はじめての答え
まだ聞きたいことはありましたが、いったん情報を整理したかったので、メイに先に不要品処分の作業をするよう命じました。
ゆっくりとミルクティーを味わいながら、さきほどのメイの説明を思い返し、気になる点をまとめていると、十分もせずにノックの音が聞こえました。
「どうぞ」
「失礼いたします」
きちんと礼をして入ってきたメイは、わたくしの横に立つと再び深く礼をしました。
「おかげさまで、不要品を全て処分してエネルギーに変え、本体に送りました。
即座に本体から各分体に分配されたので、再び感謝のメッセージが全員から届いております」
「そう、よかったわ」
ふと見ると、メイが着ているメイド服の質感が変わっていました。
安物の化繊が最高級の絹に変わったかのように艶めいて、しっとりとしています。
メイ自身も、肌や髪の艶が良くなったように見えます。
何より表情がやわらかくなっているので、エネルギー不足があらゆる面に影響していたようです。
「話の続きをしたいから、座って」
「はい、失礼いたします」
向かいに座ったメイを見て、もう一度疑問点をまとめ直します。
「さきほどのステータスの説明の中で、気になったことがいくつかあるの。
確認していいかしら」
「はい、なんでしょうか」
「まず、祝福とはどういうものなの?」
「神から授けられた恩恵で、カンストレベルのスキルと同様の効果があります」
「では、このカンストボーナスも、実質はレベル99のスキルなのね」
「はい」
「【健康】の効果は『病気や怪我をしない』と言っていたけれど、これは誰かから攻撃を受けた場合だけなの?
それとも、日常生活でもかすり傷すら負わずにすむの?」
「全ての怪我に適用されますが、マリー様は防御力がカンストしていますので、そちらの効果であらゆる怪我を防ぎます」
「……そうだったわね」
さきほど試してみたら表示位置を動かすことができたため、視界の端にあるステータス画面にちらりと目を向けます。
何度見てもため息をつきたくなるステータス値ですが、多少は役に立つようです。
「それと、さきほど説明を省略してしまいましたが、【不死】の副効果として、命力を消費した場合の回復を非常に早めます。
具体的には一秒で全回復します。
例え即死技をかけられても無効化し、死ぬことはございません」
即死技の意味はラノベ知識から理解できましたが、思わず軽く眉をひそめました。
「そういうのをフラグと呼ぶのよね?」
わたくしの問いかけに、メイは苦笑めいた表情になりました。
「ラノベの展開としてはそうかもしれませんが、マリー様には当てはまりません。
マリー様を転生させ能力を与えたのが上級神のリンネ様なので、下級神が創ったこの世界の者では敵わないのです。
そもそもレベルの差がありすぎますし、【結界】スキルでも防げますし、私も全力でお守りしますので、例え下級神が敵になっても問題ございません」
頼もしい言葉に、かえって不安になりました。
「下級神には、さすがに敵わないのでは?」
上級神のリンネ様に能力を授けられたとしても、わたくし自身は人間ですから、下級とはいえ神には敵わないはずです。
「神の従者は、正確には神ではありませんが、創造者である神のエネルギーをいただいて活動するため、実質的には主の一つ下の階級神とみなされます。
この世界を創った従者は、下級神扱いとはいえ数ある分体の一つですので、扱える力も極わずかしかございません。
能力的には私の百分の一以下ですし、私はマリー様のおかげで膨大なエネルギーを潤沢に使用できますので、負けることはございません」
つまり、メイは中級神相当の力を持っているうえに、使用できるエネルギー量にも差があるので問題ないということのようです。
自信に満ちた発言もまたフラグに思えますが、ここはメイを信じるとしましょう。
「わかったわ。
ところで、【健康】の効果で肉体の維持はできるのかしら。
前世だと、運動せずにひきこもっていると、筋肉や骨が弱っていくわよね。
こちらの世界でも、そういう仕組みは同じなのかしら」
だとすれば、この世界の町には行かないとしても、無人の場所を選んで散歩をしたほうがよいかもしれません。
「いえ、そちらは【不老】の効果で、現在の心身の状態を寿命で亡くなられるまで維持できます」
【不老】の効果は心身が老化しないというものでしたが、老化しないことと衰えないことは別ではないでしょうか。
「【不老】は、効果が発生した時点の状態を維持します。
百年経過しても肉体が衰えることはありません」
「……わたくしの寿命は、そんなに長いの?
この世界の人間の平均寿命はどれぐらいなの?」
「この世界の人間の平均寿命は、医療技術があまり発達していないものの、治療系スキルや肉体強化系スキルがあるため、庶民が六十歳、貴族や王族が七十歳前後です。
マリー様ははるかに長くなり、およそ百五十歳前後ではないかと推測いたします」
「……そんなに長いのね……」
現代日本でも百歳をすぎることは稀ですし、世界でも百五十歳まで生きた人はいなかったはずです。
それに、わたくしの周辺には百歳以上まで生きた方はいなかったので、想像がつきません。
とはいえ、老いて思い通りにならない体をもてあましながらではなく、若く健康な体のままなら、気楽に生きてゆけるでしょう。
ミルクティーを一口飲んで気を取り直して、次の質問をします。
「この特殊スキルの【魔力無限】というのは、どういう意味なのかしら。
この世界では魔力ではなく神力と呼ぶのよね?」
「はい。
リンネ様が授けたスキルですので元の名前のままですが、この世界に準拠して神力無限のスキルと同様です。
これはパッシブスキルですので、常に効果があります。
【不死】の命力回復効果も同様ですので、命力も神力も常に即回復するとお考えください」
「……女神様は、なぜこのスキルを授けてくださったのかしら」
回復するのはありがたいですが、冒険をする気がないわたくしには、過剰なように思えます。
「【結界】スキルはいわゆるMP消費が大きく、レベルや効果が上がることに消費量が増えるため、その助けになるようにだと推測いたします。
例えばマリー様がさきほど試された虫除けですと、瞬間的なもので使用量は100、永続の効果を望むなら一時間ごとに10ずつ消費されていきます。
複数の効果を望むほど消費量が増えるため、防御としてだけでなく、虫と紫外線と不快な臭いを防ぐ効果を継続で追加した場合は、最初に500、一時間ごとに300ずつ消費されていきます」
「それは、多すぎないかしら。
カンストしているわたくし以外の人には、使えないわよね」
「この世界の住民の場合、レベルが低いうえに複数のものを防ぐ効果を付けられないため、神力300、レベル10の者が虫除けの結界を使用した場合、最初に50、一時間ごとに5ずつとなります」
「ああ、そういうことね」
レベルや効果を高めると消費が大きくなるようです。
おかげで虫除けを常時展開できるなら、ありがたく思っておきましょう。
「……【不老】での肉体の維持は、新たに経験したことに対しては、どうなるのかしら。
例えばヨガを始めて、毎日続けていけばだんだん体が柔らかくなっていくけれど、そういう変化も無効にされて、現状維持にされてしまうのかしら」
「いえ、後から得たものは上積みされていきますので、心配ございません」
「そう、よかったわ。
それと、【アイテムボックス】と【ネットショッピング】についての説明もお願い」
ラノベ知識のおかげでだいたいは推測できますが、確認は大事です。
「【アイテムボックス】は、亜空間に倉庫があるようなもので、自由に出し入れできます。
容量は無限、時間停止機能、個別保護機能、集約機能、ソート機能がありますので、例えば果物をバラバラに入れても種類別にまとめられます。
【ネットショッピング】は、前世でオンラインショップでお買い物なさっていたのと同様にお買い物ができます。
正確には、私と本体を中継機にしてあちらのインターネットに接続し、マリー様に商品を選んでいただき、本体がそのデータを取得して私に送り、私が【物質創造】スキルで再現いたします」
「……箱で届くわけじゃないのね」
「はい。
ラノベではそのような仕組みになっている作品もありますが、私達の場合は、さきほど述べた手順になります。
実際に購入するわけではございませんので代金は不要ですが、あちらのネットショッピングのシステムを流用しているので、その名前で呼んでいます」
「ラノベ知識によれば、なんらかの対価が必要なことが多いようだけれど、不要なの?」
わたくしの問いかけに、メイはかすかに微笑みます。
「はい。
正確には、マリー様のおかげで不要になりました。
本来は手数料として私から本体にエネルギーを送る必要がありますが、さきほど不要品の膨大なエネルギーをいただきましたので、【ネットショッピング】に関わらず、全ての手助けにおいて手数料は必要ない、と本体が申しております。
『いただいたエネルギーは私達にはお金では買えない価値がありますので、感謝しております。どんなことでもお気軽にお申し付けください』とのことです」
くり返し伝えられる感謝の言葉から、これまでの苦労がしのばれます。
「……『ありがとう、よろしくね』と伝えておいて」
「かしこまりました」
とりあえずの疑問は全て解決しました。
再びちらりとステータス画面を確認してから、消します。
「質問は終わりよ、ありがとう」
メイは微笑んで軽く一礼します。
「いえ、お役に立てて何よりです。
ところで、今後どのようにお過ごしになるおつもりか、お決めになられましたでしょうか。
もしくは、何かしたいことがございますでしょうか。
どのようなことでも私達が全力でお手伝いさせていただきますので、よろしければお聞かせください」
「したいこと……」
そのような質問をされることはこどもの頃からよくありましたが、正直に答えたことは一度もありません。
わたくしがしたいと思っても、それが三条家の娘としてふさわしい内容でなければ、許されないとわかっていたからです。
ですから、いつも質問した相手が想定しているであろう答えを返してきました。
ですが、今なら、いえ、この人生でなら、自分がしたいことを言ってもいい気がしました。
「……はっきりとは決めていないの。
でも、女神様に願った通り、穏やかで静かな暮らしがしたいわ。
それと、今までずっと忙しくしていたから、しばらくのんびりしたいわ。
この世界の人達とは関わらずに、ここで過ごせるのが一番かしら」
気持ちを言葉にしていって、一つの言葉を思いつきます。
「わたくし、ひきこもりになりたいわ」
ひきこもりについて社会学の一環として教師から学んだ時、人によって様々な事情があることは理解しつつも、うらやましいと思ったものです。
わたくしには、許されないことでしたから。
メイはやわらかく笑って一礼します。
「かしこまりました。
ここは神界の一部でこの世界の人間はたどりつけませんから、平穏を乱す者は現れませんし、いただいたエネルギーのおかげで万全の状態でお仕えできます。
マリー様の気が済むまで、いつまででもひきこもってお暮しください」
「……ありがとう」




