121.Stella 大規模レイド編<8>
カウンターの奥から出てきたギルドマスターは、銀髪褐色の美女であった。
彼女は、カウンターの上の紹介状を確かめ、言った。
「本当に要塞鯨を狩ってくれるのかい?」
「もちろんだとも」
ここで断る理由はないので、俺はそう返した。
「了解した。人を集めたらまたここに来てくれ」
「もう集まっている。ユニオンも編成済みだ」
「へえ、準備がいいね。じゃあ、クエストを発行するよ」
ギルドマスターがそう言うと、目の前にクエスト受注ウィンドウが開いた。
クエスト名は、『要塞鯨を討伐せよ!』。そのまんまだな。俺は、迷わずウィンドウの受注ボタンを押した。
「おう、ありがとさん……って、2315人!? この町の人口より多いじゃないか!」
「多すぎるか?」
「いや、大丈夫だ。狩るには砂上軍艦が必要なんだが、どうにかこの人数が乗れるだけの数をそろえてみせるさ」
『ゲームだから一瞬でそろうんだろうね』『それは言いっこなしだよ』『たまにガチで準備に時間がかかるクエストがある』『ゲームにリアリティは必要だけど、リアルである必要はないんだよなぁ』『リアルな方が生活感あって好きだぞ』
「それじゃあ、準備ができたら軍港に向かうよ」
そう言って、ギルドマスターはカウンターから出てきて、俺の横に立った。
準備ができたら話しかけろと言うことか。確か攻略情報では、ここで準備ができたと話しかけたら、ユニオンごとレイド用のインスタンスエリアに飛ばされるはずだ。
俺は、ユニオン全体に声を飛ばす機能である、ユニオン会話で参加者達に呼びかける。
『これからレイド用のエリアに飛ぶぞ! 注意してくれ!』
返事はこない。俺や閣下やヒスイさんといった主催メンバー以外は、緊急を要する時以外、ユニオン会話で喋れないよう設定してあるからな。2000人超えている状態で全員がユニオン会話なんてしだしたら、収拾がつかなくなってしまうからだ。
そうして三十秒ほど待った後、俺はギルドマスターに「準備ができた。いつでも行けるぞ」と話しかける。
すると、視界が暗転し、数秒ほどで目の前が開ける。
『ユニオン〝生肉討伐隊〟がインスタンスエリア〝要塞鯨の穀物砂漠〟に入場しました』
俺と閣下は、いつの間にか超巨大な砂上船の甲板に立っていた。隣には、一緒にPTを組んでいるヒスイさんとラットリーさんの姿もある。さらに周囲には、多数のPC達の姿がある。
どうやら、無事にレイド用のエリアに飛ばされたようだ。
「それでは、作戦を説明する!」
甲板の船首付近にいたギルドマスターが、大きな声で言う。
「最大500人が乗れる砂上軍艦を今回は五隻用意した。ユニオンメンバーはそれぞれ分かれて乗っているはずだ。そして、我々は今、要塞鯨が巣を作っている穀物砂漠へ向かっている。穀物砂漠は、その名の通り砂の中に穀物の粒が混ざっている砂漠だな。要塞鯨はこの砂を食べることによって、馬鹿みたいな大きさまで成長するんだ」
『なにその砂漠』『どうやって穀物が砂に混じるの……』『この『星』では、砂の中で育つ穀物が存在するらしいよ』『へー、採取すれば飯食い放題じゃん』『砂と穀物をより分ける手間がかかる割に、美味くはないらしい……』『そう都合よくはいかんか』
視聴者が要塞鯨ではなく砂漠の方に食いついた。まあ、明らかにおかしい要素だからな、穀物砂漠。
「軍艦五隻で狙うのは、100年生きたとされる大物鯨だ。これは我ら狩人ギルドにとっても、久々の大狩猟となる」
まあ、2000人集めて戦う機会なんて、そこらの町のNPCにはまずないだろうなぁ。
「要塞鯨は砂の中を自在に泳ぐ怪物だ。泳ぎはそれなりに速いので、第一段階は砂上軍艦に乗って奴と戦う。弓や魔法を使える者は甲板から攻撃を行ない、他の者達は艦に搭載されている魔法砲台とバリスタに砲弾と矢を運んで、奴に撃ち込んでほしい」
遠距離戦か。俺の長弓が火を吹く時が来たようだな……。
「砲弾や矢は砂鉄砂漠から採れる砂があれば、軍の魔法炉を使って後でいくらでも作り直せる。遠慮なく使い捨ててくれ」
あっ、これきっと、いくら消費しても戦闘中、無限に供給されるやつ。
「そして、要塞鯨が弱ったら、拘束用の杭を撃ち込む。どでかい鎖がついた杭だ。それで動けなくなるはずなので、皆で艦を降りて袋叩きにする!」
いいね。シンプルで解りやすい。
「ただし、要塞鯨は身体のいたるところに砂の砲弾を撃ち出す噴出口が存在する。油断していると、砂に撃ち抜かれるぞ」
『要塞は要塞でも、砲台付きの移動要塞やな』『まあ、一方的に殴られるだけのボスはいないわな』『ヨシちゃん大丈夫? 砂当たったら一撃死しない?』『閣下もキャラ作りたてだから、当たったら死ぬな!』
まあ周りに400人近い人がいるし、第二段階では2315人で総攻撃だ。死んでも即蘇生されるだろう。間違って死亡中に復帰ポイントへ戻らないようにするのだけは、要注意だな。
「さあ、巣についた。要塞鯨をあぶり出すぞ!」
ギルドマスターがそう言うと、乗っていた砂上軍艦の砲台が火を吹いた。砲弾が砂の上に着弾すると、甲板が大きく揺れる。砲撃による揺れではない。これは……要塞鯨が砂中を泳ぐことによる砂の波が、軍艦を襲っているのだ。
砲撃は幾度も続き、やがて砂の中から一匹の鯨が顔を出した。
淡い茶色をした巨大な鯨。というか……。
「でかすぎないか!?」
『でけえええ』『あんなのに剣とかが通るのか?』『ちょっとこれは洒落ならんでしょ……』『サッカーコート二つ分くらいの大きさがあるな』
具体的なたとえをありがとう! ざっと見た感じ、全長200メートルはありそうだな!
「うむ。『MARS』に出てくる戦艦よりは小さいの」
宇宙SFの巨大艦と比べられる方がおかしいよ、閣下!
「よし、狩猟開始ー!」
ギルドマスターの号令と共に、壮大なBGMが流れ始めた。いよいよレイドボス戦が始まったのだ。
俺は、インベントリから先日の試合で使った金属製の複合弓を取りだし、矢をつがえた。
「うーん、まだ遠いか……」
要塞鯨を囲むように、この艦を含めて五隻の軍艦が砂の上を進んでいるが、まだ矢を届かせられるほどは近づいていない。
様子を見ていると、他の軍艦から早速、砲弾が要塞鯨めがけて発射された。
「よし、せっかくだし俺も砲弾運んでみるか」
俺は弓をインベントリにしまい直し、甲板から艦内へと入っていく。
すると、視界に案内情報がいろいろと表示された。砲台への道、バリスタへの道、砲弾の倉庫、バリスタの矢の倉庫。バリスタとは、超巨大な設置型のクロスボウのことだ。矢は槍くらいのサイズがある。
俺はまず、砲弾の倉庫に向けて走っていった。すると、他のプレイヤー達も俺と同じように考えていたのか、PCが何十人も行き交っていた。そして、俺はヒスイさんと、いつの間にかはぐれていた。人が多すぎる……!
「あ、ヨシちゃんだ」
「うわー、本当だ。ヨシちゃんと同じ船とかラッキー」
「それよりもヨシちゃんをお通ししろ!」
「おー。ヨシちゃんの砲撃が見られるぞ!」
うーん、この人気アイドル待遇。悪くないな!
俺は何人も同時にすれ違えるような広い入口を通り、倉庫の中に入る。部屋の中に砲弾が並べられているので、俺はそれを持ち上げようとした。
「んぎぎぎ……重い……」
砲弾は重すぎて持ち上がらなかった。
『知ってた』『まあそうなるよね』『天の民、貧弱すぎ!』『いきなりユニオンリーダーが役立たずなんだけど』
く、視聴者め。俺を甘く見るなよ。俺には鍛えに鍛えた補助魔法があるのだ。
「【マイト・リインフォース】! よし、持ち上がった!」
砲弾の持ち上げに成功すると、俺の様子を観察していた周囲から拍手があがった。いや、みんな戦わないの?
俺は周囲のPC達に見守られながら、えっちらおっちら砲弾を砲台に向けて運んでいく。
『そういえばそれインベントリに入らないの?』『その手があったか!』『お前天才か』『まるで頑張って運んでいるヨシちゃんが、馬鹿みたいじゃないですか』
「馬鹿言うな。……入らないみたいだな」
そう上手くはいかないか。
そして、俺は砲台に辿り着き、視界に表示される手順に従って砲弾を装着していく。魔法砲台なので、火薬はいらないようだ。
砲台についていた照準器を使い、要塞鯨に狙いを定める。そして。
「よし、命中!」
的がでかいからか、それともゲーム的に命中しやすくされているのか、簡単に砲撃を当てることができた。
俺の隣の砲台からも次々と砲弾が飛び、見事に要塞鯨の胴体へ命中する。
俺はさらに砲弾運びをしようとしたが、今いる艦がだんだんと要塞鯨に近づいていっているのを見て、弓の出番だと思い直した。
甲板に出て、長弓を構える。そして、より遠くへ矢を届ける技である【スナイプアロー】を放った。
『的がでかいから余裕で当たるな』『攻撃し放題なのが巨大レイドボスのいいところ』『矢が尽きるまで撃て!』『ヨシちゃんは魔力で矢を生成できるから、無限に撃てるんだよなぁ』『天の民の魔力矢とか威力超低そう』
視聴者のコメントを聞き流しながら、俺は矢を次々と射かける。
ときおり、要塞鯨が反撃として砂の砲弾を飛ばしてくるが、俺に命中するコースの弾はない。
アーツで消耗したスタミナ値を聖魔法でこまめに回復し、再び遠距離狙撃系アーツを放つというサイクルを行なっていると、さらに要塞鯨がこちらの艦に近づいてくるのが見てとれた。
「おっ、この距離なら、狙撃アーツ使わなくても矢当て放題じゃん」
俺はチャンスと見て、矢継ぎ早に矢を放った。
矢は要塞鯨の身体に次々と突き刺さっていく。
狙わずとも当たる状況に上機嫌になった俺は、さらに矢を弓につがえた。
「ん……? ちょっと近すぎない?」
要塞鯨の横腹が目の前に来た、と思ったら、なんと奴は俺の乗る軍艦に体当たりをかましてきた。
「ほあああああああ!?」
とてつもない衝撃が俺を襲う。そして、気がつくと俺は甲板から転げ落ち、砂上軍艦の外に投げ出されていた。
「あれ、落ちてる?」
『ヨシちゃーん!』『うわあ、落ちたー!』『閣下ー! ヨシちゃんが大変なことになってる!』『ヒスイさんと別行動するからこんなことに!』『これ、落ちたらどうなるの?』『まさかのクエスト脱落?』
いやいやいや、入門用レイドでそれはないだろう!
俺はそう心の中で叫びながら、軍艦と要塞鯨の動きで荒れる砂の上に落下していく。
無慈悲な落下ダメージが、貧弱な天の民を襲う……と思われたが、なにやら柔らかい感触が俺の身体を包んだ。
なにごとだ、と思っていると、砂の上に座り込んだ俺に一隻の小さな砂上船が近づいてくる。
「よかった。落下防止の術が間に合いましたね。急いでこの船に乗ってください!」
船上からそう叫ぶのは、魔法使いのローブに身を包んだ一人のNPC。
俺は、言葉に従うままに砂上船に乗り込んだ。
「狩人ギルドと提携している呪術ギルドの者です。こうしてうっかり落下する人を助けて回っています」
「うっかり……まあ、うっかりか」
「他にも落ちてくる人がいないか確認を続けなければいけないので、手短に言いますね。この船に軍艦への転送魔法陣があるので、それに乗って戻ってください。あなたが落ちてきたのは一番艦です」
「了解!」
俺は甲板から船の内部に入り、視界に表示される指示に従って魔法陣を探し出す。
『ヨシちゃん無事だぞ、閣下!』『死ななかったかー』『死ぬまでが様式美なのに』『閣下とヨシちゃん、どちらが先に死ぬかな?』
ライブ配信は俺と閣下の配信チャンネル合同なので、俺が映っているときもあれば閣下が映っているときもある。そのカメラの切り替えは、『Stella』にログインしていない閣下の家の家令であるセバスチャン……じゃなくて、トーマスさんが担当している。
そして、流れてくる抽出コメントも共通なので、閣下向けのコメントが俺にもこうして聞こえるわけだ。
「そう簡単に死んでなるものか!」
俺はそう宣言し、転送魔法陣の上に乗る。
足元が光り輝き、俺は砂上軍艦の甲板へと飛ばされた。すると、甲板で俺の姿を発見した周囲のPC達が、なぜかざわつく。
「ヒスイさーん、ヨシちゃん戻ってきたよー!」
そんな声が聞こえ、やがてヒスイさんが人の群れをかき分け、こちらに近寄ってきた。
「ヨシムネ様! 無事でしたか!」
「おう、落下防止に下で構えているNPCがいるみたいだ」
「安心しました。もうはぐれないようにしませんとね」
ヒスイさんはそう言うと、インベントリの中から何かを取りだして俺に見せた。
「これを装着してください」
「なにこれ」
ただの紐のようだが……。
「迷子紐です。私が端を持ちますので、命綱として使いましょう」
「俺、子供じゃないんだけど!? いや、天の民だから子供の見た目だけどさ!」
「いいから着けてください」
そうしてヒスイさんは、俺の腰に無理矢理迷子紐を装着させてきた。ハラスメントガードの類、発動しないのなんで!?
『似合ってる』『めっちゃ似合ってるわ……』『どう見ても養育施設の子供と職員さん』『閣下もラットリーさんに着けてもらえば?』
そんな視聴者コメントが流れると、遠くから「絶対に嫌じゃ!」と閣下の叫び声が聞こえてきた。
うーん、閣下との合流はちょっと無理そうだな。仕方がないので俺はヒスイさんに見守られつつ、長弓を再び構えて、憎き要塞鯨に矢を射かけたのだった。




