第82話、雇い主は誰?
殺し屋サヴァルが、アーリィーに迫ったその時、俺は魔力の手を伸ばし、奴を掴んだ。それがサヴァルの身体を浮かせ、無防備に浮かせたカラクリだ。あとはそれをぶん回して硬い地面か何かに思い切り叩きつければお終い。……そこに馬車があったのは偶然だ。
俺も焦っていた。それがなければ、馬車が壊れないように気をつけたのだが。
戦闘は終了した。
フォレストリザードの集団を退けたオリビアたちが戻った頃には、ベルさんも森からの戦士団の残りを掃討し終わっていた。
俺は、アーリィーの前に立つ。金髪の少女王子は、どこか呆然とした顔だった。命を狙われたショックだろうか。心ここにあらずといった感じだ。
「大丈夫か?」
怪我はないはずだが、俺が聞いてみれば、彼女はそのヒスイ色の目を向けてきた。
「ボク、初めて人を撃った」
「……さっきの殺し屋か」
「うん」
アーリィーは頷いた。
「……少しは、王子らしく振る舞えたかな?」
初陣は、反乱軍騒動。お飾りとはいえ総大将として、戦場に赴いたというアーリィー。実際に人と剣を交えることはなく、ただ兵たちが戦い死んでいくのを見た。戦いは王子軍の敗北に終わり、撤退の最中囚われた彼女。実際に武器を手に、人間に立ち向かったのは初めてだったのだろう。……俺から言わせてもらえば、正直逃げてもよかったと思う。それは俺が、アーリィーが女の子であることを知っているからなのかもしれない。
だがアーリィーは王子として振る舞う上で、敵に背を向けることが恥ずべきことだと思い、恐怖を押し殺し踏みとどまったのだ。……かすかに震える彼女。一生懸命に耐えるその可憐な顔。
「アーリィー……」
俺は、そっと彼女を抱きしめた。小さく震えているその背中を優しく叩いてやる。
「頑張ったな」
「……うん」
思わず泣きそうになるアーリィー。だがその前に、ゴホンと、わざとらしい咳払いが足元からした。
黒猫姿に戻っているベルさんが、横目で俺たちを見上げてくる。
「オイラしかいない場ならいいけどさ、他にも見ている連中がいることを自覚したほうがいいぜ、お二人さん」
あ……。俺は思わずアーリィーから身体を離した。
ビトレー執事長は困った顔をしている。怪我をした武装メイドと手当てするメイドさんたち、そしてオリビアと数名の近衛騎士たちが、ポカンとした表情で俺たちを見ていた。アーリィーは慌てて目元にたまっていた涙を拭い、俺に背を向ける。
「も、もう、ジン。ボクを子供扱いしないでくれ! こ、これでも王子なんだぞ、ボクは!」
「あ、ああ。すまない。つい、な」
「つい、で抱きつくな! まったく……」
拗ねている子供のようにそっぽを向くアーリィー。うむ、ちょっと迂闊だったと俺も苦笑。ベルさんに声をかけ、俺はその場を離れる。
「ところで、この襲撃者たちだけど」
「狙いは、王子様だな」
ベルさんは、ぺしゃんこになった馬車の前で足を止める。黒の殺し屋サヴァルが大の字で横たわっている。むろん、すでに死んでいる。
「派手にやったねぇ、ジンさんよ」
「そういうベルさんだって」
その潰れた馬車の向こう、ベルさんが無双したあたりでは、両断された敵戦士たちの死体が転がる。どんな力入れたらあんな真っ二つになるんだ、と素人は思うだろうね。
「見たところ、盗賊にごろつきに、殺し屋までいたみたいだが」
「集められたって感じだな。こいつらは、アーリィー嬢ちゃんを殺そうとしている奴に雇われたってところだろ。組織っていうより、寄せ集め感がハンパなかった。……何を見てる?」
「んー? 生き残りがいないかなと思って。ベルさん、問答無用に殺し過ぎ」
「お前が言うか!」
「いや、俺は後で話が聞きだせるよう、ひとりかふたり加減したんだけど……」
と、いたいた。片足を失い、匍匐前進でこそこそ森のほうへと逃げようとしている奴が。俺が足早に動けば、ベルさんもついてきて、ついで近衛騎士もその生存者に気づき駆け出した。
「殺さないように!」
俺が言えば、近衛騎士たちは逃げようとしていたその戦士を捕まえた。オリビアも追いつく。
「ジン殿」
「よしよし、ではこの生き残りの口から、話を聞こうじゃないか」
この森で、アーリィーを襲うべく待ち構えていた一団の正体とやらを。
・ ・ ・
生き残ったその戦士は、傭兵だった。
三日前に王都で、大金が転がり込む仕事があると声をかけられ、参加したのが今回のアーリィー王子襲撃計画だった。
ボスケ大森林地帯にグリフォン狩りをすると聞き、酔狂なことをするものだと思いつつ、特に王子に恨みがあるわけでもなく、大金が入ると聞いて参加したらしい。いや、逆か。大金が入ると聞いて受けたら、王子暗殺だったという話だ。聞いている間、何度かオリビアが手荒にキレていたが……。
集められた者は、俺が抱いた第一印象どおり、傭兵にゴロツキに殺し屋と寄せ集めであり、高額報酬に釣られた口だった。
で、結局誰が彼らを雇ったのかについては、タルパという男が声をかけて回り、今回の襲撃計画を説明したとしかわからなかった。フードで顔を隠していたため、人相もわからない。ただ成人男性であることくらいだ。……おそらく、タルパという名前も本名ではないだろう。
オリビアは、そんなあいまいなことしかわからないのかと食って掛かっていたが、大抵この手の話を持ちかける奴のことを詮索する業界人はいない。余計な詮索は命を失うだけなのは、アングラな連中にとっては常識である。
「懸念を言えば」
俺は、ベルさん、オリビア隊長、ビトレー執事長に言った。
「今回の襲撃は、明らかにこちらの行動が筒抜けだった。俺たちがこの魔獣の森でグリフォン狩りをすることまで知られていた。……このことを知っていた人間はどれくらいいる?」
「青獅子寮にいた者たちは、ほぼ全員が知っていたかと」
オリビアは、ビトレー氏を見た。
「ええ、週末の準備のために調理担当や侍女たち全てが遠征のことを知っていたと思います。どこに行くかまでは全員に言った記憶はございませんが、おそらく仲間うちで話は聞いていたかと」
「近衛でも、我ら王子殿下警護隊は、寮に残る者を含めて全員。……まさか、我々の中に情報を外部に漏らした者が?」
「学校関係者に誰かが話した、という線は?」
「おそらくないと思いますが……念のため聞き込みはしておくべきでしょうか」
オリビアに、俺は頷いた。
「外部の人間で、この件を知っている者はいるかな?」
「それなら、王城では」
ビトレー氏が言った。
「殿下の遠征の件は、王城にも通知しております。王都を離れるわけですから黙っていくわけにも行きませんからな。重臣や国王陛下の耳にも、おそらく入っているはずです」
「じゃあ、王城のほうから漏れたって可能性があるってことか?」
ベルさんがフンと鼻を鳴らした。
「それなら、一気に情報が広がったかもしれねえな。大臣やその従者、騎士、兵士の末端まで噂や立ち聞きとか――嬢……王子様を殺そうとしている奴がその中にいるか、あるいは関わっている奴がいるかもしれん」
絞り込むどころか、容疑者数が爆増しやがった。
こうなるとお手上げ――と降参したくなるのは、俺が初心者だからだろう。何か事件があれば、地道に調査する警察や諜報関係の根気強さには敬服するよ、ほんと。
とはいえ、手を打たないわけにもいかないと思う。何せ『敵』はアーリィーを殺すべく動いたのだ。彼女を殺そうという者が確実に存在するのは間違いないのだから。
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