、レースに興味ない?」
「へえ、レースか。どんなのだ?」
「町長が主催する、町中を走る公道レース! 優勝者には賞金が与えられるよ!」
公道レース……その言葉を聞いて、俺のゲーマーとしての血が騒いだ。
そして、シグルンに尋ねる。
「……勝った相手から……車のパーツを奪えたりするのか……? ……GET REWARDS……。……それが俺達のルール……」
「何それ? そんなリスクがあったら、誰もレースに挑戦しないよ!」
「走り屋に必要なのは……Frontier Spirit……。……失う物のない……ぬるい戦いはごめんさ……」
「えっ、出ないの?」
「出るさ……。……そうさ、俺は……。……『ヨコハマ最速の男』……。……誰かがそう教えてくれた……」
「よく解んないけど出るんだね! ヨシムネに賭けるから、優勝期待しているよ!」
「……冗談じゃねえ……」
そこまで言って、俺は会話を打ちきる。
『どうしたヨシちゃん』『思春期でも来たのか!?』『ヨシちゃんまだ自分を男だと思って……』『ヒスイさん、ヨシちゃんの状態をチェックするんだ』『どうせまた、私達に理解できないネタでもやっているんじゃない?』
はい、最後のコメント正解。
「いや、リアルでヨコハマに在住しているからには、一度使ってみたかったんだ、ラグーン語」
20世紀末に発売された、伝説的ドライビングRPGの真似をしてみただけだ。数あるレースゲームの中でも、俺の印象に一番残っているゲームはそれなのだ。
「それじゃあ、エントリーしておいたから、今から向かってねー。情報端末に位置情報載せておいたよ」
「はいはい。あ、ガソリン満タンよろしく」
「よろこんでー!」
シグルンが給油を行なうと、端末から自動で料金が引かれる。電子マネー機能が結構高度に発達しているな、この文明。
そして、俺とヒスイさんは新しく改造された軽トラに乗り込み、シートベルトを締める。
キーを回してエンジンを始動させ、ギアをローギアに入れパーキングブレーキを解除した。アクセルを踏むと、リアルの軽トラでは味わったことのない軽快な走り出しを味わった。どんだけすごいエンジンなんだ、こいつ。
「結構内装変わったように見えて、ダッシュボードのメーターがそのまんまだな」
「パーツを流用していますからね」
「せめてシートを新しくした方がよかったかなー。座り心地がいまいち」
「今回のレースの副賞として、良質なシートが二つ貰えますよ。優勝できればですが」
「マジでー。GET REWARDSなくてもパーツ貰えるとか、いいじゃん公道レース」
そんな会話をするうちに、レースの集合場所に到着した。
すると、すでに多数の車が集まっていた。多種多様な車がそろっている。中には、バイクの姿も……というか、チュートリアルミッションで自転車を届けた男が、自転車にまたがりながら待機しているんだけど。
「あいつ、車のレースに自転車で挑むつもりか」
100メートル走なら自転車が勝つ可能性もあるだろうが、公道レースじゃ無理だろ。
「ヨシムネ様。あの自転車は改造自転車なので、このレース一番の強敵ですよ」
「マジで!?」
どんな改造がしてあるってんだ。ニトロでも積んでいるのか?
「ただいまより、レースを開催します!」
と、始まるようだ。係員が複数出てきて、車をスタート地点に誘導していく。俺のスタート位置は……後ろの方だな。ごぼう抜きにしてやれってことか。ベリーイージーモードだもんな。
「ヒスイさん、コースの指示はよろしく」
「お任せください」
係員の説明によると、町中に作られたコースを二周するらしい。
俺は軽トラの車内で、レースが始まるまで精神を統一させる。
レースの開始を知らせるグリーンライトの類はない。どうやら、フラッグのみで合図をするようだ。
しばし待っていると、グリーンフラグが掲げられる。そして、勢いよくグリーンフラグが振られた。
「よしゃあっ! 行くぞー!」
アクセルを踏みこみ、軽トラを発進させる。
参加者の車種がバラバラのため、スタートの速度もバラバラな前方集団を俺は道の端に位置取り、一気に追い抜いていく。
まずは直線。急加速し、ギアを入れ替えていく。シフトレバーを動かす手が右手なのが、とっさの操作を間違えそうでやっかいだな。
「次の十字路を右です」
ヒスイさんの指示が来る。十字路には看板が掲げられており、右方向を示す矢印が大きく描かれている。
俺は軽トラの速度を落とすと、ハンドルを右に回し右折した。
「くっ、華麗にドリフトしてみせたいが、フルタイム4WDでドリフトできるだけのドライビングテクニックが、俺にはない……」
『ドリフトとか遅くなるだけでしょ』『格好いいけどレースには不要』『ドリフトって何?』『後輪滑らせて曲がる、なんかすごいやつ!』
軽トラは後ろが軽いから、FRの二輪駆動だとドリフトがしやすいと、俺の父親が以前言っていた。まあ、実際に軽トラでドリフトなんてしているの、リアルで見たことないけど。
そもそも貨物自動車でレースとかする方が、どこかおかしいんだ。
「ヨシムネ様、前方、先頭集団です」
「追い抜いてやる! って、ええっ、自転車が先頭走っているんだけど」
「ですから、一番の強敵だと」
「人力すげー」
だがそんな強敵も、しょせんは難易度ベリーイージーでしかない。
俺は難なく自転車を追い抜かすと、独走状態に入る。あとは、事故を起こさないようにしつつ、タイムを可能な限り縮めるのみ!
「次、左折です」
「くおー! ぶつかる! ここでアクセル全開、インド人を右に!」
『インド……?』『カレーでも食いたくなった?』『なぜにカーブでアクセル全開にしてんの?』『ドリフトしようとするとそうなる』『できてないじゃん!』
言ってみたかっただけだよ!
そんな無駄話をしつつ、一周目が終わる。よし、幾人か周回遅れにしてやるか。
「そういえば、カーラジオ以外にもカーステレオを改造でつけたんだっけ。ヒスイさん、イカしたユーロビートでもかけてみて」
「はい。では、ヨシムネ様のいた時代にも馴染みがありそうな曲を」
音楽が車内に流れ始める。うわ、これ、竹取物語のアニメ映画がテレビで放送されたときに、なぜかネットで話題になった曲だ。曲名は、確か『MIKADO』。
ノリノリのユーロビートに合わせて、俺はアクセルを踏み込む。
テンポの速い曲だから、ついスピードも出しちゃうね。町中なので90度のカーブがいっぱいあって、結構危険なんだけど。
そして、のろのろと前方を走っていた車を俺は追い越していく。うーん、ベリーイージーモードだと、レースでギリギリの戦いは味わえそうにないな。そもそも車種のレギュレーションが自由すぎるので、互角の戦いは成り立たないのかもしれないが。
軽トラを軽快に走らせ、土の道を進む。土煙がそこらに舞っているな。
やがて、右手でのシフトレバー操作にも慣れてきたころ、レースは終わりへと近づく。
軽トラは完全に独走状態でゴールに飛びこみ、俺はチェッカーフラグを一人で受けた。あ、ヒスイさんもいるから二人か。
ともあれ、見事に優勝だ。俺は車の速度を落とし、あらかじめ伝えられていた待機場所へと戻っていった。
「おめでとうございます! ヨシムネさんが優勝です!」
軽トラに近づいてきた係員が、俺をそう称えてきた。
表彰式の類はないようで、その場で携帯端末に賞金が振り込まれ、副賞の高級シート二つが荷台に積まれた。
これ、運送屋の俺だったからいいものの、バイクとか自転車が優勝していたら、どうやってシートを持ち帰らせていたんだろうか……。
「さて、シートを交換してもらいにいこうか」
「はい、案内します」
行きと逆方向に向かえばいいので道案内はなくてもいいのだが、ヒスイさんの仕事を奪うこともないので素直に案内されておく。
そして、ジャンク屋に到着した。軽トラを降ると、シグルンがやってくる。
「おめでとうー! いやー、がっぽり儲かったよ!」
俺に大金を賭けたようだ。自分で改造した車だから、その性能の飛び抜けっぷりを理解していたのだろうな。
まあ、賭け事は俺のあずかり知らぬところだ。勝手にやって、勝手に儲けていてくれ。
「シグルン、シートを荷台のやつと交換してくれ」
「おっ、早速、賞品を使うんだね。いらなくなったシートは、うちに売る方向でいい? 倉庫契約してくれたら、保管しておくけど」
「いや、車を複数台持つつもりもないし、売るよ」
シグルンとそんな会話を交わしていると、ヒスイさんが横から言う。
「車を複数台所持していると、NPCと従業員契約を交わして車を貸し出すことで、NPCに運送屋の仕事をさせることができますよ。依頼料を一定の割合徴収できます」
「あー、あるんだ、従業員要素。でも、今回はそれをやるつもりはないかな。気楽に二人でドライブしていこう」
「了解しました」
あ、なんだかヒスイさんが嬉しそうな顔をしたな。
普段は『Stella』以外で、あまり一緒にゲームできていないからなぁ。配信に使うゲームは一人プレイ用が多い。
「そうそうヨシムネ。レースの賞金で内装変えない? 運転中は端末いじれないから、カーナビゲーションあると便利だよ」
そうシグルンが提案してくるのだが……。
「いりません」
ヒスイさんが即座に拒否をした。
「え、カーナビゲーション便利だよ?」
「いりません」
まあ、そうなるよなぁ。
「ヒスイさんが案内してくれるから、カーナビはいらないよ」
俺からも、シグルンにそう告げておく。
「えー。カーナビゲーションつけて、さらにもう一台車を用意して、二人で分担して依頼をこなしていった方が効率よくない?」
「車は一台で十分です」
うん、二人で一緒にプレイだからな。従業員も雇わないし、ヒスイさんと分かれることもない。
『ヒスイさんいなくなったら、見ているこっちも困る』『ヨシちゃんとヒスイさんのコンビ配信だからね』『いつもは姿が見えないけどコメントはしっかりしているし』『今回のゲームは、会話がないと無言時間が辛いだろうしな……』
「そっかー、仲よしさんだね。じゃあ、シートだけつけちゃうよ」
そうしてシートが交換され、軽トラは乗り心地がよくなった。
古いシートをシグルンに売ってさらにお金が貯まったが、このお金はより大きな乗り物に改造するときのために取っておこう。
「さ、それじゃあ、軽トラで依頼を受けようか」
その後、俺は依頼を次々とこなしていき、プレイ時間が三時間を超えたあたりで、その日のライブ配信を終えるのであった。
まだ辺境の荒野しか巡っていないが、続きはまた明日だ。




