第87話、ユナ先生からの呼び出し
魔法道具屋で打ち合わせした次の日、俺は魔法騎士学校にてエアブーツ希望者を募った。……募った、というかすでに希望者が殺到している状態なので、誰が欲しがっているのかリストを作ったのだ。
俺はウマンさん、ラスィアさんと練った商品サンプル案を、希望者に提示して、どのタイプが欲しいのか確認をとる。
第一案:加速型。浮遊機能は最小限、ジャンプ機能はオミット。
第二案:活動型。加速とジャンプ機能特化。浮遊機能はなし。
第三案:スペシャル型。全部の性能を取り揃えているが、高額につき注文にはご注意。
一応、サンプルなので製品版より安く手に入ることは希望者に伝えた。……そう、有料である。タダでは作らんぞ。
俺とアーリィーの登校風景を見て、移動が早くなる加速型の希望者が多かった。値段が一番安いということも影響したかもしれない。浮遊やジャンプは使わないから、とか、落ちたら危なそうという言葉に影響された生徒もいた。
なお、サキリスやマルカスは、スペシャル型を希望した。金に糸目はつけないらしい。
休憩時間、俺の席の周りには長蛇の列ができた。話はクラスメイトのみならず他のクラスにまで及んでいたのだ。……アーリィーが使っている、というだけで宣伝効果は抜群である。TVコマーシャルとかあったら、人気爆発するんじゃないかね。『王子様ご愛用』ってな。
ウマンさんら魔法道具屋が、エアブーツを製作するにあたり、魔法騎士学校生徒たちから欲しいのは使用用途とサイズ。……そう、靴なのだから、足のサイズは重要だ。
かくて、メイドさんたちの協力を得て、希望者全員の足のサイズを測って、それも名前と一緒に記録しておく。ちなみに、メイドさんたちは、クラスの貴族生の御付の方々である。……ご協力ありがとうございます。
魔法具研究会の連中が全部注文していったのには苦笑だ。ついでに部活に勧誘されたがお断りである。
・ ・ ・
さて、希望者のリストが出来上がり、これをサンプル案とサイズごとに再度分けてリストアップ。その後、ウマンさんに提出する。
……はずだったのだが、何故か俺は高等魔法授業担当のユナ教官から、放課後呼び出しを受けた。ごめん、アーリィー。先にベルさんと帰ってて。
「わかった。けど、何かしたのかい、ジン?」
「何だろうね。心当たりは……もしかして、エアブーツ関係か?」
俺は首をひねる。学校で商売するなとか、そういう話だろうか。いや、それなら担任のラソン教官から言われるか。あのぽわーんとした巨乳魔術師であるユナ教官から、というのが何とも解せない。
「話があるって、長くなるのかなぁ」
俺は、アーリィーとベルさんと別れて、教官室――まあ、職員室だな。そちらを訪ねる。……うーん、あの巨乳先生いないぞ?
キョロキョロしていたら、担任のラソン教官に声をかけられた。ユナ教官に呼び出しをくらったことを言えば、珍しいな、と言いつつ、おそらく魔法科準備室だろう、と教えてもらった。
ということで、今度は魔法科準備室へと向かう。
入る前に、いちおうノック。準備室で、何かしら魔法の研究やら実験でもしてたら危ないし。……まあ、ノックしたところであまり変わらない気がしないでもない。
『はい……?』
お、ユナ先生の声だ。俺は名乗ると、入るよう言われた。失礼します。
長い銀髪に、何を考えているかわからない表情。美女であるが、やはりというべきかまず目がいくのは、その見事なまでに大きな胸。……悲しき男の性よ。
「よく来たわね。……そこに座って」
と椅子を勧められた。なんだなんだ、二者面談か?
「さて、ジン君。君は魔法具の修繕ができるそうね?」
テディオの魔法具を直したことは、他のクラスにも伝わっていたから、教官の耳にも入ってもおかしくない。特に魔法関係の教官なら。まあ、他にも何人かの魔法具を直したし。
「ええ、まあ」
否定しても即バレる嘘はつかない。ユナ先生の表情は、いつもどおりで、正直何を考えているのかわからない。
「具体的には、どうやって修繕したの?」
「傷を埋めるべく、素材を用意して、あとはそれらが壊れる前の状態に戻るよう合成しました」
「合成……」
「ええ、合成です。元からひとつの合金であったように融合させて、傷そのものをなくすという感じです。ただ傷を埋めるだけでは、その部位が弱くなるので直したとは言えないので」
剣や武器の修理が難しいのはそこだったりする。折れたり欠けたり割れたものは、作り直すしかなく、普通にやったのでは元には戻らない。
「あなたは、合成による武器を作る魔法が使える……そう言うのね?」
「ええ……そうなりますね」
嫌な予感しかしないが、嘘をつくタイミングを計りかねている。とりあえず、やり過ごす方向に、俺はもっていきたい。
ユナ先生は、机の上に並んでいるものを指差した。
「ここに素材があります」
「はい」
「これを使って、杖を作ることができる?」
「合成魔法で?」
「合成魔法で」
要するに実演しなさい、と言うことだろう。さて、困った。できなくはないが、またドカっと魔力を喰うぞ。
「できない?」
ユナ先生は首をかしげた。無表情でそれやられると、ちょっと怖いんですけど! というか、ちょっとがっかりしてません?
できるできないで言えば、できるだけど。……俺は、ちらりと、目の前に座る女教官の、その胸を見る。
「あー、せんせ――教官。魔法を使うには、魔力を消費します」
「ええ、そうね」
「合成魔法……それも魔法使いの使う杖を作るとなると、相当の魔力を消費します。やってもいいですが、見返りをいただきたい」
「見返り……? 何かしら。お金? それとも単位?」
「どちらも結構です。魔力をいただきたい」
キョトンとするユナ先生に、俺は魔力吸収について説明した。手っ取り早いのは、直接身体を触れ合わせる行為である。……先生の、豊か過ぎる胸をあまり見ないように。
ベルさんは、言いました。相手の受け入れ難い条件を突きつけることで、相手から諦めさせることができると。前回は、サキリスという常人には理解できない変態だったので失敗したが、このユナ先生は何を考えているかよくわからないだけで、まともだと思う。
さあ、断ってくださいよ……!
「なるほど」
ユナ先生は頷いた。
「いいわよ」
はい?
「わたしの前で合成魔法を見せてくれたら、色々してあげる」
……どうしよ。
これで三連敗。最初はアーリィー。次にサキリス。そしてユナ先生。……この国の女は、こんなあっさり相手の言うことを受け入れるものなのか!?
じっと、巨乳先生は俺を見つめる。無表情なのに好奇心がビンビン伝わってくる目。もはや冗談でした、では通じそうにない空気を感じた。
結局、俺は合成魔法を使い、ユナ先生が揃えた素材を使って、彼女の望む魔法の杖を作り上げた。
この国の生徒たちは「教官」と呼ぶが、ジンは「先生」呼びの癖が抜けない。




