続ー19ダン編 弱気になるな!
目の前の牙の大型邪獣を倒した俺は、草一本生えぬひび割れた地面に膝を付き肩で息をする。
容赦なく照りつける太陽、すべてを拒否する不毛の大地――。ここは何処だ、中心に向かっているのか? 過酷さだけは増している。
吹き出す汗は一瞬で蒸発し、渇いた舌と体が痙攣しているようだ。
しかしいくら求めようと水も食料ももう無い。頭上では怪鳥ネルビンの群れが大きな翼を広げ、俺を狙って旋回を始めている。
まだ、倒れるわけにはいかない。
愛する妻の笑顔を思い出し、折れそうな心を叱咤した。力を振り絞って立ち上がり、大剣の柄を両手で握りしめる。
一羽のネルビンが急降下し、それを合図にすべてのネルビンが俺に向って来た。体勢を低くして身構える。
その鋭い嘴で、俺の体を突き刺し生きたまま食らおうというのか。だが俺は……負けない。サツキ、タマゴを持って、必ずお前の元に帰るから、だから――俺に力を!
魔力を剣に込めながらネルビンの攻撃をギリギリで避け、その首を斬り落とす。足元に転がった胴体が羽を三回バタつかせて絶命した。すぐに次の攻撃が来る。
来い。餌になるのはお前達だ。その肉を食らい血を啜り、俺は生き抜く。
一羽、二羽と愛する妻の名を呟きながらひたすら倒す。巻き上がる砂塵、降り注ぐ血の雨と断末魔。どれだけの時間戦っていたのか……、気が付くと辺り一面血の海が出来、俺の体も赤く染まっていた。
ああ、疲れた。すこしだけ休みたい。だがここにじっとしていれば、また邪獣が寄って来る。
歩かねば。一歩足を踏み出そうとして――こける。
くそ! 動け俺の足!
拳で太ももを叩く。体が水分を欲している。近くに転がるネルビンの体を掴もうとするが、手が届かない。
駄目だ……もう動けない。ここまでか……、いや! 何を弱気になっているんだ! サツキの元にタマゴを持って帰るんだろう!
せめて水があれば……。そう考えた時――。
「…………!」
頬に当たる、冷たい感触。俺は驚いて、空を仰ぎ見た。
「雨だ……」
雨だ! 雨が降ってきた!
乾いた体と喉に、水が活力を与える。なんという幸運、しかし――、この地で雨がもたらすのは恵みだけではない。
剣を杖にして何とか立ち上がり、一歩踏み出す、が、もう遅かった。
地面から伸びてきた触手と、現れた足の生えた魚、大きな貝。向かってくるそれらを薙ぎ払う。
「くそ……!」
斬っても斬っても湧いてくる邪獣に、せっかく戻った体力も簡単に削られ、雨はますます激しさを増した。
このままでは危険だ。俺は奥歯を噛みしめる。待つのは最悪の結果だろう。それならば、一か八か魔力を叩きつけるしかないか。
邪獣を斬りながら、俺は祈りの言葉を叫ぶ。
「全知全能の神々よ、我が思いに応えよ。闇より生まれし力、この世のすべてを飲み込む光となり、地を浄化せよ。我が左手に光渦宿り、無に帰す……いや、無に帰しては困るから、目の前の敵を吹き飛ばす程度で頼む」
何を言っているのか、自分でももう分からない。とにかく練った魔力を邪獣に向けて叩きつける。
魔力は眩い光となって周辺に散り、邪獣が吹き飛び、そして――、
「うああ!」
俺も吹き飛んだ。
なすすべもなく光に飲み込まれ、俺はそこで意識を手放した。




