はじめてのスキル
リビングに移動して、メイに処分してもらうものについて改めて相談することにしました。
「他にも聞きたいことがあるから、座って」
「ありがとうございます、失礼いたします」
メイは一礼して、わたくしの向かいのソファに座りました。
「お飲み物を御用意いたしますか」
「では、ホットミルクティーをお願い」
「かしこまりました」
メイが出したミルクティーを何口か飲みながら、気になったことを聞いてみました。
「女神様からいただく以外に、エネルギーを調達する方法はないの?」
「現状ではございません。
ですが、さきほどマリアンネ様が教えてくださいました」
前半は淡々と、後半はやわらかな表情で言われ、軽く首をかしげます。
「女神様からいただいた不要な物を処分して、エネルギーに戻す方法のこと?」
「はい。
今まで私達は、自分が作った物の回収はしていましたが、女神様が主人に授けられた物には手をつけていませんでした。
それらは主人の物であるという認識だったからですが、主人が不要と判断するなら、エネルギーに還元して利用することは、主人のためにも良いことです。
早速他の分体達が不要品の選別を始めています」
「そう……」
なるべく早くわたくしの不要品を処分して、皆様にエネルギーを提供できるようにしたほうがよさそうです。
メイと話し合い、結局衣類部屋は中身だけでなく部屋も処分して、廊下の向かい側は壁にすることにしました。
先に部屋の中の物を処分してエネルギーにすれば、部屋を解体することにエネルギーを使えるそうです。
集めたエネルギーはいったん全て本体に送って管理してもらい、各分体に少しずつ配分するとのことでした。
「一千万分の一ずつでも充分すぎて、全員から感謝のメッセージが届いております」
「喜んでもらえて嬉しいわ。
でも、女神様にお伺いを立てずに、用意していただいた物を処分してしまったけれど、問題なかったかしら」
今更ですが思いついたことを問うと、メイは小さくうなずきました。
「問題ございません。
リンネ様は転生者の様子を私達を通して観察してらっしゃるので、全て御存じです。
皆で分けて問題ないと、本体が許可をいただいたそうです」
「そう、よかったわ」
「それと、リンネ様からマリアンネ様にご指示がありました」
「……何かしら」
わざわざ女神様からご指示とは、わたくしの言動に問題があったのでしょうか。
少し緊張しながら問うと、メイは苦笑めいた表情になりました。
「『ステータスについて確認し、スキルを使えるようになっておくように』とのことです」
「……ああ、そういえばあなたにも、そんなことを言われたわね」
ラノベ知識によると、異世界に来たらステータスを確認するのが、転生者にとって重要な儀式のようです。
自分にしか見えない画面を見るというのは、一人芝居のようで気恥ずかしいですが、女神様のご指示ならしかたありません。
「はい。
ただ、この世界の元の世界を創られた女神レル様は『ステータスオープン』不要過激派ですので、この世界では音声でのデータ画面起動はできません」
「…………不要派はまだわかるけれど、……過激派なの?」
「はい。
『中世ドイツ風ファンタジー世界なのにゲーム風ステータス画面なんて、雰囲気ぶち壊し。邪魔』とのことです」
「そう……」
レル様は独特の感性をお持ちのようですが、この点に関してだけは賛同できます。
「ですが、リンネ様は『テンプレは一通り押さえておくべき』というお考えなのと、レル様が中級神、リンネ様が上級神という力関係の差により、マリアンネ様は自分自身に【鑑定】スキルを使用することで、ステータスを確認することができます。
自分の手をご覧になって、ステータスを意識しながら『鑑定』とおっしゃってください」
「…………ええ」
『ステータスオープン』よりは、マシでしょうか。
「鑑定」
メイの言われた通りにしてみると、目の前にA4サイズほどの画面が浮かびました。
名前:アリアンネ(マリー)
性別:女
年齢:20
種族:人族
ステータス:命力999※1※3
神力999※2※3
攻撃力99※4
防御力99※4
強さ99※4
賢さ99※4
器用さ99※4
素早さ99※4
運99※4
※1:カンストボーナス【健康】
※2:カンストボーナス【長寿】
※3:カンストセットボーナス【不老】
※4:カンストセットボーナス【不死】
スキル:【結界】レベル99
特殊スキル:【魔力無限】レベル99
【鑑定】レベル99
【アイテムボックス】レベル99
【ネットショッピング】レベル99
称号:転生者
転生の女神リンネの祝福
転生の女神リンネの愛し子
「……………………」
こういう心境を『どこからツッコんだらいいかわからない』と表現すればいいのでしょうか。
女神様が転生オプションの一つを『チートなステータス』とおっしゃっていたとはいえ、全ステータス及び全スキルのカンストは、やりすぎとしか思えません。
「詳しい説明をしてもよろしいでしょうか」
「あなたは、わたくしのステータスを知っているの?」
「はい。
私も【鑑定】スキルを所持していますし、従者としての繋がりからも感じとれます」
「そう……説明をお願い」
従者としての繋がりというものは、わたくしには感じとれませんが、いちいち伝えなくていいのは楽かもしれません。
「かしこまりました。
まず、この世界で名字を持つのは王族と貴族だけですので、庶民扱いであるマリアンネ様には名字がありません。
そして、本名は契約書などの書類に署名する時や、王族や貴族に挨拶する時だけに使用し、普段は通り名という愛称のようなものを使用します。
通り名は名前と共に名づけ親が決めるもので、マリアンネ様の場合は、リンネ様が決められた【マリー】となります」
「だったら、あなたも【マリー】と呼んで」
女神様にいただいた名前ですから、マリアンネと呼ばれることに抵抗はありませんが、わずかな違和感がありました。
前世の名前に近いマリーのほうが、なじみがありますしすぐ反応できそうです。
「かしこまりました、以降はマリー様と呼ばせていただきます。
次に、ステータスについて説明いたします。
命力がいわゆるHP、神力がMPになります。
カンストボーナスは、祝福と同様のものです。
効果は、【健康】は病気や怪我をしない、【長寿】は寿命が延びる、【不老】は心身が老化しない、【不死】は寿命以外の理由で死なない、というものです」
「……つまりわたくしは、寿命で死ぬまでは病気も怪我もせず若いままなの?」
ファンタジー世界には、というより転生者にはよくある設定のようですが、色々と問題がありそうです。
「はい。
この世界の住民との交流が長期にわたりますと、寿命の長さや外見が変化しないことが問題になってくる可能性があります。
その場合は、定期的に訪れる場所を変えるか、私がマリー様に外見を年相応に偽るスキルを使用することを推奨いたします」
それならなんとかなりそうですが、手間がかかります。
「……そもそも、この世界の住民と交流する必要はないのよね?」
生活環境はここに整っていますし、冒険をしたいと思わないので、外に出る必要を感じません。
「マリー様が望まないのであれば、必要ございません」
「よかったわ。
でも、一応この世界についてもう少し教えて」
必要がないにしても、知識は得ておいたほうがいいでしょう。
『中世ドイツ風ファンタジー世界』という説明では、ふんわりしたイメージしか浮かんできません。
「かしこまりました。
ノインツィヒと呼ばれるこの世界は日本の四国ほどの大きさで、三つの大陸があり、その周囲を海が囲んでいます。
種族は、いわゆる人間の人族、小人の精族、獣人の獣族の三種類で、それぞれの大陸に分かれて暮らしていて、交流はほとんどありません」
「交流がないのはなぜかしら」
世界自体が小さいなら、間の海も幅が狭いでしょうから、小型の船があれば行き来そうなのに、船以外の問題があるのでしょうか。
「他の大陸に渡れるほどの船の製造が技術的に厳しいこともありますが、過去に種族間の戦争があって、交流がいったん完全に途絶えました。
さらに、人族の場合は王家が情報を制限しているため、途絶えたままになっています。
貴族は他の大陸と種族が存在することは知っていますが、庶民はお伽話程度に思っています。
ただ、獣族が海を泳いで渡ったり、人族の船が流されてたどりついたりすることが数年に一度あるので、人族と獣族の大陸の間の海に面した港町では多少の交流があります」
「そう……」
統治者による情報制限は、かつて日本でも行われていましたから、批難はしませんが、そのような王家には関わらないほうがよさそうです。
「住民は全員が一つだけスキルを持っており、大多数はスキルを活かす仕事を選んでいるため、生活に困窮する者は少数です。
ただ、スキルの使用に必要な神力が世界的に不足しているため、大人でも平均レベルは十程度で、二十を超えると達人と呼ばれます。
現在この世界にはレベル三十以上の者はおりませんので、ご自身のスキルを明かす際はご注意ください」
「わかったわ」
今のところ交流する気はありませんが、その機会があってもできる限り秘密にするようにしましょう。
「文明レベルは中世ドイツ風で、一部はスキルの恩恵でもう少し発展していますが、技術レベルと衛生レベルはやはり中世程度です。
カンストボーナスの【健康】がありますので、例えば不衛生な物を食べても食中毒になりませんが、お気をつけください」
「……そうね、気をつけるわ」
おなかを壊さなくても、相応の味でしょうし、外での飲食はなるべく避けるようにしましょう。
……ますます、外に出る気がなくなりました。
「マリー様の【結界】スキルは、カンストすると任意のものを複数防げるようになりますので、例えばご自身の周囲に害虫や病原菌を近寄らせないという設定もできます」
「そんなこともできるのね」
それは便利そうです。
わたくしは虫が嫌いなわけではありませんが、得意なわけでもないので、近寄らせないようできるなら助かります。
「はい。
……三十二番目の姉から、【経験伝達】スキル用に主人の経験を提供したいと申し出がありました。
三十二番目の姉の主人は、マリー様と同じ【結界】スキル所持者で、魔王と戦い世界を救った勇者の一人です。
【経験伝達】スキルは、主に職人の師弟間で使用されるもので、全くの未経験者でも熟練の職人のように作業ができるようになります。
つまり、練習なしでスキルを使いこなせるようになります。
ご自分でおぼえられる場合は、私が指導させていただきます」
「カンストしていても、使い方は練習しないといけないの?」
「はい。
最新機種のスマートフォンを購入したからといって、購入した瞬間からその機能の全てを完璧に使いこなせるわけではないのと同様です」
「……それもそうね」
スマートフォンもパソコンも、基本的な機能はわかりますが、全てを使いこなせているわけではありません。
「じゃあ、お願いするわ」
「かしこまりました」
メイが右手をかざすと、手の平から生まれた光の球がわたくしに向かってふわりと飛んできます。
光の球がわたくしの胸元にすうっと溶けこむと、くらりとめまいがしました。
それがおさまった時には、いただいた情報は既になじんでいました。
基本的な結界の張り方から、応用のしかた、裏技のようなものまで、自分で身につけたかのように思い浮かびます。
「……【結界】スキルを使ってみていいかしら」
「どうぞ」
範囲はこの建物、排除対象は全ての昆虫類、期間は永続、もし今範囲内にいる場合は追い出す、と条件を決めます。
スキル使用には、呪文の詠唱やスキル名を叫ぶなどの恥ずかしい行為は必要ないようで、内心安堵しながら目を伏せて意識を集中し、スキルを使用しました。
すると、わたくしの体から淡い光がふわりと広がって、すぐに消えました。
「どうかしら」
「問題ありません」
「よかったわ」
ここにはわたくし達しかいないので外敵の心配はなく、普段は不要かと思いましたが、虫が排除できるのは助かります。
ありがたいスキルを授かったようです。




