続ー20ダン編 タマゴをかけて
体が……痛い。
俺は目を開ける。ここは何処だ? 飛ばされたところまでは覚えているが……。
呻きながら体を起こす。空を見上げると星が瞬き夜だとは分かるが、だが周りが不自然に明るいのは何故だ?
ゆっくりと見回すと、良かった、すぐ傍に剣と鞘が落ちていた。這いずって剣を手に取る。荷物は何処へ行った? 再び見回すと――ん? 七色の光……? 少し先に、七色の光を放つ何かがある。俺は剣を杖にして根性で立ち上がり、光に近付いた。
うーむ、これはなんだ? 近くで見てもよく分からない。人が一人乗れるほどの大きさの、丸く平べったい鉄の塊が地面にあり、それが七色の光を放っているのだが、これももしや、超古代文明の遺産か?
俺は何気なくその丸い鉄の塊に手で触れようとして、
「な……!」
驚いた。まるで吸い込まれるように、体が鉄の塊に引き寄せられる。そして、体が浮き上がったのだ。
なんだこれは? 俺は――飛んでいるのか!?
剣をしっかりと抱きしめて、離れていく地面を呆然と見つめる。まるで鳥にでもなったかのようだ。
やがて遠くに街の灯りが見え、そして周りが白く染まる、霧のなかを移動している感覚に、何処まで行くのかと不安が心を支配した、その時、突然視界が開けた。
「ここは……?」
目の前には大きな扉。建物は無く、そう、ただ大きな扉があるのみ。足元は白い地面で……いや、地面とは言わないか。まるで雲の上にいるようだが、雲のようにふわふわしておらず固い。
下に戻る手段は、と周りを見回すが、扉以外何もない。どうやら戻ることは不可能なようだ。ならば……。
俺は扉の前に立つ。ここに入るしかないのだろう。左手で扉に触れる。すると、
「…………!」
熱い! 掌が赤く腫れ、ただれてしまった。
小さく舌打ちし、今度は慎重に掌を魔力で覆って扉に触れる。
「……クッ!」
だが、魔力で覆えばあらゆる衝撃は軽減されるはずなのに、素手で触るのとさほど変わりない。仕方なく、目いっぱいの力を込めて扉を押す。ジュウッという音と共に、肉が焼けるいやな臭いが漂う。熱いというよりとにかく痛い。
それでも少しずつ扉は開く。中から溢れる光の眩しさに目を眇める。そして今気付いたなだが、魔法で扉を吹っ飛ばせば良かった。
後悔しながら魔力と力を込めると、人が一人通れるだけの隙間が出来た。肩で息をしながら中へと入ってみると――、フッと周りの景色が消える。
「な、んだ……?」
何もない、無限に広がる空間。そこに俺は浮いていた。
……困った。この状況は、どうすればいいのだ?
途方に暮れていると、突然、
「うおー!」
頭の中に響く歓声に、俺は思わずビクリと身体を揺らした。
「ほら、早く賭けろよ」
「挑戦者が勝つに陣地半分!」
「俺は負けるに賭ける!」
「久しぶりだなぁ」
「楽しみだ」
な、なんだ? 意味が分からない。幻聴か? 周りを見渡しても勿論誰もいない。この状況といい、夢でも見ているのかと思っていると――、目の前に、まるで空間を裂くように何かが現れる。それを見た俺は、ヒュッと息を吸って叫んだ。
「タマゴか!?」
そう、タマゴだ! ではここが、世界の中心だというのか?
俺の身長の半分ほどの大きさのタマゴは、最古の神殿と同じように色とりどりで美しい。
俺はよろよろと足を踏み出し、タマゴに手を触れようとして、
「…………!」
次の瞬間、不穏な気配に気付いて後ろに飛びすさった。
なんだ? タマゴが消え、次に現れたのは――翼の生えた真っ黒な巨体。俺など簡単に踏み潰せる足、長い爪、大きく裂けた口には鋭い牙、頭には捻れたツノが二本生えている。
これは邪獣なのだろうか? じっと見つめていると、獣が翼を羽ばたかせる。
「うお!」
吹き飛ばされそうになるのを、足を踏ん張りこらえる。そこで、また頭の中に直接響く声が聞こえた。
「人よ、リュウのタマゴが、世界を制する力が欲しいか?」
世界を制する力……? リュウのタマゴを手に入れた者は世界を制する力を得るという伝説、あれは本当だったのか?
俺は心を静めて謎の声に答えた。
「欲しい! 世界征服には興味がない! ただ、愛する妻への贈り物にする為に欲しい!」
「では、目の前のリュウを倒してタマゴを奪ってみせよ!」
ん? 目の前?
「…………」
目の前と言うと、この獣か? まさかこれが、伝説の獣『リュウ』だったのか?
聖でも邪でもない、よく言えば中立、悪く言えばどっちつかずの存在のあのリュウか? いや待て、どういうことだ。リュウはタマゴから生まれるのだろう? タマゴだけでなく成獣もいるというのか? では別に、タマゴではなくてこの成獣を持って帰ってもいいのでは……いや、サツキがほしがっているのはタマゴだからやはりタマゴを持って帰るべきか。
そこで俺はふと気づいた。ああそうか、もしかしてタマゴが子で目の前にいるのが親か?
「そうだ。親リュウからタマゴを奪って見せよ」
ご丁寧にも謎の声が答える。ああ、そうなのか。いまいちよく分からないがそういうことらしい。
俺が無理やり自分を納得させていると、その隙にリュウが一瞬で間合いを詰める。
「…………!」
慌てて身構えたが遅かった。リュウの爪が俺の左肩の肉をごっそりとえぐり取る。
「うお!」
更に、俺は吹っ飛ばされて転がった。肩から溢れる鮮血と激痛。伝説通り強い。このリュウを倒さない限り、タマゴ――リュウのタマゴは手に入らないのか。
ならばやるしかない。タマゴをかけて、命懸けで俺は戦う!
痛みを堪えて両手で剣を握る、ありったけの魔力を込めた剣を、迫り来るリュウの手に振り下ろす。もらった! そう思った瞬間に、長い尾が俺をなぎはらい、咄嗟に魔力を右腕に込めてそれを受け流した。油汗が流れ、目が霞む。くそ! いや、泣き言は後だ。ここまで来ていて、タマゴを手に入れずしてどうする。
崩れ落ちそうになる体を気合いで持ち直し、足をしっかり踏張る。さあ来い! 焼けただれた手の皮が捲れて痛むが我慢だ。
リュウの攻撃をなんとか躱してその長い爪を剣でたたき斬る。リュウは咆哮して一度俺から離れ、そして低空飛行でまた迫ってきた。
今だ! 俺はリュウの頭めがけて剣を振り下ろそうとした、が――、
「な、何い!」
ゴオオオという音と共に、リュウの口から炎が飛び出し、すんでのところで転がり避けた。なんと、炎を吐くなど想定外だった!
続けてリュウが炎を吐く。避けきれずに服が焦げた。
く! このままでは俺は、こんがり丸焼きになって美味しく食べられてしまう。しかしそんなことはさせない。俺はサツキにタマゴを持って帰るのだ。
俺は雄叫びをあげながら、リュウに向かって行った。




