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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
91/101

続ー20サツキ編     醤油をかけて

 うう……、浮気者、節操なし……。


 私はベッドにうつぶせに寝転んで、ダンに文句を言い続けた。

 私という彼女がいながら、酷い男。……でも好き。あぁ、ダンの元に飛んで行けたら……。

「…………」

 私、異世界トリップしたくらいなんだから、もしかしてダンの元に瞬間移動くらい出来るんじゃないの?

 目を瞑って念じてみる。


 ダンの元へ!


 ……って、無理だよね。そういえば前も同じようなことしたな。炭酸系ジュースが飲みたくなった時。でも……、今回はなんとなくだけど、呪文みたいなのがあれば瞬間移動できるような気もするんだよね。えーと、こういう時の呪文ってなんだろう?


「……きゅうきゅうにょりつりょう?」


 うーん、なんか違う。これは陰陽師だ。悪霊退治したいわけじゃないよ。じゃあ他に何かあるかなぁ。呪文は呪文でも、魔法っぽいやつだよね。うーん、魔法魔法まほ……あ、そうだ!


「エロエロヤッサイム!」


 意味は知らないけど、絶対魔法の呪文だよね、これ。

「エロエロヤッサイム、エロエロヤッサイム、エロエロ……」

 ……何も起こらない。

 ああ、ただの思い込み? 大きな溜息を吐いて、私は枕に顔を押し付けた。と、その時、ノックの音がしてドアが開く。

「サツキ様?」

 あ、マチルダだ。

「ヤンが、夕飯はサツキ様の好きな物をなんでも作ると言っています。何がいいですか?」

 え? 好きな物……?

 私はもう一度溜息を吐いて、手をひらひらと振った。

「何でもいいよ」

 するとマチルダが、眉を寄せて私に近づき、両手でシーツを思い切り引っ張る。うわあ、転がるー! って、遊びたい気分じゃないの!

「なにすんの!」

 ベッドの上に座って怒る私、だけどマチルダは謝ろうとはせずに、人差し指をピッと一本立てた。

「サツキ様、こういう時こそ明るく楽しくいきましょう」

 ……はい?

「明るく楽しく?」

「そうです。明るく楽しく、めちゃくちゃにです」

 めちゃくちゃって何?

「さあ、何を食べたいか言ってください」

 そう言われても困るよ。でも答えるまで出て行きそうにないし……。うーん、明るく楽しく食べたいもの? 楽しいと言えば……。


「バーベキュー……とか?」


 私が呟くと、マチルダが首を傾げた。

「ばぁべきゅう?」

 うん、と私は頷く。

「外で、肉とか魚とかを焼くの」

「まあ、外で料理をするのですか」

「そう、それでみんなで食べて――」

 そこでハッと、私は思い付いた。

「――そうだ! 虎とニィとシエルとマジシャンとレムじいちゃん招待して!」

 こないだ城に行ったときにお世話になったから、お礼にバーベキューに招待しよう。うん、いい考え!

「虎とシエル様は分かりますが、ニィ様とまじしゃん様とレムじいちゃん様というのは、どなたでしょうか?」

 ん? ああ、そうかマチルダは知らないんだっけ。

「マジシャンはシエルのおじいさんで、ニィは虎の飼い主。レムじいちゃんはニィに聞けば分かるよ」

「そうですか。では旦那様に確認してみます」

 頷いて、マチルダはいったん部屋を出ていき、暫くして帰ってきた。

「招待いたしました。五時に準備が整います」

 え? 五時? 今は四時だからすぐじゃない。

「サツキ様も準備をいたしましょう」

「うん」

 そして、ベッドからおりた私が、マチルダに手伝ってもらいながら顔を洗ったりドレスを着替えたりしていると、一階からベルの音が聞こえた。え? もう来たの?

 下に行き、玄関ドアを開けると――、

「虎!」

「ニャオン!」

 虎だ! 虎達が私に飛びついてきた! それからマジシャンとシエルと、レムじいちゃんとニィと……あれ? あと二人居るけど誰? ものすごく高そうな毛皮を着た、ものすごい美形と、日焼けした短髪の、これまたなかなかのいい男。

 美形は華やかで、『ゴージャス』って言葉が似合うな。ニィも凄い美青年だと思ってたけど、この人には負けてるよ。それから短髪の方は……んん? どっかで会ったことあるような……あ、そうだ、屋敷の改築現場で働いていたお兄さんじゃない!

 驚く私に、ニィが二人を紹介する。

「こっちが一番上の兄のイーチェ、それから二番目の兄のサンディ」

 え!? 兄弟? ゴージャスがイーチェで、短髪がサンディか。うーん、確かによく見ると三人似てる。銀の髪も青の目も一緒じゃない。あれ? そういえばお父様もレムじいちゃんも銀髪だよね。トーラって銀髪が多いのかな?

 そんなことを思っていたら、外から「準備できました」というヤンの声が聞こえた。

 お父様とお母様もやってきて、みんなで外に出る。そして私は、またまた驚いた。


「うわ! なにこれ!?」


 目の前にはキャンプファイヤみたいに組まれた木。それには既に火がつけられていて、その上にマグロそっくりな巨大な魚と、牛みたいなのがドカンと乗せられている。

 ちょっとイメージしてたバーベキューと違うなぁ。けどまあいっか。ちゃんと説明してなかったしね。

 そう納得していると、ゴージャス兄ことイーチェが私に手を差し出してきた。

 ん? 何? 手を置けってこと?

 イーチェの右掌に左手をのせると、イーチェはそのまま私を椅子へと連れて行ってくれた。そして私を椅子に座らせ、片膝を付いて、ヤンから受け取った飲み物を私に差し出す。


「どうぞ、お姫様」


 ……お姫様?

 首を傾げつつ飲み物を受け取ると、私の左横にイーチェが座り、ニィが右横に座り、サンディが足元に片膝を立てて座った。

 イーチェとニィが微笑む。

「最高の夜になりそうだね」

「そうだね。楽しもうよ、サツキちゃん」

 顔を寄せられ、触れるか触れないか、ぎりぎりの感じで髪を撫でられる。

「…………」

 えーと? もしかすると今、傍から見たら凄い光景かも。なんだか私が美形を侍らせているみたい。勿論行ったことはないけど、高級ホストクラブってこんな感じなのかな?

 虎達が私の周りに寝そべり、他のみんなもそれぞれ椅子に座ったところで、マジシャンが私達の前に立つ。どうやらマグロと牛が焼けるまでの間、マジックショーをしてくれるみたい。光る花だけじゃなく、体を浮かせたり口から火を吐いたりとかしてくれた。凄い、マジシャン!

 暫く楽しんでいると、あぁ、肉が焼けるいい匂いが広がる。ヤンが大きな包丁で、こんがり焼けた肉と魚を削ぐように切って皿に載せ、それをマチルダがみんなに配る。

 うわぁ、美味しそう! あ、そうだ!

「ヤン、醤油持ってきて!」

 はい、と返事をして、ヤンがすぐに醤油を持ってくる。それをかけて魚を食べると……。


「うまーい!」


 虎達もニャオニャオ鳴いて、凄く喜んでいるよ。

「それは何?」

 醤油に興味を示したイーチェと、みんなの魚や肉にも醤油をかける。

 お腹いっぱい食べたら、今度はお父様とレムじいちゃんが竪琴みたいな楽器を演奏し、お母様が歌い、シエルが踊りだした。

 イーチェが立ち上がり、私に手を差し出す。


「お姫様、私と踊ってくれませんか?」


 ……だから、お姫様って何? でも、ちょっとだけいい気分かも。

 私がイーチェの掌に左手を置くと、ニィとサンディも立ち上がる。そして私達は、真夜中になるまで、歌って踊って大騒ぎをした。


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