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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第86話、需要と供給


 冒険者ギルドの談話室に俺はいた。机を挟んで向かい合うのは、ダークエルフの美女――王都冒険者ギルドの副ギルド長ラスィアさんである。

 妖艶なるダークエルフ美女は、紅茶の入ったカップを置くと、その切れ長の目を俺に向けてきた。


「エアブーツですか……。あなたはずいぶんと変わった品をお持ちなのですね」

「移動とジャンプ力を大幅に高める靴です。ええ、魔法具なので、足の遅い魔法使いの移動には特に高い効果が見込めます」

「それがこれ、ですか」


 視線は机の上の、エアブーツに向く。外見はただの革靴に、グリフォンの羽根が四枚と魔石が一個ずつ付いているだけである。

 いわゆる廉価版だ。俺が履いているものや、アーリィーにプレゼントしたものに比べて性能は下がる。


「普通に、これを欲しがる冒険者もいるでしょうね」

「でしょうね」


 俺は同意しておく。


「実はアーリィー王子殿下に献上したところ、大変気に入っていただけたのですが、学生たちからも注目されてしまいまして。……ほら、魔法騎士学校には貴族の子女も多く通っていますから、珍しいモノに目がない」

「なるほど」

「それで、ぜひこれを欲しいという生徒たちから注文が殺到している状況です。が、あいにくと自分ひとりでは手に余ると言ったところです。自分は靴職人でも魔法具職人でもありませんから」

「案外、あなたは職人も向いているかもしれませんよ。魔法具店でも始めてみてはいかがです?」

「なかなかきついジョークですね」


 ラスィアさん、意外と言うのね。俺は苦笑する。


「やっぱり魔法具専門の店に持っていくのがいいですかね。このエアブーツのアイデアを売って、そこで作ってもらうというのが」

「それが無難でしょうが……ひとつ、私のほうから提案よろしいですか、ジンさん」

「どうぞ」

「このエアブーツのアイデア、いえ権利を、冒険者ギルドに売っていただけませんか?」

「ギルドに?」


 商業ギルドとか職人ギルドがあるなら、そっち方面から声がかかるのはわかるが、何故に冒険者ギルドなのか。ちょっと俺、理解が追いつかなかった。


「ジンさんにはオリジナルの製作者として、権利を買い取った金額ならびに、エアブーツの売り上げの一部を報酬としてお約束します。魔法具や靴業界への手配や受注などは、冒険者ギルドのほうでやりましょう」


 それは、こちらに掛かる面倒をギルドがほとんど引き受けてくれたうえで、エアブーツが売れたらその分からお金を少々もらえるという話だ。手間を嫌ってアイデアを売ろうとしているこちらとしては、申し分ない話である。


「とてもありがたい話ですが……いいんですか? 冒険者ギルドで」

「このエアブーツ、需要がかなりあると思うんですよ」


 ラスィアさんは切れ長の目を細めた。


「先ほど申し上げたとおり、冒険者たちもこのブーツの能力を知れば購入しようと考える人も多いでしょう。ただいくつか問題点もあります。例を挙げれば、素材ですね。グリフォンの羽根と魔石の調達。……グリフォン討伐や魔石回収系の依頼が増えることが予想されます」

「なるほど……そういうことですか」


 依頼数の増加は、冒険者ギルドの望むところ。さらに魔法具の権利を持っていれば、実際に製作する下請けや関係する所との交渉が進めやすくなる、と言ったところか。エアブーツは素材の関係からしてそこそこ高額になるだろうが、それでも売れるとラスィアさんは見込んだのだろう。

 つまり、金のなる木だ。


 ……ひょっとしたら、本職である商業ギルドや職人ギルドがエアブーツの権利を買おうとするように仕向けるつもりかもしれないな。引き換えに、ポーションとか武具取り引きの優遇権を手に入れたりとか――って、これ以上はただの俺の妄想だな。やめておこう。


 ラスィアさんは言った。


「正式な契約書を作成しましょう。条件について、細部を詰めたいのですが、よろしいでしょうか?」


 いいも悪いもありません。



  ・  ・  ・



 かくて、細部を詰めることになったのだが、材料以外にもクリアしなくてはならない問題があった。

 それはエアブーツに用いられている魔法文字である。


 俺はあまり意識していなかったが、エアブーツは魔法具という扱いになるらしい。実際、浮遊や加速、跳躍の魔法効果を魔石に蓄えられている魔力を使って行使するのがエアブーツである。

 要するに、魔法を魔石の魔力消費で使うために、履いている当人は魔力を消費しないので、魔法使いでなくても魔法効果を発動させることができるのが、この靴の利点である。俺みたいに時々、魔力消費を抑えたい人間にとっても。


 とりあえず、ふだんから魔法具を扱っている関係者に、話を聞いてみることになり、俺とラスィアさんは、王都の魔法道具屋に出かけた。

 以前、大空洞ダンジョンで手に入れた紫魔石を売ったあの店だ。バンダナ巻いた、ガタイのいいおっちゃん風店主はウマンさんと言う。

 俺とラスィアさんは、店の奥の作業場でエアブーツの見本品を見せつつ、魔法効果のほどを説明した。いずれは魔法道具関連店で製作、注文をすることになるだろうことを話した。


「ほう、坊主が作ったのか……ふーん」


 ウマンさんは、しげしげと現物を見た後、俺の履いてるエアブーツを見やり、そっちのほうが性能いいんだろう、と一言。見本は量産化に向けたサンプルだと俺は説明した。

 魔法効果『浮遊』『加速』『跳躍』の魔法文字を刻むことについて質問すれば。


「おいおい、おれたちは本職だぞ? 馬鹿にするな」


 特に問題なさそうだった。刻む魔法文字は、俺の使っているものとは違うが、効果がわかっていれば、妖精族の職人たちでも大丈夫だと、力強く答えてくれた。そうそう、人間の国の王都にいると忘れがちだが、服や靴、魔法具は妖精族の得意分野だ。


「あとは、手間とコストの問題だろうな」


 ウマンさんが腕を組んでうなれば、ラスィアさんも頷いた。


「ええ、コストは重要です。あまりに高すぎて手が出ないというのも困りますし」

「たぶん、欲しがる奴は多いだろうな。例えば物を運ぶ配達屋とか、商人連中の連絡係とか。魔石もだが……グリフォンの羽根はなぁ」


 モンスターランクCだっけか、グリフォンは。下級ランク冒険者の小遣い稼ぎには、ちょいと厳しいものがあるか。何か上手く狩る方法が確立されれば、そうでもなくなるだろうが、生憎と俺が考える問題でもない。


「グリフォンの羽根は、空中制御時の安定に用いているものですから、浮遊や跳躍の際はあるとないとでは、結構挙動に差が出ますよ」


 モンスター相手にしている時などは、その差が致命傷に繋がることもあるかもしれない。加速に関しては少々ブレがあるかもしれないが、よほどの速度を出さない限りは……ん? ちょっと待てよ。


「そうか、効果を限定すればいいのか」

「……何だって?」 


 ウマンさんが聞いてきた。俺は肩をすくめた。


「ちょっとした思いつきです。さっき言った配達屋とか連絡係とか、私生活の延長で使う人間の場合、浮遊や跳躍効果はあまり必要ないかもと思って。加速効果だけあるエアブーツなら、グリフォンの羽根がなくてもいいかなって」

「それだ!」


 ウマンさんが勢いよく席を立った。


「機能限定型……。確かに使う人によっては不要な魔法効果もある。作る側の立場からも、魔法文字を魔石に刻み込む量が減れば、製作速度が上がって数を揃えるのも楽になる……!」

「それに浮遊に関しても、あまり速度や高さを気にしないなら、これもグリフォンの羽根でなくてもいいでしょうし」

「妖精の粉で代用できるかもしれないな――よし、坊主、もちっと話を詰めようじゃないか」


 ウマンさんが声を弾ませる。職人魂に火をつけてしまったのだろうか。はたまたエアブーツという商品に多大な可能性を見い出したのかもしれない。


 こうして、エアブーツの商品化計画が進められることとなった。商品サンプルを作り、初期量産型は、魔法騎士学校生徒の希望者で試すこととし、その効果のほどを確かめたのち、一般向け販売に向けて推し進めることとなった。

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