続ー19サツキ編 浮気をしてた!?
玄関から外へでようとすると――、
「サツキ様、どちらへ?」
後ろから、厳しい声が聞こえた。
私は振り向き、腰に手を当ててじっとこちらを見つめるマチルダに、ちょっぴり引きつった笑いを向ける。
「あ、えーと、庭に」
「駄目です」
う、厳しい。そりゃあ私が悪いけどさぁ。
二日前、こっそり城に行った私がシエルの馬車で帰ってきたら、カタヤ家は大パニックになっていた。で、現在屋敷内に軟禁状態。庭にさえ出してもらえないなんて、まいったなぁ。
あーあ、ダンも帰って来ないし、外にも出れないし、嫌になっちゃうな。
部屋に戻っても何もやる気が起こらず、ボーっと窓から外を見ていると……ん? 虎に乗ってやって来たあれって、ニィじゃない? ニィは足早に、屋敷の中に入った。
うーん、随分慌てた様子だったけど、なんだろ?
気になって部屋から出てみると、ニィとマチルダがバタバタと居間に向かうのが見えたので追いかける。
居間に二人が入ったので、私も入ってみようかな、とドアノブに手をかけた時、お父様の叫び声が聞こえた。
「ダンが!?」
え、ダン? ダンがどうしたの?
「虎だけ……帰……それも……」
何? よく聞こえないよ。
ドアを開けると、居間に集まっていたみんなが勢いよく振り向く。
「ダンがどうしたの?」
私の言葉に、お父様とお母様、マチルダが目を逸らした。んん? その態度は何? 仕方がないのでニィに訊く。
「ねぇ、どうしたの?」
するとニィはふんわりと柔らかい笑顔を見せ、座っていたソファーから立ち上がった。
「いや、実は仕事が長引いて、まだ暫く帰ってこられないらしいんだ」
「ええ!? そうなの?」
「ああ」
驚く私にニィが頷く。うーん、そうなんだ……けど、
「…………」
「…………」
なんだろう、この違和感。もしかして何か隠してる?
「……ダンは仕事なの?」
「そうだよ」
「本当に?」
「本当だ」
「…………」
怪しい、と私の女の勘が囁いてるよ。私がもう一度ニィに訊こうとした時、
「じゃあ、それだけ伝えにきただけだから」
ニィは手を振り、そそくさと居間から出て行った。……逃げた? 逃げたよね!?
「お父様お母様!」
「サツキ、もう暫く待とうな」
いや、そうじゃなくてお父様。
「サツキ様、お部屋にどうぞ。お茶をお持ち致します」
「マチ!」
そして私は強引かつ不自然に、部屋に戻された。
うーん、ダンに何かあったのかな? 本当に仕事なの?
悶々とした気持ちのまま窓の外を見ながら過ごし、それから数時間後――。
「あれ、お客様?」
門から入ってくる女性が三人。
なんだろ、もしかしてまたダン絡み? 私は立ち上がる。
よし、今度はマチルダより先に出て、真相を訊いてやる!
部屋から飛び出し、ダッシュで玄関へ。玄関ドアを開けて庭に出ると、ちょうど女性達が呼び鈴を鳴らそうとしていたところだった。
薄い金色の髪を三つ編みにした女性と、茶色のお団子髪の女性と、同じく茶色の髪を緩く編み込んで眼鏡掛けた女性。ちょっぴり悔しいけど、三人ともかなり綺麗な大人の女性だ。女性達は驚きながらも、私に訊いてきた。
「奥様ですか?」
ん?
「はい! 奥様(仮)だけどそれが何か!?」
女性達が顔を見合わせて、また私を見る。
「私達、ダン様が帰って来ないと聞いて……」
「一度奥様とお話ししたいと思ってたんです」
……はい? 帰って来ない? 確かに帰っては来ないけど、それとあなた達と何の関係があるの?
眉を寄せる私に、女性達が一歩近づく。
「愛をもって信じて待っていれば、必ず帰ってきます」
「はあ?」
「私達も信じて待ちます」
そして女性達は、首に掛けていた紐を手繰り寄せ、紐の先に付いていた小さな袋を私に見せた。ん? 何それ? お守り袋っぽいけど。
女性達が袋の口を開け、中身を取り出す。出てきたのは――、
「…………!」
赤い、髪。
……え? それダンの髪、だよね? なんであなた達が持ってるの? それも首から下げて、大事に。
呆然とする私に、女性達は言う。
「ダン様は、私達にこの髪をくれました」
はあ!? ダンがあげた!? どういうこと?
私が女性達に詰め寄ろうとした、その時、背後から声が掛かる。
「サツキ様!」
うわ、マチルダ!
振り向いた私を、マチルダが軽く睨む。
「駄目ですよ、外に出ては。――お客様ですか? どうぞ中へ」
マチルダに声を掛けられた女性達が、首を横に振る。
「いえ、私達は一度奥様と話したかっただけです」
「落ち込まないでください」
「失礼いたします、奥様」
女性達は私に向かって丁寧に頭を下げると、去って行った。……結局何だったの?
「サツキ様、お部屋に戻りましょう」
「うん……」
女性達の背中を見つめて動かない私に、マチルダが目を眇める。
「彼女達に、何を言われました?」
「……ううん」
私は生返事しながら、部屋に戻った。そしてベッドに突っ伏す。
……ダンが帰って来ないって、言ってたよね。あの人達、どうしてダンの髪を持ってたの?
うん、落ち着いて考えよ。まず彼女達は一度私と話したいと思っていた、愛があればダンは帰って来ると信じて待っている。
「…………」
……愛? つまりえーと、彼女達はダンを愛している? 片思いしてるとか? でもダンの髪をお守りのように大事に持っていた、……貰ったって言ってたな。ダンが彼女達に、なんで?
……それって、『これを俺と思って大切にしてくれ』的なやつ?
いや、まさか! だってダンは私の彼氏だもの! そんなのあり得ない、けど……!
……最悪の言葉が頭に浮かぶ。
『浮気』
いや、だって、そんな、ダンに限ってそんなこと! ……でもあの父親の血を引いてるし、いやいや!
「…………」
メリケンサックをくれる時、ダンママは何て言ってた? ダンが悪いことしたら殴れって……悪いこと? 悪いことって何?
……彼女達はダンの浮気相手で、私に宣戦布告しに来た? で、ダンが帰って来ないのは……出張先で私がいないのをいいことに、羽目を外し捲っているから? 『うるさい女がいないから、たっぷり遊んでやるぜ』みたいな?
「そんなはずない!」
だってダンは、真面目だけが取り柄なんだから!
……でも妙に、『いろいろ』手慣れているような気もする。ああ、駄目よ私! ダンを信じなきゃ。でも……でも、もし本当にダンが遊びまくりな男だったら……。
私は身体を起こし、ふとテーブルの上を見る。
何故? どうして? 私を裏切るというの?
立ち上がり、テーブルの傍らに立つと、目の前ある――『箱』。
無意識に伸びようとする手を慌てて引っ込める。
駄目、あれに手を出しては。決して開けてはいけないの。もし開ければ……。
信じている、必ず私の元へと戻ると。でも――。
震える手で、宝石箱を開ける。溢れる光。黄金に光る――メリケンサック。
禁断の箱の蓋が開いた。
お願いダン、早く戻ってきて、私を止めて。そうでなきゃ……。
血の雨が降るんだから!
私はメリケンサックを、ギュッと握りしめた。




