109.超神演義(対戦型格闘)<3>
対戦相手が消失した洞窟ステージ。どうやって次の対戦に移るのかと思っていたら、急にその場でキャラクター一覧が開き、『選択開始』と書かれたパネルが中央に表示された。パネルを押すまで、自由に休憩していていいということだろう。
「疲れもないし、二戦目行ってみようか」
俺はキャラクター一覧のど真ん中に表示されている選択パネルを押す。
すると、カーソルが勢いよく動き始め、やがて一人の女性キャラクターのアイコンでカーソルが止まった。
『王貴人降臨!』
「王貴人……うーん。ヒスイさん、キャラクター紹介お願い」
聞き覚えがあるような、ないような……。
『『殷』の天子、紂王を巧みに操り王朝を衰退させる原因となった、蘇妲己という人物がいます。その正体は、ただの人間である本物の妲己から身体を奪った千年狐狸の精です。そして、その千年狐狸の妹が玉石琵琶の精、王貴人です』
「紂王をたぶらかした九尾の狐の仲間ってことだな。あー、思い出してきた。確か、妲己と王貴人の他にもう一人姉妹がいたよな」
『胡喜媚ですね。九頭雉鶏の精です』
「きゅうとうちけい?」
『九つの頭の雉の鶏と書きます』
「怪獣じゃん!」
『まあ、妖怪ですから……』
「このゲーム、仙人バトルじゃなかったのか……」
『敵サイドには動物や妖怪の仙人もいますよ。まあ、王貴人はただの妖怪なのですが』
そんな会話をしている間に、ステージも決まる。ステージ名は……酒池肉林? どんなのだ、それ。
視界が暗転し、中華風の宮殿の庭に出た。庭に植えられた木々の枝には肉が吊されており、木に囲まれた池からは酒の臭いがした。
「酒池肉林ってこういうのかぁ。一瞬、エロいのを想像したんだが」
そんなことを言いつつ、対戦相手を見る。
全身白の服を着た黒髪の婦人だ。特にエロくはない。手には大きな曲刀を握っている。
『この魂、仙人などの好きにはさせぬ!』
そんな口上を述べ、曲刀を構える王貴人。
俺も、無言で曲刀を正眼に構え、審判のジジイの言葉を待つ。
『いざ、超神せよ!』
銅鑼の音が鳴り響く。それと同時に、敵はこちらに近づくことなくその場で曲刀を振るった。
すると、弦がつま弾かれるような音と共に、俺の視界が突如ゆがみ始めた。
「な、なんだあ!?」
さらに弦が奏でる音が続いて鳴り響き、俺はまともに目を見開いていられなくなった。
「音の宝貝か!」
まさかのデバフ系兵器か?
そう思ったのだが、ヒスイさんの答えは違った。
『いえ、これは宝貝ではなく琵琶の精としての妖術で、琵琶の音を聞いた者の目を惑わす効果があります』
妖術! 妖怪だものな、そういうのも使うか。
どうしたものかと困っていると、不意に俺の頭の中に未来の光景が映し出された。王貴人が俺に斬りつけようとしている!
俺は狂った視界に惑わされないよう目を閉じ、その場を飛び退いた。すると、耳のすぐ近くで風を切るような音が聞こえた。斬撃をぎりぎりで回避できたようだ。
すると、舌打ちが聞こえ、さらに俺の未来視が俺を斬りつけようとする光景を脳裏に映し出していく。
弦の奏でる音が聞こえ続ける。今目を開けたら、おそらくゆがむ視界でめまいを感じてしまうことだろう。
こちらは目が見えず、相手は攻撃し放題。
だが未来視があれば、目で姿は見えなくとも頭に浮かぶビジョンでその動きを捉えることができる!
「だっしゃおらあっ!」
未来視が示す、ゼロコンマ一秒以下の未来を頭の中で展開し、王貴人の位置を捉え、斬りつける。
〝今とほとんど位置のずれのない、ほんの少し先の未来〟。それを活用することで、ある種の心眼のような技を俺は習得していた。見ているのは未来であって、全然心の眼なんて使っていないけれどな!
俺は目を閉じたまま、隙だらけだった王貴人を斬って斬って斬りまくる。
こいつ、能力が厄介なだけで、剣の腕はそれほどでもないぞ!
『勝負あり!』
「よし、無傷の勝利だ!」
『おめでとうございます。最高難易度では一切目に頼れなくなる妖術の強度なのですが、見事に攻略しましたね』
「視力に頼らない超能力持ちじゃなかったら、攻略不可じゃないのかこれ」
『王貴人は足音を忍ばせるということをしないので、聴覚に頼れば位置を把握できるようですよ』
「達人の領域じゃん! ……さて、身体が温まってきた。一気に三戦目行くぞ!」
VRなので温まる身体はないのだが、気分的なものだ。俺は、キャラクター選択のパネルを押す。
『魔礼青降臨!』
次のステージは戦場。切り替わった背景では、万を超える兵士達が激しく争っているが、俺達の周りだけ半透明な壁で隔離されている。
魔礼青なる敵は、巨人だった。三メートル以上はありそうな身長で、体格はとにかくごつい。ここから見上げて確認できる頭部は、カニっぽい髪型をしたこれまたごつい顔だった。
「でけえ……」
ちょっとこれは予想していなかったぞ。だが、大丈夫だ。大きな敵は『-TOUMA-』で散々戦ったし、超電脳空手の道場でも巨大モンスター系統の仮想の敵と何度も組み手をしてきた。
俺は気合いを入れると、審判の号令がかかり、銅鑼の音が響く。
相手は立派な長剣を持っているので、近接戦闘が得意かもしれない。いや、ヒスイさんの剣ビームの例もあるからな。
そう考えていたら、敵が俺から離れたその場で剣を素早く三度振るう。すると、敵の背後から黒い風が吹き荒れ、風に乗って無数の槍のような物が飛んできた。槍の先は、いずれもするどく研がれている。
「ちょ、これどうやって避けるの!? 安地、安地はどこだ!」
俺は未来視を全力でぶん回し、風にのった槍の雨をなんとか回避していく。何もしなくても避けられる安全地帯はなかった。
『魔礼青の宝貝、青雲剣ですね。黒風と共に万の矛を飛ばす他に、火の蛇と黒い煙を操る能力があります。気をつけてください』
気をつけるだけでどうにでもなるなら、事は簡単なんだがな!
これ、未来視を持つ俺だからどうにか回避できたものの、普通の人ならどうしようもないハメ技なのではあるまいか。しかもこれだけじゃなくて火の攻撃もあるとか、多彩すぎて超能力の万能性がかすむわ。
しかし、避けてばかりではいられない。俺は攻勢に出ることにした。
『MARS』で使っていた要領で、牽制にサイコキネシスの衝撃波を飛ばすが、青雲剣で見事に防がれた。
とにかく近づこうと走るが、そこに火でできた巨大な蛇が一直線に飛んできた。
急いで飛び退き回避するが、火の蛇が地に触れたときに発生した黒い煙を思わず吸い込んでしまう。
「げっほ、げっふぅ、げっはぁ!」
めっちゃ煙たいぞ、これ!
『先ほど言った通り、その煙も宝貝の能力で、肺腑を焼きます』
くそ、とにかく近づかなければ、どうにもならない!
だが、無数の槍が飛び交い、火の蛇が縦横無尽に駆け、俺は一向に近づけずにいた。
もうこれ格闘型対戦ゲームじゃねえだろ! 巨大モンスターを狩猟する類のゲームに似ているぞ!
敵は三メートルほどの巨人だが、攻撃の規模は小山ほどもありそうなサイズのドラゴンのブレスとか、そういう類だ。
やがて俺は、一度も接近できることなく、じわじわと体力を削られて負けた。
「だー、強すぎる。前の二人と比べてあまりにも強すぎないか!? ゲームバランスどうなってんの」
『このゲームは公平なゲームバランスを考えて設計されてはいないようです。プレイヤーの超能力強度に制限がないのを見て解る通り、強いキャラクターは強く、弱いキャラクターは弱いという大前提でもってゲームデザインされているとか。プレイアブルキャラクターの中には神通力も妖術も持たないただの人間もいますが、仙人キャラクターからすれば羽虫のような弱さです』
「そこまで極端だと逆に面白くなってくるな……」
とりあえず魔礼青対策は、何度も挑戦してパターンを把握する、だな。アクションゲームの基本だ。
俺は、目の前に表示され続けていた『再戦』のパネルを手で勢いよく叩いた。
そして、再戦を繰り返すこと十回ほど。ようやく光明が見えてきた。
この青雲剣、剣を数度振るわないと能力を発動できないのだ。
超能力で牽制を放ち、防御を誘発させるのが勝利の鍵だ。そう信じ、俺はさらに再挑戦を続けた。
攻防は進み、やがて俺は、魔礼青の目の前、剣の間合いまであと五歩の距離まで近づいた。
この距離ならば、槍の嵐も火の蛇もさした脅威ではない。
「死ねやオラァ!」
曲刀をもって躍りかかる。すると、なんと敵は青雲剣を鞘に収め、手に槍を構えだした。
ちょ、ずるくない? こっちは曲刀なんだけど、槍のリーチはずるい!
ずっと相手の正面を見ながら戦っていたので、槍を背負っていたとは気がつかなかったぞ!
仕方なく、槍と曲刀で切り結ぶ。
宝貝である青雲剣を手にしていないからか、相手は神通力を使えるようになっており、見えない念動力が俺を押しつぶそうとしてくる。
だが、この距離は俺の領域だ。念動力に念動力をぶつけて相殺し、槍をかいくぐって、曲刀で斬りつける。
宝石のついた腕輪が不意打ちで相手の手首から飛んでくるが、未来視を駆使した俺に当たるはずもない。むしろ、その発動の瞬間は隙となり、こちらのカウンターを当てるよい機会となった。
さらに、身長差を活かして相手の足元をはうようにアシスト動作で動き回り、じわじわと相手の体力ゲージを削っていき……、やがて魔礼青は倒れた。
『勝負あり!』
「うおー!」
やってやったぞー!
いやー、ヒスイさん、一ラウンド制に設定してくれていて本当によかった。二ラウンド制だと二ラウンド先取した方の勝利となるが、こいつ相手に勝ち越しできる自信は全くないぞ。
『おめでとうございます。休憩しますか?』
「うん、ちょっと一息入れよう」
『それではスリープモードにして、SCホームに戻りましょう』
日本家屋の居間に背景が切り替わり、俺は畳の上にごろりと寝転がった。
「いやー、それにしても強かったな」
「魔礼青は仏教における四天王の一人、増長天と同一の存在です。修行半ばの道士キンタ、妖怪の王貴人とは違い、実力のある神仙としてゲームデザインされています」
俺の横に正座して座ったヒスイさんが、そんなことを言った。
「なるほどなー。ところで、たびたび出てくる道士って何?」
「道術、すなわち仙人の術法を学ぶ者のことですね。仙人のことを指すこともありますし、仙人見習いを指すこともあります」
ほーん。まあ仙人のような存在と覚えておこうか。
「しかし、飛び抜けた超能力強度の俺ですらここまで苦戦するのに、普通の人は宝貝なしだとどうやってクリアすんの、このゲーム」
「ヨシムネ様、最高難易度の『神級』をプレイしていることを忘れていませんか?」
あー、つまりは、最高難易度だからほぼ回避不可能な弾幕を撃ってきたってわけか。
俺、別に弾幕シューティングゲームをプレイしているつもりはないんだけどな。
「とりあえず、ライブ配信の最中でもないし、二十分ほど休憩したら再開しよう」
「はい。お茶を用意しますね」
苦戦したが、まだ七戦中の三戦目をクリアしただけだ。英気を養ってクリアを目指すこととしよう。




