第29話 あやかしの王と秘め事
施設に戻った俺は、彩に二人で話をしたいと言われて、地下室の資料庫に来ている。
LapisとLazuliが導き出した安全地帯が此処らしい。
実は、この地下室は対あやかし用の結界が施されていて、あやかしの王であっても、能力が弱まるとか。
『あの双子たち。此処を選ぶなんて、さすがですね!』
「もしかして……あのとき、すでに気がついていたのか?」
『あっ、ハイ……。先輩にバレるかと、ヒヤッとしてました……』
笑って誤魔化す彩は目を泳がせている。
ニ人きりと提案したのは彼女だが、いざ誰もいない空間に置かれて居たたまれないようだ。
俺はゆっくりとした足取りで奥の方に向かい、そのまま椅子に座る。少し遅れてきた彩も無言で隣に座った。
「その……!」
『あの……!』
シーンと静まる中、同時に言葉を発する俺たちは、視線が重なったあと下を向く。
少し間を置いてから彩が自分たちについて話してくれた。
『先輩が知らないことですが、カイロスのように人間の味方をする上位のあやかしを"稀人"と呼びます。普通のあやかしからは、裏切者と罵られる存在です』
「その呼び方は知らなかったけど……人間に味方するあやかしの存在は知っていたよ。実は、こんな手記を見つけて」
本をニ冊勝手に持ち出していた彩を疑って言わなかった魔法使いが書いた手記を取り出す。
彩は驚いた顔をしていたが、腑に落ちたようで納得した。
『実は、私が人間の味方をしたのは、気まぐれでした。先輩は、私の見た目が変わらないことに違和感を持っていますよね?』
「あっ、ああ……。他の三人は、東さんは少し分かり難いけど、特徴的だったし……。一番驚いたには、南雲さんだっけど……」
足と手の大きさを変えられるだけで、"ダイダラボッチ"っていう巨人だなんて思わないだろう。
光は鬼で、"酒呑童子"って言うらしいし……。東さんは、"雪女"って言われて色々と腑に落ちた。
『私は……幸も不幸も呼ぶ、"座敷童"です』
「えっ? 座敷童……って、家についたり、特定の人に憑いて幸せにするっていう?」
『そうですね。そして、座敷童が去ると家と憑かれた人間は不幸に見舞われます』
思いがけないあやかしの名前に目を見開く。
見た目が人間に近い理由はわかった。
ただ、それよりも思うことは一つだけ……。
俺は目を輝かせるような眼差しを向ける。
「座敷童で、あの戦いぶりは凄くないか!? 想像つくのは支援だろう。完全に格闘技だったし」
『えっ……? ぷっ……ふふっ。雪璃先輩らしいですね! 私も生まれたときは弱い存在でした。ただ、タイミング悪く、あやかしの王が亡くなって。なぜか、勝手に次の王になってました』
「思った以上に緩いんだな……あやかしの王になる条件って。でも、やっぱり妖力とか関係はあるんだろう?」
座敷童は幼い女の子のイメージで、弱い方が納得できた。
だけど、不幸にもするかもしれないが、人を幸せにする能力は妖力が高そうに思う。
彩は床についていた足を伸ばして、ぶらぶらさせ始めた。
『他のあやかしは分かりませんが、妖力は高いと思いました。すぐに上位のあやかしに見つかって、"人間を殺せない王"は認めないって言われましたし……』
「えっ……じゃあ、彩も――」
『してませんよー。出来なかったんです。ある人間と出会ったから……。代わりに、私に歯向かうあやかしたちを葬りました』
横顔から覗く彩は笑顔で、サラッと怖いことを口にする姿にビクッと肩が揺れる。
正面を向いているから俺の反応に気付かない彩はそのまま話を進めた。
『私が初めて憑いた人間は、子供で。実は、雪璃先輩に瓜二つでした!』
「えっ? 俺の親族とか? いや、待てよ……。実は、家には古い言い伝えがあってさ。家長はこれを手放すなって」
『嘘っ……それって――』
俺は首から下げていた古びた御守りを取り出して見せる。
それを見た彩の目は大きく見開かれ、伸ばされた両手はお守りに触れる前に空中で硬直した。
「やっぱり、見覚えあるのか? これを持っていないと、家も家族もすべてが不幸になるって言われてて……恐怖の象徴だったんだけど」
『えっ……? そ、それは申し訳なく……ただ、私も成長しないことで正体がバレるのを防ぎたくて離れるしかなかったんです』
「それで、家内安全の御守りを? もしかして、この中には彩の分見が……」
考えつくのは髪や爪だけど……。
なぜか、ここにきてオタク心が揺れて高揚する俺に痛いモノを見るような目を向けて、ようやくこっちを向いた彩に口角を上げる。
してやられたと気が付いた彩は慌てたように首をブンブン振ってから、再び横を向いた。
『変なことを言わないでください! ま、まぁ……私の、分見は……入ってなくも、ないですけど』
「なるほどなぁ。御守りの中は開けるなって良く聞くけど……開けても」
『ダメです!! ご利益、逃げちゃうので駄目です! ……見られたら、恥ずかしくて悶えちゃう』
最後の言葉は小さくて聞こえなかったが、恥ずかしそうにしているのは分かる。
前と変わらないニ人の時間が嬉しい反面、彩の正体が分かってしまった今、人間の希望である魔法使いとして決断を迫られていることに胸が痛んだ。
『実は、前王が願ったことを知っているのは、私と先輩だけなんです……』
「えっ? そ、そうなのか……だから、本をニ冊持ち出したのか?」
『はい……三人が知ったら、どうにかして先輩をその気にさせようとするかと思って……』
あの三人が、過去に彩に助けられたのは事実で、人間として暮らしていた時代があったらしい。
彩は、三人に会ったときは身体強化能力者として、ハンターに所属していたことで、仲間に引き入れたと。
再び下を向いた彩は、自分の両手を握りしめる。
『あやかしは人間の生んだ不要な部分であって、すべての感情は紛い物なんです。だから、前王の話を知ったときは、なんて馬鹿な王って思いました』
「彩……」
『だから。私は魔法使いに殺してほしくて、奇跡的に出会えたら育てて殺してもらおうと考えていたんです。あの三人も人間側だったので、賛同してくれました』
俺を連れ回していた理由は分かった。ただ、どうして殺されたいのかが分からない。
俺は彩の手に左手を重ねる。一瞬驚いた様子で、肩が揺れて顔を向けた。
「あやかしの王は、魔法使いにしか殺せないのは分かってる。ただ、どうして死にたいんだ? 俺は、彩の気持ちが知りたい」
『それは……私が、人間を好きだからです。あやかしよりも……。あやかしがいる限り、悲劇が生まれる……私が王に選ばれたのは、あやかしの時代を終わらせるためだと思いました』
「そっか……そこまで、俺たち人間を好きになってくれたんだな。有難う」
きっと、絶望の淵から救ってくれた俺の先祖と出会ったあとも、彩は人間の温かさを感じて生きてきたのかもしれない。
俺は、そんな彩の気持ちに応えたくて決意を固める。
俺達にとって魔法の言葉を口にしようとした瞬間、彩の表情が歪んだ。
そして、俺の手を掴んで自分の胸元に当てる。
『――"雪璃さん"。あやかしの王を、"私を"殺してください』
「えっ……?」
思いがけない言葉に俺は耳を疑った。
一瞬で頭が真っ白くなり、無意識に離そうと力を込める手から伝わってくる鼓動だけが、俺の心を支配する。
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