113.超神演義(対戦型格闘)<7>
「それで、オンライン対戦モードでも、結構いい線行けているんだ。『St-Knight』のランクマッチでは、いいとこ行けなかったのにな」
ある日の来馬流超電脳空手道場にて、俺はチャンプに『超神演義』の動画を配信したことについて話していた。
暇な日を選んで道場に通い続けてきたので、チャンプとは結構仲がよくなった。チャンプの口調は、相変わらず敬語なのだが。
「超能力全開の格闘ゲームですか。興味深いですねぇ」
「チャンプはやったことないんだ」
「ええ、見落としていました。そんな物を見つけてくるとは、さすが目の付け所がいいですね」
「いやー、見つけたのはヒスイさんだけどね?」
そんなヒスイさんは今、仮想のドラゴンと素手で組み手を行なっている。ヒスイさん優勢だ。
それを見落とすことなく確認しながら、チャンプが言う。
「俺自身の超能力強度は高くないのですが、興味ありますね」
「そっか。対戦してみる?」
「いいですね。今日の午後、SCホームに向かいますので、やりましょうか」
「え、マジでやるのか。……よし、かかってこいや!」
「ははは、お手柔らかに」
そんなやりとりを道場門下生のミズキさんがうらやましそうに見ていたが、スルーしておく。すまん、チャンプ借りるわ。
そして、道場での練習を終え、昼食を食べてVRに接続。チャンプの到着を待ちつつ、配信した『超神演義』の動画についたコメントを眺める。
『ヨシちゃんの服、エロいな』『前も似たような服着ていたけど、フリフリがない』『生足!』『髪型可愛いね』『もはやヨシちゃんのコスプレを眺めるためにこの配信チャンネル見てる』
これは、俺が配信の時に着ていたチャイナドレスへのコメントだな。似たような服とは、以前ヒスイさんに着せられたことのあるゴスチャイナのことだろう。
しかし俺もすっかり、女としての容姿を褒められることで、なけなしの承認欲求が満たされるようになってしまったな。もう後戻りできないのではないか?
『はー、避けまくるな、ヨシちゃん』『無敵じゃないのこれ』『人外レベルの時間適性があるとこうなるのか』『これのオンラインのランクマッチ、超能力強度強者による修羅の国と化しているんじゃないか』『恐ろしいゲームを知ってしまった……』
やはり俺の回避能力は注目を受けたようだ。そして、ランクマッチでは順調に勝ち進んでいるぞ。ジョカ並の超能力強度を持つ相手にあたったりもしたが、無事に勝利を収めたりしている。
「お待たせしました」
と、チャンプが到着したようだ。
俺はチャンプを出迎え、しばし雑談を重ねた後、目的の『超神演義』を起動する。
チャンプはどうやら自宅でこのゲームを購入し、キャラクターの作成を終えてきたようだ。なので、そのまま対戦モードに進む。
選択ステージはヒスイさんと最初に戦った崑崙山だ。
『魂を鍛え、神を超えよ!』
相も変わらずの審判のジジイが、そう宣言する。
「さて、俺の未来視、どこまで通用するかな?」
「俺も最高峰の未来視持ちを相手にするのは初めてなので、期待していますよ」
「よし、勝っちゃる」
『よろしいかね? では始める。いざ、超神せよ!』
さて、始まったものの、近接戦闘技術は明らかにチャンプの方が優れているだろう。今までの対戦のように、とにかく寄って斬るという戦法は通用するか怪しい。
なので、牽制を放って、テレポーテーションで近づき、斬って逃げる、これだな。ヒットアンドアウェイだ。
俺は、方針を固め牽制のサイコキネシスを放とうとする。
すると、チャンプの手が突然カラフルに光り、綺麗な投球フォームと共に何かがこちらの頭めがけ飛んできた。
「あっぶねえ! 宝貝か!」
「ええ、五光石です」
そうか、チャンプは超能力強度が高くないと言っていたから、宝貝で遠距離の隙を埋めているのか。
俺は投石をなんとか回避したが、さらにチャンプは何かを投げつけてくる。
「開天珠行きますよ」
今度は光る玉が剛速球となりこちらに飛んでくる。
俺はそれを回避していくが、宝貝は投げると手元に戻るのか、チャンプが二つの石と玉を次々と投げつけてくる。
その狙いは的確で、こやつ空手家じゃなかったのかと疑問が浮かんでくる。
だが、そんな無駄な思考をしている場合ではない。アーケードモードのナタほどではないが、なかなかの猛攻だ。だが、避けられないほどではない。
さて、チャンプが足を止めて遠距離攻撃に専念しているなら、こちらから転移のための隙を作る必要はないな。このまま行く。
俺は、転移のための精神集中をしながら剣を振りかぶり、チャンプの真後ろにテレポーテーションをする。それと同時に、俺は曲刀を振り下ろしていた。
その次の瞬間、転移を終えた俺はチャンプに殴り飛ばされていた。
「!?」
「武器を振るいながら転移したら、今から攻撃しますと宣言しているようなものですよ」
俺は地面を転がりながらそんなチャンプの言葉を聞く。
そして、転がる俺にチャンプの無慈悲な投石が命中した。体力ゲージがごっそりと削れる。
だが、ゲームゆえに痛みはないので俺は起き上がり、体勢を立て直す。
くっ、曲刀で斬りながらの転移は転移直後に攻撃が命中するから、隙のない完璧な技だと思っていたのに。むしろ、チャンプ相手には隙になっていたのか。
それなら改めて、転移してから斬る!
と、チャンプの真横に転移したところで、俺は蹴り飛ばされた。
「なんでじゃー!」
地面を転がりながら俺は叫んだ。
「視線でどこに来るか丸わかりでした」
開天珠の投擲で追撃してきながら、チャンプが言う。くっ、これだからリアルでの達人は怖い!
転移はどうやら通用しないらしい。ならば、正面から斬り合うまで!
俺は曲刀を構え、チャンプに躍りかかった。
そして、チャンプの正拳が俺の頭をぶち抜く未来視のビジョンが見える。
俺はそれを回避し、カウンターで一撃を――!?
「なんでじゃー!」
未来視に従い避けたはずの俺は、見事に殴り倒されていた。
倒れたところでチャンプは追撃に踏みつけをしてきて、それを食らったところでマウントを取られそうになったので、慌てて俺はテレポーテーションで距離を取る。
そこに、五光石が飛んできて、焦っていた俺はそれを顔に受けてしまう。
ものすごい衝撃に、俺はぶっ倒れる。そこにさらに開天珠が投げつけられ命中し、必死で立ち上がろうとしたところでチャンプが一瞬で距離を詰めて前蹴りを放ってきた。
さらにそこから連打を浴びそうになったので回避しようとすると、そのことごとくが俺に当たる。
最後に、渾身の貫手を食らったところで、俺の体力ゲージは砕け散った。
『勝負あり!』
「うがー、なんで未来が読めているのに当たるんだよ!」
俺は地面を転がりながらそうチャンプにうったえる。
すると、チャンプは優しく諭すように俺に教えてくれた。
「武術の稽古の中には、お互いゆっくりと動きながら行なう特殊な組み手があります。それをやると、ゆっくり動いているので相手が次にどう動くか明白なのに、どうしても当たってしまう……という攻撃ができるようになるのですよ」
「マジでかー。空手道の奥が深すぎる……」
「ええ、俺でも道半ばですからね」
そんな会話をしているところで、SCホームへ来場者が来たことを知らせる音が鳴った。
「誰かお客が来たみたいだ」
今は撮影中でも配信中でもないので、SCホームへの入場はロックしていない。
そして、次から次へとやってくるミドリシリーズは入場しても音は鳴らないようにしているので、それとは別の知り合いが来たようだった。
俺は、一旦ゲームをスリープモードにすると、SCホームの日本家屋に戻った。
すると、そこに居たのはブロンドヘアーの少女。俺と同じくゲーム配信者をしている、グリーンウッド閣下であった。
居間で座っていた閣下は、チャンプを見てから口を開く。
「おや、他に客が来ておったのか。確か、『St-Knight』の元チャンピオンだとかいう……」
「どうも、クルマことクルマムです」
閣下に話しかけられたチャンプは、苗字と『St-Knight』でのハンドルネームを名乗った。
「おお、そうじゃそうじゃ。芋煮会の時にいたクルマ・ムジンゾウ殿であったな。私はヨシムネの配信者仲間であるウィリアム・グリーンウッドじゃ。よろしく頼む」
「中将閣下ですよね? どうも、よろしく」
閣下とチャンプは礼を交わしあった。
お互いの紹介が終わったので、俺は閣下に話しかける。
「で、遊びに来たのか、閣下」
「うむ。暇になったから遊びに来たのじゃ」
本人は格式あるクイーンズ・イングリッシュだと言い張る老人言葉で、閣下が言う。
俺は、そんな閣下に、今現在『超神演義』で対戦をしていたところだと伝える。
「おお、ヨシムネの配信は見たのじゃ。手に汗握る戦いだったのう」
「おや、見てくれたのか」
「うむうむ。プレイを見ながら、うらやましく思っていたのじゃ」
「うらやましい?」
閣下の言葉に、どこかうらやむ要素が配信にあっただろうかと俺は頭をひねった。
「『殷周革命』を元にしたゲームがあるとか、うらやましい限りなのじゃ。私のブリタニア国区のゲームメーカーも、円卓の騎士を自由に使えるゲームなどを出してくれないものか」
円卓の騎士というと、アーサー王伝説か。まあ、ブリタニア国区の伝説であるから、地元民として馴染みが深いのだろう。
俺は本気でうらやましがっている閣下に、ふとした疑問をぶつける。
「そういえば太公望は過去視で実在が確認されているらしいが、アーサー王は実在が確認されているのか?」
「アーサー王がか? おらんおらん。アーサー王は創作上の存在じゃ。かつてブリタニア国区の各地で複数存在していた騎士道物語が互いに影響を与えあい、やがてアーサー王という共通の主人公が作られたというのが、現在の学者達の見解での。そして、バラバラに存在していたアーサー王の物語は一つにまとまり、さらにヨーロッパ国区の旧フランスの二次創作が混ざり、今のアーサー王伝説になったのじゃよ」
「マジでか。アルトリア・ペンドラゴンさんは非実在青少年だったのか……」
「誰じゃそれは?」
「21世紀の日本で作られた、アーサー王の大人気女体化キャラクターだ」
「本当に日本人という奴は……そもそも、ペンドラゴンとはアーサー王の父ユーサーの持つ称号であって、アーサー王の家名ではないのじゃぞ」
「え、じゃあ閣下の『MARS』機体って、アーサー王じゃなくてアーサー王の父をモチーフにした機体だったのか!?」
「ウェルシュ・ペンドラゴンか? そうじゃぞ?」
そんな俺と閣下のやりとりを笑いながら見ていたチャンプは、俺達の話が一段落したところである提案をしてきた。
「閣下は優れたテレパスだと聞きます。どうでしょう、ヨシムネさんと『超神演義』で対戦してみては?」
「おっ、チャンプ、いいこと言うじゃん」
「ほう、私に一対一の勝負を挑むとはな。心の内を全て読まれても知らんぞ」
「言ったな。そっちがテレパシーならこっちは未来視だ。負けないぞ」
そうして対戦することが決まったので、俺は『超神演義』のスリープモードを解除し、閣下に操作キャラクターの作成を行なわせる。
キャラクター作成を待つ間、チャンプが俺に話しかけてきた。
「グリーンウッド閣下と言えば、太陽系統一戦争の時、中将の位にあったとか」
「そうらしいな」
「となると、軍隊格闘術や銃剣術に精通していてもおかしくありません。配信歴も長いですし、なかなかの強敵かもしれませんよ」
「マジでか。うーん、勝てるかな」
「どうでしょうね」
「待たせたのじゃ!」
と、閣下のキャラエディットが終わったので、早速、対戦に入る。
ランダムで決めたステージは天空だ。
空の上に立った俺と閣下は、互いに向かい合う。閣下の持つ武器は直剣。円卓の騎士が好きなようだし、剣術に秀でているのかもしれない。
『いざ、超神せよ!』
審判の声と共に銅鑼の音が響き、戦いが始まる。
そして――俺は無傷で勝利した。
「うぐぐ、負けてしまったのじゃ」
あれっ!? 弱いじゃん!
「チャンプ、普通に勝てたぞ」
タイトル画面に戻ったところで、俺はチャンプにそう言った。
「うーん、おかしいですね。閣下、元軍人だそうですが、軍で体術は学ばなかったのですか?」
「私は後方支援担当の貴族軍人だったのじゃ。荒事とかリアルで全く経験したことないのじゃ!」
「ええー……」
閣下の言葉に、俺は肩透かしを食わされた気分になった。
さらにチャンプが尋ねる。
「それでは、何十年もゲーム配信をしてきたようですが、格闘ゲームやアクションゲームの経験は……」
「ほとんどロボットゲームをして過ごしてきたのう」
その言葉を聞いて、俺はチャンプに言う。
「この人、初心者だな……。アシスト動作もほとんど使ってなかった」
「そのようですね。これはある種、貴重な人物ですよ」
「300歳以上のゲーム配信者なのにアクションゲームに不慣れって、確かにすごいな……」
「むむー、私もやってみれば、簡単にできると思っていたのだがのう」
こてりと小首を傾げる幼い少女。だが、中身は元軍人のジジイだ。仕草が完全に女子のそれなのが恐ろしい。
「せっかくなので、今日ここで練習していくか?」
俺はそう提案したのだが……。
「待て、待つのじゃ。それならばその様子を配信するのじゃ」
「あー、そうだな。せっかくのネタだ。逃すのも勿体ない。チャンプはどうする?」
「たまには『St-Knight』も『Stella』もお休みして、友人と過ごすのもよいでしょう。お付き合いしますよ」
おっ、道場の練習生じゃなくて友人扱いしてくれるとは、嬉しいこと言ってくれるね。
「じゃ、ヒスイさん呼んでくるわ。突発配信だ」
「私も家の家令とメイド長を呼んでくるのじゃ!」
そうして、俺達はその日、巨大モンスターを狩って戦う狩猟アクションゲームのライブ配信で盛り上がり、閣下はVRのアクションゲームを心から楽しんだのであった。




