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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第91話、久しぶりに大空洞へ


 魔法科教官のユナが、生徒であるはずの俺に頼みごとをする。


 明後日の授業に使う魔石を十数個入手するというものだ。本来なら業者に事前に発注をしておくべきことなのだが、ユナがそれを忘れていたために俺が面倒事に巻き込まれてしまったというわけだ。


 断ってもよかったのだが、魔石調達にあたり、俺も思うところがあったので了承した。

 学校御用達の業者は割安ではあるが、必要な量を確保するとなると時間がかかるという欠点がある。では一般の魔石取り扱い店はというと、限られた教材購入予算では必要数を買うことができないときている。


 では、どう調達するか?

 魔獣を狩るのである。冒険者らしく。


 俺が了承したのも、これを機会に魔石やその他素材となるものを手に入れようと思ったからだ。それがなければ、ユナの相談を断っていただろうが……。


 さて、例によってお出かけしようとするとアーリィーに呼び止められたのだが、今回はユナが同伴するということでお断りを入れた。前回の森の遠征で襲われた直後で、オリビアら近衛たちがピリピリしていることも、断る理由を後押しした。

 で、俺とベルさん、弟子のユナは、魔石調達に向かった。


 魔獣といえば、ボスケ大森林地帯やダンジョンであるが、最近地味にミスリル銀を使っているので補充ができれば、と思い、『大空洞』ダンジョンを目指すことにした。

 ポータルは使わない。大空洞のミスリル鉱山までの、冒険者たちのルート開拓ぶりを見るのも兼ねて、面倒だが上から歩いていく。あわよくば道中のモンスターの中に、魔石持ちが出現するのを期待していたりする。

 王都を出る前に、魔法道具屋のウマンさんに会いに行き、エアブーツの受注リストを渡す。そして魔法車を走らせ、ダンジョンを目指す。


「お師匠、お師匠!」


 助手席に乗るユナが興味深げに声をあげる。


「これは、凄い魔法具ですね……!」

「まあ、皆そう言う」


 初めて見て、そして乗れば、誰だってそう感じるだろう。俺とユナの間の専用席で、ベルさんがニヤニヤしている。

 俺はフロントガラス越しにちらと視線を上に。うっすらと曇り空が広がっている。雨が降るようには見えないが、雲量が多い。


「お師匠、この『車』は、どういう仕組みなのですか?」

「動力は水晶竜の魔石だ。その魔力を車の各機構に接続した魔力伝達線に流すことで動く」


 前進しかり、後進や方向転換、ブレーキしかり。

 あれこれ質問してくるユナ。車の強化改造案を考えながら答える俺。もっぱら聞き役に回っているベルさん。ユナの魔法や魔法具に関する質問はほとんど絶え間がなかったので、道中の退屈さを感じることなく大空洞ダンジョンまでたどり着く。

 

 魔法車を大ストレージに入れ、いよいよダンジョン内部へ乗り出す。……ストレージのことをユナにあれこれ聞かれたが割愛。ちなみに彼女も容量に限界があるが、収納魔法のかかった魔法具カバンを所有していた。

 表層に近い階層は、もっぱら雑魚モンスターなので苦もなく進む。

 コウモリやスライム対策にファイアーウォールを張れば、襲い掛かってきた敵は哀れ消し炭に変わる。


「火の壁を周囲に展開する魔法ですか」


 ユナの魔法に関する好奇心は凄まじい。普段のぼーっとした表情、態度が嘘のようだ。


「一方に壁を形成する魔法だとばかり思っていたのですが……」

「火壁の魔法だから、そっちが正しいかもしれない」

「周囲すべてに火の壁を形成できれば、継続的に防御できるので便利。……だけど、展開しながら移動したりするとなると、魔力の消費や制御が――」


 ぶつぶつと独り言のように呟いている。

 その間にも順調に潜っていく。二足型肉食竜型魔獣のラプトルが第四階層から現れたのは、ちょっと想定外であったが、俺やユナの敵ではなかった。彼女は蹂躙者の杖タイプⅡを使い、迫る魔獣に電撃の魔法を一閃させた。


「というか、俺の出番はないな」


 俺はベルさんと、ユナの勇姿を眺める。


「普段がアレだけど、相当な実力者だな、彼女」

「とてもそんなふうには見えないんだけどねぇ。伊達に高位魔術師じゃねえってか」


 ベルさんは鼻を鳴らした。


「今のところ、火に雷に風属性か?」

「……お師匠」


 ユナが振り返った。


「魔獣の掃討が終わりました」

「うん、ご苦労さん。素材は……取るものもなさそうだな」 


 ユナの放つ魔法の威力が高すぎて、魔獣の死骸から剥ぎ取れそうなものはなかった。まあ、この階層程度のモンスターに、そんな希少な素材を持つものなどいないが。  


「じゃあ、次の階層は俺が先導な」


 俺とユナは前衛・後衛を入れ替える。もっとも後衛が仕事をするような事態は起こらず、もっぱら休憩というか温存タイムになっているが。


 例のホデルバボサ団と潜った時に、ゴブリンの大集団と交戦した第八階層も特に障害もなく突破。ジャングルエリアでは、さすがに後衛ものんびりしている暇はなかったが、さして苦労もなく通過した。


「割とモンスターの数が多かったよな、ベルさん?」

「ああ、本来そこにいない種類のモンスターが混じってやがる……。ダンジョン内の生態系のバランスが崩れてきているのかもなぁ。単に餌が豊富なのか、それともスタンピードが近いか……」

「スタンピード」


 ユナが心持ち眉をひそめた。


「どうします、お師匠?」

「どう、とは?」


 俺にスタンピード現象を止めろとか無茶ぶりしないよな? そもそも確証がない。モンスターが増えている。互いにテリトリーを侵犯するようになった、という問題だけかもしれない。


「まあ、冒険者ギルドのほうでも調査はしているような話だったし。というか、ユナ。今は君の魔石採集が優先ではないか?」

「そうでした」


 ばつが悪そうに視線を逸らす巨乳魔術師。

 そして十三階層、ミスリル銀が発掘できる鉱山に到達。……以前、来た時とほとんど変わらない。ほとんど、というのはここで野宿したと思しき跡や、明らかに人間が持ち込んだだろうゴミが落ちていたからだ。偵察くらいは来ていると見ていいだろう。


「さて、我が弟子よ」


 俺は、わざとらしく言った。


「これから、俺はここでミスリルの採掘作業を行う。その間、おそらく音に釣られてモンスターがやってくると思う。やってくるのは氷狼、白トカゲ、霜竜などだ。ここで粘り、魔石回収を狙う。了解したか?」

「はい、お師匠」


 魔女帽子を被る頭がコクリと動いた。


「ミスリルを採掘するのですか? どうやって……?」


 俺は革のカバン(ストレージ)から、いくつか魔石を取り出す。


「クリエイト、ストーンゴーレム」


 魔石を投げれば、たちまち周囲に円陣が展開され、岩の塊がゴーレムへと変化する。ユナはその光景をポカンとした顔で見やる。


「お師匠は、人形使いでもあるのですか?」


 ゴーレムを使役したり作る者のことを魔術師でも、人形使いなどと呼んだりする。生成された岩のゴーレムたちが鉱山を掘り始めるのを尻目に、俺は肩をすくめた。


「別に人形使いというわけではないが、これくらいはな」

「魔石を触媒にゴーレムを動かしているのですね……」


 そこでふと、ユナは俺を見つめた。


「その魔石を、教材用にすれば、わざわざダンジョンに来る必要はなかったのでは……?」

「それに気づいてしまったか」


 ベルさんが、ケケケと笑った。俺は片方の眉をひそめる。


「あのな、ユナよ。ガラスを作るのに、宝石を溶かす奴はいないんだ」


 教材用の安物素材に上物魔石を使うなど、財産をドブに捨てるようなものである。それは誰も得しないのだ。

累計PV20万到達しました。

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