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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第85話、エアブーツのもたらした波紋


 翌朝、俺とアーリィーはアクティス魔法騎士学校に通う。アーリィーは昨日俺が渡したエアブーツを履いての登校だ。


 ローラースケートを履いているようにあっという間に林を抜け、校舎が見えてくる。寮から歩いて登校する生徒たちの列が見えるが、彼、彼女らは、エアブーツでかっ飛ばす俺とアーリィーを見て驚いていた。……そういえば俺はずっとエアブーツを使っていたが、生徒たちの前では披露したことなかったっけ。


 アーリィーは注目を集めたが、気にした素振りは見せなかった。彼女の表情を見ていると、何かを吹っ切ろうとしているかのように思えた。まあ、大方、一昨日の襲撃の件だろうけど。

 青獅子寮では、その話は取り上げなかったし、目下調査中とオリビアが言うに留まり、アーリィーもそれ以上は突っ込まなかった。


 それでも俺は聞かねばならない。アーリィーの護衛であり、同時に彼女の友として問題を解決するために。


  ・  ・  ・


『ボクが女だと知っている人のリスト?』

『そう』


 俺はノート用の本に挟んでおいた紙にインクを走らせ、筆談でアーリィーに問うた。ちなみに教室であり、今は授業中である。


『ちなみに、何故、アーリィーは王子をさせられているの? 理由は知ってる?』


 紙を受け取った王子様は、ノートを取るふりをして、俺の質問に羽根筆を走らせる。


『残念ながら、ボクは知らない。父上は教えてくれなかったし、ボクの性別を知っている人も口止めされているらしくて、答えてくれないんだ』


 受け取った紙。俺は矢印を引いて、最初の質問を改めて問うた。


 アーリィーは少し考える。答えていいものか、というよりは、誰がそうなのか思い出そうとしているような横顔だった。やがて、アーリィーは書き始めた。誰がアーリィーの本当の性別を知っているのか。

 国王、シュペア大臣の名前。馴染みの名前が何人か。俺は彼女が書いてる途中で、質問を書き加えた。その人物たちの職業や身分も書いて、と。

 このリストの人物たちの中に、手がかりがある。アーリィーが何故、王子であらねばならなかったのか。そして、彼女が命を狙われるきっかけを、知っている者がいるはずだ。



  ・  ・  ・



 一時間目が終わった休憩時間。俺とアーリィーはクラスメイトたちに取り囲まれた。

 原因は、エアブーツにある。


「いったい、あの移動は何ですの? まるで風のようでしたわ!」

「魔法ですか!? 殿下!」

「その羽根のついた靴、魔法具ではありませんか? ジン君も同じものを履いてらっしゃいますよね!?」

「うん、これは魔法具なんだ」


 アーリィーは、エアブーツを皆に説明した。……もちろん、俺が『作った』ことは伏せて。ただお揃いのものを俺が履いているものだから、皆がぜひ自分にも欲しいなどと言い出した。


 王子殿下におねだりするのはどうなのか、と俺は思うのだが、まあ、このあたりは貴族生たちにとっては駆け引きなのだろう。上手く取り入ろうとする普段のこともあるから、彼、彼女らによどみはない。

 最初はさも王族の持ち物みたいな雰囲気だったが、勘のいい生徒もいて、実は俺が初登校日からそれを履いていたことに気づいた者がいた。結果的に、矛先は俺のほうへ向くのである。


「ジン君が調達した靴ではありませんか? それならぜひ、私たちにも手に入れてくださらない?」

「……あー、うん。希少な品だから、時間がかかると思うし、わかんないけど、ちょっと聞いてみるよ」

「お金なら幾らでも出すから!」


 何とか、のらりくらりとかわすが、面倒には違いない。えー、何、希望者全員に俺が作らなきゃいけないパターン? そいつは勘弁してほしい、ほんと。


 畜生、俺はずっと履いていたのに騒がれなかったから油断していた。アーリィーに作ってやって渡したくらいで、ここまで大事になるとは思ってなかったのだ。

 見通しが甘いと言ってくれてもいいよ。ほんと、いつも履いていたから騒ぎになるとは思わなかった。


「なあ、ジン。俺にもその、エアブーツが欲しいんだが……」


 生真面目貴族生のマルカスが、声をかけてきた。今日何人目だと思っていると、お騒がせ変態娘のサキリスがやってきた。


「ジン・トキトモ、わたくしもエアブーツが欲しいですわ。作りなさい」


 人前だと、高圧的に振る舞うサキリス。これが個別に会うと、変態性欲を見せるダメな娘になるのだが。


「おい、サキリス、いま俺が話して……って、いま何て言った? 作れって?」

「そうよ、マルカス。エアブーツはね、ジン・トキトモが作った魔法具なのよ」

「作った! って何でお前がそれを知っているんだ?」


 ちら、と俺のほうを見てから、サキリスはマルカスへと向き直った。


「彼が、エアブーツの材料を集めているのを見たのよ。きっとあの後、休日を利用して組み上げたのだわ」

「そうなのか?」


 マルカスの目の色が変わる。


 あの時だ。サキリスが性欲解消に青獅子寮に来た時、俺の工房に彼女を通したが、机の上のエアブーツの素材を目敏く見ていたのだ。


 お前、後で覚えていろよ。

 俺はサキリスを睨んだ。ゾクリ、としたような、どこか恍惚としたような表情になるサキリス。だから、そんな嬉しそうな顔するなっての。


「ここだけの秘密にしてくれれば、材料を調達次第、作ってやる。繰り返すが、作ったことは秘密だ」

「お、おう……もちろん」

「いいですわ」


 二人はコクコクと頷いた。俺はため息をつく。


「で、サキリス。お前、その時は手伝えよ。魔法具作るには魔力が必要だ。自分のものくらい、自分の魔力で払え」

「も、もちろんですわ」


 少し驚いたようだが、すぐに何かを期待するような目になる貴族令嬢。一方、マルカスは小首をかしげた。


「俺はいいのか?」

「お前はいい」


 野郎の魔力なんていらねえよ。そもそもお前、サキリスと違って魔力回復能力である『魔力の泉』スキルも持ってないし。……まあ、持ってたとしてもお断りだけどな!



  ・  ・  ・



 学校が終わり、青獅子寮に帰宅。そして俺の工房にて。


「そんなわけで、エアブーツの大量受注が入った」

「おーお、大変だなぁ」


 ベルさん、マジ他人事!


「自ら蒔いた種だ。そう、自業自得ってやつだな」

「……」


 俺は、アーリィーが書いた『彼女の性別を知っている人リスト』をベルさんに渡す。そして今度は机の上の、革靴、グリフォンの羽根数枚と魔石を、親の仇のように眺める。

 さて、どうしたものか。


 合成で作ると魔力の消費も半端ないが、エアブーツの材料の調達にも問題がある。当然、俺ひとりでできることなどタカが知れているのだ。

 そう、ひとりでは。

有名人が宣伝すると、一気に注目されるという皮肉。

誰か話題の人が、「この小説読んでるよ」なんて話題になったら、一躍注目されたりするのかしら……?

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