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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第84話、国王の企み


 エマン・ヴェリラルド王は、アーリィーの父親である。

 歳は五十二。白くなりつつある髪は、まだ大部分が茶色。口ひげを生やし、厳しい顔つき。体格は案外スマートで、腹も出ていない。その佇まいは精悍である。

 シュペア大臣から、アーリィー王子襲撃事件を聞いた王は、目を見開き、王座を立つと自室へと戻った。侍女らを部屋から下がらせると、大臣と二人きりになった王は、忌々しげに吐き捨てた。


「アーリィーが生きているだと!」

「はぁ、そのようで……」


 すっかり白くなった頭髪のシュペア大臣は、その小柄な身体をさらに縮ませる。


「殺し屋を雇ったと聞いたが」

「は、はい。黒の殺し屋といわれた腕利きと、それ以外にも数人――」

「にもかかわらず、返り討ちにあったと! 役に立たん奴らだ!」


 王は怒りを隠そうともしなかった。 


「次の手を考えねば……」

「陛下……」

「アーリィーもいい歳だ。早く嫁を、後継者作りを、と周囲がうるさい。これ以上、余計な口出しや勘ぐりを増やさぬためにも、できるだけ早く片をつけなくては!」


 だがただ殺せばいいわけではない、とエマン王は声を張り上げた。


「あくまで外部の手の者の仕業に見せかけなければならん! 身内から殺されたようにとられてはいかん。我が息子ジャルジーを王位につけるために、あらぬ疑いがかけられないようにな!」


 王は席につくと、机に肘をつき、頭を抱えた。


「わしは、少し休む。シュペアよ、下がるがよい」

「はい、陛下――」


 頭を下げ、静かに退出する大臣。王は深々とため息をついた。



  ・  ・  ・



 エマン王とシュペア大臣のやりとり。それがベルさんが見たアーリィー襲撃事件の黒幕たちの会話だった。

 俺は、ベルさんから聞いた話で興味を引いたことを口にする。


「我が息子、ジャルジー?」


 ジャルジーといえば、アーリィーの従兄弟で、たしかヴェリラルド王家の血を引くケーニギン公爵の息子だったはずだ。ちなみにジャルジーの父である先代ケーニギン公爵というのは、エマン王の実弟だったが、すでに他界しているらしい。


「ジャルジーの父親はケーニギン公ではなく、エマン王?」

「あの王の言っていることが本当ならな」


 ベルさんは、さして驚いた様子もなく言った。


「不倫でもしてたのかね。あれだ、弟の奥さんに手を出して、つい子供作っちゃったってやつ」

「それはそれでスキャンダルな話だな」


 俺は椅子に腰掛け、背もたれに身を預ける。ベルさんは机の上に座り込んだ。


「つまるところ、エマン王は、アーリィーではなく、ジャルジーを王位につけたいわけだ」

「アーリィー嬢ちゃんは女だから、後継者ができない」

「それなら自分の血も入っている――息子でもあるジャルジーに王位を継がせる、と」


 それで実の子であるアーリィーを殺そうとするか? 狂ってるな。


「仕方ないさ、ジン。王位継承権では現状、アーリィー嬢ちゃんが上だ。何らかのヘマや、それこそ当人が不治の病に倒れたり死ぬかしないと順位は変わらない」

「王の口ぶりから察するに、アーリィーが女であることを公表したくない」


 王家のスキャンダル――王子は実は女の子でした、なんて。民や貴族らに嘘をついていたことになる。仮に公表したとして、ジャルジーの継承権を繰り上げて王座につけたとする。だが今度は不倫の末の息子だったとか発覚したら、スキャンダルが重なり過ぎるわけで、エマン王の権威や名誉はどこまで失墜するかわかったものではない。どっちか片方だけでも相当なのに、両方はさすがに……。


「体面で殺されるのか、アーリィーは」

「王族なんて、体面で生きてるものさ」


 ベルさんが他人事のように言った。俺は頭に手を当てる。


「この事態は、どう転ぶのが一番なんだろうか?」

「アーリィー嬢ちゃんが死んで、王の描いた筋書きどおりにジャルジーが王になれば、スキャンダルの可能性は極低くなり、ついでにこの国の後継者問題も解決する」

「却下だ」


 アーリィーを守る。そういう依頼から始まったが、あんないい娘をむざむざ殺させるのは許せない。国の安定のために、それがいいと言われても、はいそうですかと頷けるかは、別の話だ。

 国のために死んでくれ――時と場合によるってもんだ。無理やり男の子を演じさせられて、その末がスキャンダル回避のために死ねとか、あんまりだ。


「アーリィーを連れて、逃げるか……」

「おっ、駆け落ちか?」


 ベルさんが楽しそうな声を出した。俺は鼻を鳴らす。


「彼女を守るって意味なら、それもありかな、と思う。……いや、そうなると国から追われるな。それで確実に殺される。アーリィーが女であるのがバレれるのが怖いし、さらわれたうえで殺されたともなれば、王が望む筋書きどおりになってしまうか」


 うーん……。悪手かもしれないなこれは。


「事故に見せかけて死亡――」

「おっ! オイラたちが連合国から逃げた時に使った手だな」

「他にどうしようもなくなったら、だな」


 いっそ殺される前に王を討つか。一瞬浮かんだそれだが、俺はすぐに捨てた。

 一国の王を討つなど上から下まで巻き込んだ大騒動に発展する。最悪大罪人として追われることになるだろう。

 それに実の子を殺そうとしているとはいえ、アーリィーの父親でもあることは動かせない。彼女が何を思い、どれほどショックを受けるかわかったものではない。

 また仮に、討ったとしてアーリィーが王になっても、結局のところ後継問題を解決する術がないままだ。

 俺は姿勢を正した。


「というか、そもそも何でアーリィーは男として育てられたんだ?」


 女として生まれたのだから、最初から姫にしておけば、こんなことにはならなかっただろうに。自分の後継者として息子が欲しかったというのはわからないでもないが、なんで後で困る嘘をついてまで……。


「オイラに聞くのか?」

「いや。……ただ、そのあたりの事情がわかれば、何か解決の糸口が見えてくるかもしれない」


 逃げるにしても、どこに逃げれば安全か、ということもある。事情を知っておけば、意外な抜け道が見つかるかもしれない。

 ベルさんは頷いた。


「となると、アーリィー嬢ちゃんの事情を知っている奴から聞きだすなり、調べるってことだな」

「まだ王様がアーリィーを殺す手を考えているからな。何とかしないと事態はよくならない」


 確かに、とベルさん。だがすぐに黒猫は小首をかしげた。


「いいのか、ジン? こういう話に首を突っ込むってことは、オイラたちの目指すのんびり生活から遠のくぞ?」

「アーリィーを見捨てるなら、確かに物理的にはのんびりした生活になるかもしれない」


 だがね、ベルさん、それは――


「彼女が死んだと聞かされたら、俺は絶対に後悔する。一生心の中で引きずることになる。それは精神的にのんびりできない」


 本当ののんびりは、働く働かないだけの問題ではなく、心のゆとりがあってこそだと俺は思うんだよ。


「後悔のない人生はないだろうが、だけどできれば後悔はしないほうがいい」


 だから、多少面倒でも、やれることはやっておくべきなのだ。

のんびりしたい……。

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