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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
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続ー14サツキ編     剣と魔法の世界

 今日は朝からいい天気。ということで、虎達と仲良く庭をお散歩中。

 うーん、虎に囲まれて歩く私って、はたから見たらまるで猛獣使いかも。ダンが出張に行っちゃって悲しいけどこの子達が心の穴を埋めてくれるよ――ってダン! なんでまだ帰ってこないの!? いったいどうなってるのよ! 

 出張とか言って、やっぱり歓楽――いや、それはもう考えちゃ駄目、私!

 ああ、ついつい溜息が出ちゃう。

 元気かな? 甘い物、ちゃんと食べてるかな? ……早く帰って来ないかな。

 あー、駄目駄目、暗くなっちゃ!

「よし、走るよ!」

 不安を断ち切るように私が走ると、虎達も走る。

 広い庭を虎達と散々走り回って、私はヘトヘトになって芝生に寝そべった。

 ……疲れた。走りすぎちゃったよ。

 空を見上げて荒い息を吐いていると、少し離れた場所からマチルダの声が聞こえた。


「サツキ様―! お茶の準備が整いましたよ!」


 さすがマチルダ、素晴らしいタイミングでお茶を用意してくれる。

「うん!」

 私は返事をして起き上がり、虎達を引き連れてテーブルセットが置いてある場所まで行った。

 椅子に座ると、マチルダが熱いお茶をカップに注いでくれる。それを私は一口啜った。

 美味しいなぁ。ほんのり甘くて少しだけ酸味もある。きっと驚くほど高い茶葉なんだろうな。私ってば贅沢させてもらってるよね。でも……。

 私はカップの中の、茶色の液体をじっと見つめた。


 ……たまには炭酸系のジュースが飲みたい。


 特にこういう運動した後とかは、炭酸ジュースが恋しくなるんだよね。

 ソーダとか、こっちの世界にはないのかな? 以前シュワシュワする飲み物が欲しいって言ったらシャンパンみたいなお酒が出てきたけど……なんか炭酸の感じが優しいというか、違うんだよね。

 私が日本に住んでた頃にお気に入りだったやつみたいな、もっとパンチの効いた炭酸系ジュースが飲みたいなぁ。

 あ、そんなこと思ってたら、そのお気に入りジュースが飲みたくなってきちゃった。

 でも異世界からじゃ、どう考えたって手に入らないよね。それこそ私みたいに異世界トリップでも……トリップ?


「…………」


 そうだよ、人間が異世界トリップ出来るんだったら、ジュースとかでもトリップ出来るんじゃないの?

 炭酸ジュース、大量に異世界トリップしてこないかな? あ、それならいっそ自販機ごと異世界トリップしたら面白いかも。

 そういえば日本の家の近所に、喋る機能の付いた自販機があったな。あれがこっちの世界にトリップしてきたら面白いかも。きっと『鉄の塊が喋った~!』とか騒ぎになるんだろうな。よし、じゃあ――。

 私は天を仰ぐ。


 自販機と炭酸系ジュース、異世界トリップして!


 両手を高く上げて念じる。来い、自販機!

「…………」

 ……なんてやっても無理だよね。うん、分かってるよ。そんな都合のいいことあるわけないよ。

 私は両手を下ろした。

 だいたい自販機がこっちの世界に来たとしても、電気がないから作動しないしね。

 あーあ、飲みたいな。日本のお気に入りジュースは無理だとしても、せめてちょっとだけ強めの炭酸が効いたジュースが欲しい。

 もしかして、味噌や醤油みたいに秘境に行ったらないかな? 今度ダンママに訊いてみよ。

 私はお茶を飲み干して立ち上がり、また虎達と走る。

 いい運動になるなぁ。痩せるかも。帰ってきたダンが、痩せて綺麗になった私を見てビックリしたりして。


「あまり遠くにいかないでください、危険ですよ!」


 私は振り向いて、心配そうな表情のマチルダに手を振る。

「大丈夫だよ、虎達がいるんだから!」

「食器を厨房に片付けて、すぐに戻ってきますが、絶対門の外には行かないでください」

「はいはーい」

 軽く返事をしてまた走ってると――あ、枝が落ちてる。

 私は枝を拾って、思い切り投げた。

「そーれ、取って来ーい!」

 虎達が走って枝を追いかけ、そのうちの一頭が、くわえて私のところまで持って来る。

「賢い! 偉い!」

 虎の頭を撫でて、もう一度枝を投げる。

「取って来-い!」

 虎達はまた走っていき、枝をくわえて戻ってきた。

「よし、もう一度」

 私は枝をギュッと持って、全力で投げる。


「そーれ、取って――あれ?」


 しまった……! 枝が塀の向こうに行っちゃった。

「ニャオン!」

「あ、待て!」

「ニャ?」

 塀を飛び越えて枝を取りにいこうとした虎達を私は止めた。みんなで一斉に塀を飛び越えたら危ないかも。

「こっちから行くよ」

 外に出るなと言われたけど、ちょっとぐらい大丈夫だよね。私は虎達を引き連れて、門から外へと出る。

 えーと、枝は何処に行ったかな? こっちの塀を飛び越えていったから、この角を曲がった辺りに……。

 そう考えながら、私が虎達と共に角を曲がると――あ、頭を押さえて蹲るおじいさん発見。って、まさか!?


「おじいさん!」


 慌てて駆け寄ると、おじいさんが顔を上げる。

 う! おじいさん、眉毛が白くてかなり長い。ちょっと……いや、かなり面白いけど、今はそれどころじゃないよね。

「ごめんなさい、枝が当たった?」

 私が訊くと、おじさんは涙目で笑った。

「ああ、大丈夫じゃよ」

 全然大丈夫そうに見えないよ、おじいさん!

 おじいさんはよろよろと立ち上がり、枝を私に渡してくれた。

「ねえ、おじいさん、私の屋敷に来て。怪我してるかもしれないから」

 たんこぶぐらいは出来てるかもしれないよ、冷やさなきゃ。

 私がそう言うと、おじいさんは何故か私の顔をじっと見つめてきた。う、何?

 おじいさんが私に顔を近づける。


「サツキちゃん?」


 え?

「おじいさん、何で私の名前知ってるの?」

 会ったことあったっけ? こんな印象深い顔、一度会ったら忘れそうにないけどなぁ。

 首を傾げる私に、おじいさんは笑った。

「ダンが『サツキ、愛している』とよく叫んでいた」

 ……は? ダンが愛してるって叫ぶ? 何それ? それに……。

「おじいさん、ダンと知り合い?」

「ああ」

 あ、そうなんだ。ダンの知り合いなんだ。おじいさんは騎士には見えないけど、どういった関係なんだろう?

「ダンがいなくて寂しいか?」

 寂しい? まあ、そりゃあ。

「……うん」

 寂しいよ。早く帰ってきて……というか、今何処にいるの?

 おじいさんが私の頭を撫でる。

「本当に、ダンが言う通り可愛い子だね。よし、楽しいものを見せよう」

 え? 楽しいもの?

 おじいさんが私の頭から手を離し、一歩後ろに下がる。そして――ん? あれ? ……え?

 私は目の前の光景に驚き、大きく目を見開いた。


 おじいさんが金色に光だした!?


 嘘。発光してるよ、おじいさん! なんで?

 驚きのあまり声が出ない私に、おじいさんは手を差し出した。


「ほれ!」


 おじいさんの手から何かが溢れる。

 うわ! なにこれ! 光の……花?

 色とりどりの光の花が舞い上がり、私達を取り囲む。なんて幻想的で綺麗。

 ポカンと口を開けて見ていると、やがて花は幻のように消えた。

 おじいさんが笑う。

「少しは元気が出たかの?」

 私はぎこちなく頷いた。

「うん。凄く綺麗だった。でもおじいさん、これっていったい……」

 何をしたの? ていうか、おじいさん、なんで光ってたの?

「そうか、良かった良かった」

 おじいさんは私の頭をまた撫でて、笑いながら歩いていく。

 え? ちょっと待っておじいさん!

 私はおじいさんを追いかけて角を曲がり――。


「……え? 嘘」


 呆然とした。

 いない。おじいさんが、いない。

 消えた? まさか。でも左右を見まわしても、おじいさんの姿はない。

 ……幻? でも話をしたよね。

 屋敷の周りを一周しても、おじいさんの姿はなくて、私は仕方なく虎達を連れて庭に戻った。

 うーん、おじいさん何処に行ったんだろ。それに発光とか光の花とか、なんだか変な体験したなぁ。

 なんだったんだろ、あれ。何だかあれってまるで……そう、まるで魔法みたいだった。

 もしかして、魔法使いのおじいさんだったとか? てことは……。


 実はここは『剣と魔法の世界』とか?


 ……いやいや、まさか、ね。

 『剣と魔法の世界に異世界トリップ』なんて、ベタな展開過ぎて笑っちゃうよ。

 おじいさんは『楽しいものを見せる』って言ってたし、たぶんあれは手品かな? うん、そうだ、おじいさんはマジシャンだよ。


「ニャオン!」


 虎の鳴き声で、私はハッとした。

「あ、ごめんごめん。そーれ、取って来ーい!」

 枝を投げる。

「ニャオン!」

 虎達が一斉に走った。

 楽しそうに走り、枝を取り合う虎達を見つめながら、それにしても、と私は考える。

 もしこの世界が本当に剣と魔法の世界だったら、もっと楽しかったかも。

 ダンが剣士で、異世界トリップで魔力が覚醒した私は美人魔法使い。ひょんなことで知り合った二人は、魔物と戦いながら旅をして、宝物なんかも手に入れて、で、おきまりのラブロマンスとかあったりして……う、笑える。

 でもまぁ、そんなのありえないよね。

 この世界に来てから魔法なんて情報は、お父様やお母様、それにマチルダやヤンからも聞いたことないものね。ちょっと残念。


「ニャオン」


 虎が枝を持って帰ってくる。

「はいはい。それ!」

 私はそれをもう一度、空高く投げた。


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