111.超神演義(対戦型格闘)<5>
さて、気を取り直して次のステージだ。俺はがっくりとうなだれているナタを無視して、キャラクターの選択パネルを押す。
ランダムにキャラクター一覧の上を動いていくカーソル。そして、一人のキャラクターアイコンのところで止まった。
『金光聖母降臨!』
『十天君を引きましたね』
決定した敵キャラに、ヒスイさんがそんなコメントを入れる。
「あー、なんだっけ。確か、ストーリーモードの敵サイドの仙人」
『はい、十天君は仙境『金鰲島』の道士であり、十絶陣と呼ばれる特徴的な陣をしきます。陣はステージそのものが兵器となって襲いかかってくるもので、金光聖母の使う十絶陣は金光陣と呼ばれる強力な陣です』
「ステージが襲いかかってくるのか。それも宝貝の一種なのか?」
『いいえ、このゲームにおける十絶陣は術によって作られた陣地という扱いです。ですので、相手は陣の中で神通力を使えます。とはいえ、陣の維持に集中しているため、強力な神通力は使えないようです』
その会話の最中に、ステージが決定される。ステージ名は金光陣とある。
視界が切り替わり、俺は荒野に移動していた。地面には何やら光り輝く文字や紋様が描かれている。紋様は地の果てまで続いており、いかにも呪術的な陣の中って感じのステージだ。
そして、向かい合うのは真っ赤な服を着た金髪ツインテールのロリキャラ。……ロリキャラ?
「聖母なのにロリキャラ……」
金光聖母は十歳ほどの幼い少女だった。
『漢語の母という単語には、女性という意味も含まれますから。ここでいう聖母とは、徳の高い女性や女神を意味しているのでしょう』
そんなヒスイさんの解説を聞いていると、金髪ロリがこちらを見ながら腕組みして言葉を発し始めた。
『ふん、あんたなんて私の金光陣でぎったぎたにしてやるんだから!』
「おおう、言動もロリキャラだ……」
『修行を積んだ道士ですので、歳はそれなりに重ねているでしょうけれども』
ヒスイさんのそんなコメントが聞こえる。つまり子供口調のロリババアか。属性濃いなぁ。
『よろしいかね?』
おっと、審判の声がかかった。俺は曲刀を両手で持ち、正眼に構える。
『いざ、超神せよ!』
『鏡よ! 行って!』
戦闘開始と共に金光聖母が叫び、ステージ床の紋様の中から大きな鏡が複数せり上がってきた。その数、一、二、三……二十一枚。
『奴を囲め!』
鏡は宙に浮き、金光聖母の指示通り俺を包囲するように展開した。
『なぎ払え!』
光に貫かれる未来のビジョンが頭をよぎり、俺はとっさにその場を飛び退いた。
二十一の図太い光線が、俺が居た場所を通過していく。様子見なんてしている場合じゃないな。
『あら、かわすなんてなかなかやるじゃない』
憎らしい台詞が俺に向けて投げかけられる。そして再び、鏡は怪しく光る。
今度は、俺狙いの光線と、進行を妨害するような位置取りの光線が入り混じり、俺を討とうとする。
俺は必死にそれを回避していく。
金光陣、どういう仕組みか理解したぞ。つまりは、二十一個のビットによるビーム兵器か!
「ビットなら、それを狙うまで!」
俺はビームをかいくぐり鏡の一つに近づくと、曲刀でそれを叩き割った。
『無駄よ!』
金光聖母が手を上に掲げると、地面の紋様から新たな鏡が出現した。
むう、ビット破壊は意味をなさないのか。そうだな、これは鏡の宝貝じゃなくてあくまで陣の術だから、鏡を無限に再生できてもおかしくはない。
ならば、どう攻略するか。それは、回避しながら近づいて斬るのみだ!
未来視を発動しながら、俺は前に駆ける。すると、二十一の鏡から一斉に拡散ビームが飛ぶ。
先ほどよりも高密度の攻撃に、思わず被弾してしまう俺。どこに攻撃が来るか判っていても、避ける先がないのではどうしようもない。
これは、もっと先の未来を見てそこから取るべき行動を考えなければいけないぞ。
四方八方から飛び交うビーム。これは、魔礼青の槍の嵐よりきつい!
青雲剣による槍の群れは風に乗って一方向からしか攻撃が届かなかった。それに対し、金光陣は自由に配置された二十一の鏡により、様々な角度から狙いをさだめてくる。
未来が見えても、どう避けるべきかとっさの判断がつかないのだ。こんな状況は、『MARS』でゲスト出演中に閣下と一緒にやった緊急ミッション以来だ。あのときは宇宙の戦場で多数の敵に囲まれたのだったな。
は、待てよ。『MARS』といえば……。
「うおおお! サイコバリア!」
俺は、身を守る超能力を行使した。発生したバリアにビームがぶちあたり、相殺する。
よし、効果有りだ!
『ああ、超能力が使えるならば、そのような手段もありでしたね……』
ヒスイさんも、サイコバリアの存在に気づいていなかったようだ。まあヒスイさんはこれ使えないからな。
でも、バリアを張れるのに使ってこなかったのって、今まで非VR式の格闘ゲームにおける『ガード』を使わずにプレイしていたようなものだなぁ。
だが、これで回避以外の選択肢ができた!
俺は、サイコバリアと未来視を駆使して、金光聖母に近づいていく。
一方、金光聖母は、その場を動くことなく鏡を動かし続けている。
そして、とうとう剣の間合いに――って、やばい!
『隙だらけよ!』
金光聖母が手をこちらにかざすと、手の平から雷撃が飛んできた。強力なエレクトロキネシスだ。
俺は回避に失敗し、雷をその身に受ける。そして、雷光で目がくらんだところに二十一の光線が一斉に俺を襲った。体力ゲージが一瞬で砕け散る。
『勝負あり!』
審判のジジイのそんな声を聞きながら、俺は敗北後に飛ばされる謎の空間で肩を落とした。
「あー、ヒスイさんが前もって、金光聖母は陣の中でも神通力が使えるって教えてくれていたのに、失念していたなぁ」
「残念でしたね」
俺がぼやいたところで、謎空間で俺の横に浮かぶヒスイさんが、なぐさめるようにそう言った。
謎空間は無重力の宇宙のような場所だ。俺が戦っている間、ヒスイさんはずっとここで俺をモニタリングしているらしい。
「でも、攻略法は理解した。基本は回避で、避けきれない拡散ビームは威力が弱いからサイコバリアで防ぐ。そして寄って斬る」
「頑張ってください」
ヒスイさんにはげまされ、俺は目の前にずっと存在していた再戦パネルを押す。
そして、戦いは再び始まったのだが……。
「体力ゲージ削った後の発狂モードが、どうしようもないんだけど!」
「負ける前に勝つ、としか言えませんね……」
「つまり防御を半ば捨てたゲージの削り合いがいいと」
「防御を捨てずにかつ攻撃に全力を注ぐのです」
「難しいこと言ってくれるなあ!」
そうして俺の挑戦は十五回ほど続き……。
『勝負あり!』
「よっしゃあ勝った! こいつとはもう二度と戦わねーぞ!」
苦労の末、ようやくの勝利をつかんだのであった。
勝利の決め手は、鏡の位置の誘導である。あらかじめ相手の鏡を一箇所に集めるよう立ち回ることで、体力ゲージ低下後の強化ビームラッシュを回避しやすくしたのだ。
「はー、しかし、疲れたな……」
『休憩しましょうか。『sheep and sleep』を起動しましょう』
「あー、時間加速してのプレイは久しぶりだから、そのゲームも長らく起動していなかったな……」
ヒスイさんは『超神演義』をスリープモードで一時終了させ、代わりに安眠体験ゲームである『sheep and sleep』を立ち上げた。
どこまでも広がる草原に、多数のデフォルメされた羊。ヒスイさんの趣味なのか、猫の姿もいくつか見える。
「どのような寝床を用意しましょうか」
「久しぶりだから、オーソドックスに草原で羊に囲まれて寝ようか」
俺はふわふわのクッションを呼び出して、草原にごろりと寝転がった。
すると、子羊が俺の周りに集まってきて、抱き枕にどう? と誘惑してくる。
俺は遠慮なく子羊を抱きかかえると、ヒスイさんに「おやすみ」と声をかけて目を閉じるのであった。
◆◇◆◇◆
『紂王降臨!』
ゲームを再開した俺を待っていた敵は、仙人ではなくまさかの『殷』王朝の天子だった。
「ヒスイさん、紂王ってただの人間? それとも仙術とか使う?」
『ただの人間ですね。人を超えた存在ではないということで、神通力だけでなくシステムアシストの助けすらありません』
「うへ、マジで?」
システムアシストはヒスイさんの言ったとおり、VRゲームで人を超えた動きをするのに必要な機能である。
俺が初めて配信でプレイした『-TOUMA-』のような変態的ゲームでない限り、アクション系VRゲームには必ずと言って良いほど導入されているシステムだ。
そして、システムアシストを使う人は、システムアシストを使わない人にまず負けることがない。それほどの動きができるのだ。
ヒスイさんが数時間前、神通力も妖術も持たないただの人間キャラクターは羽虫のような弱さと言っていたが、おそらくこのシステムアシストなしという条件も加味しての台詞だったのだろう。
「しかし、戦うことで仙人が神を超えるって話のゲームらしいのに、なんでただの人間が戦いに混じっているんだ?」
俺の疑問にヒスイさんが答える。
『設定的な話をすると、超神榜という名簿に名を連ねた者は、超神台という道術装置の力により魂を鍛える機会を得ます』
ふむふむ、超神ってことは、元ネタの『封神演義』に関係がない、このゲームオリジナルの要素かな?
『戦えば戦うほど魂は強くなり、さらに超神榜に名が載る者同士が戦った場合、魂と魂のぶつかり合いで鍛鉄のごとく魂は鍛え上げられます。魂を鍛える機会は仙人だけに与えられるものではなく、人間の英雄にも与えられており、ただの人であっても超神台の力があれば、やがて神に至りそして神を超える可能性があるとされています』
「なるほど、その超神榜に紂王は名前が載っているってことだな」
『そうなります』
なるほどなー。
しかし、そうなるとこの六戦目は楽勝過ぎるな。ちょっと肩透かしだ。
『システム面で優遇されていませんが、紂王は人の英雄の中でも特に強く設定されています。純粋な剣の腕は、この『神級』において無類の強さを誇ります』
「ふむふむ、つまり、一度くらいは超能力もシステムアシストも封印して、挑戦してみる価値ありってことだな」
『そうですね。そうするのもありでしょう』
というわけで、挑戦してみた。
結果……見事に負けた。
「あっはっは、強いなこいつ! なんで王様がこんなに強いんだ!」
敗北した後に送られる謎の空間にて、俺は大笑いしていた。
完璧に負けると笑えてくるよね。
「仮にも一国の主ですから、武に関しても英才教育を受けているということではないでしょうか」
ヒスイさんが俺の横でぷかぷかと浮きながらそう言った。
そういうものかね。
「で、ヨシムネ様、どうします? 挑戦を続けますか?」
「いや、今回の趣旨に外れるから、システムアシスト解禁してプチッと潰してくるよ」
そして再戦。プチッと潰せた。
仙人から見た人間とは、こうも儚いものなのか……。




