第81話、黒の殺し屋
森から出てきた戦士たち。その最先頭グループ十名が、俺とベルさんとぶつかる。
暗黒騎士ベルさんのデスブリンガーが赤く煌き、敵を鎧ごと、バターを切り裂くように倒していく。
さて、俺はというと傍目には丸腰である。両手を前に出す姿は、さながら柔術家の構えのように映っただろう。まず切り込んできたシーフらしき戦士は、ダガーを手に突っ込んでくる。
だが残念。俺の手には、強力な武器が存在する。集めた魔力という可変武器が。
両手にまとう魔力。まず左の手のひらで、シーフの突き出したダガーを横へ弾く。ついで俺は右の手のひらを相手の顔面に向け、まとった魔力を放つ。見えない一撃となったそれは、ハンマーで強打したように、シーフの身体を回転させて吹き飛ばした。
次の敵――斧を手にした山賊じみた男が向かってくる。俺は魔力の塊を想像。斧戦士の足を塊に引っ掛けるイメージで、右手を振る。見えない塊が、後ろから戦士の足を切り裂き、転倒させる。
迫り来る敵。俺はそれぞれの手にまとった魔力を操り、迎え撃つ。魔力の塊は、剣であり、ハンマーであり、盾となる。イメージとしては、見えない魔力のブロックを持って振り回している感じか。このブロックは相手の攻撃を弾き、時に打撃武器になり、時に刃物に変わる。
「灼熱」
魔力に熱をまとわせ、一閃。敵戦士のチェインメイルごとその胴を切り裂く。
投擲――俺とベルさんの戦う横を抜けようとした敵に、魔力塊を見えない槍に変えて放ち、串刺しにする。
その時、突然ぼん、と黒煙が巻き起こった。ベルさんのいた方向。視界がうっすらと覆われていく中、隙を突くように抜けようとする敵の姿。
「ジン、すまねえ!」
ベルさんの声。
「抜かれた!」
そりゃ、敵さんも必死よ。どだい、二人で約二〇人を抑えられると思うのが傲慢というもの。ぜんぜん詫びることじゃないさ、ベルさんよ!
「こっちは任せろ!」
エアブーツでグンっと加速。抜けたのは三人――その最後尾に、瞬時に追いついてしまった。
「ひっ!?」
振り向きざまに剣を振る敵戦士。それを頭一つかわし、右手の魔力塊の形状を剣に変化。その空いた胴に一撃を浴びせて仕留める。
残り二人。うち一人が、クロスボウを正面にいたアーリィーを守る近衛騎士に放った。盾で防ぐ近衛だが、直後の命中した矢が爆発した。
近衛騎士と、武装メイドたちが驚き、また爆発に煽られる。クロスボウを投げ捨てた戦士と、もう一人軽装の戦士はナイフと爪状武器を手に、アーリィーへと迫る。
だがそうはいかんのよね! ――俺は左手の魔力塊をネット状に変化させ飛ばす。刺客二人に引っ掛け、そこからのプラズマバインド!
「うげぇ!?」
「ぎゃぎゃっ!」
変な悲鳴をあげ、二人の戦士は感電して足が止まる。そこへ態勢を立て直した近衛騎士たちの剣が、戦士たちに殺到し、たちまち討ち取られる。
「ジン!」
アーリィーがエアバレットを構えた。
「後ろ!」
「ちっ――!」
俺の後方から、黒いマントをした軽戦士が飛びかかってくる。両手にダガー。とっさに右手の剣を壁に変化させ、一撃を弾く。
「ほぅ」
黒マントに、さらに黒覆面をしているその軽戦士は飛び退く。あれは――とビトレー執事長が声を発した。
「黒の殺し屋の異名を持つ、サヴァル・ティファルガでは――!」
有名な人物らしい。まあ、黒覆面した黒ずくめの人物となると噂になりやすいのかもしれない。……それにしても黒の殺し屋ね。厨二くせぇ!
「殺し屋ってことは、狙いはアーリィーか」
「答える必要があるのか?」
黒覆面――サヴァル・ティファルガは言った。おう、渋い声。三十、いや四十代くらいだったりするか。覆面のせいで何となくしかわからない。
サヴァルが一歩を踏み込んだ。それは瞬きの間に俺の懐に飛び込む。――速いっ!
とっさに身を引いてしまったが、おかげでサヴァルの斬撃が空を斬った。俺の喉もと数センチのところを! あっぶねぇ!
暗殺者サヴァルの連続攻撃。俺は魔力をまとわせた手でギリギリのところを弾いていく。小気味よい衝突音が矢継ぎ早に響く。めまぐるしいラッシュは、名うての殺し屋だけのことはあった。
一旦仕切り直し! 俺はサヴァルの攻撃を弾いたタイミングで、距離をとる。と、そのサヴァルは俺に右手のダガーを放り投げてきた。迎撃――だが突然、そのダガーの軌道が変わり、肩透かしを食らう。
しかし、逸れたダガーの影に隠れるように、殺し屋が左手に持っていたダガーが飛んできていた。
思わず白羽どりできたのは、手に魔力を手のひらにまとっていたから。
「ほう、これも受けきるのか」
サヴァルが感心したように言った。俺の両手が挟みこんだダガー、その柄の先に細いワイヤーのようなものが伸びていて、サヴァルの手に繋がっていた。さっき軌道が変わったダガーもおそらく、そのワイヤーを引っ張って無理やり進路を変えたのだろう。
「だが……!」
ワイヤーを電撃が走った。バチッ、と俺の両手がダガーから弾かれる。……弾かれただけで済んだのは、しつこいが魔力を手のひらに展開していたために威力を軽減させたためだ。
サヴァルが加速する。電撃で痺れているだろう隙を狙ったのだろうが、ところがどっこい痺れてないんだよなぁ!
俺は右手の魔力を衝撃波に変えて打ち出す。真正面から突っ込んでくる殺し屋を壁に激突した虫のように潰してやる。
見えない一撃のはずだった。だが衝撃波を叩きつけた瞬間、サヴァルの姿がブレた。宙を切った衝撃波。
「ミラージュ・オンブル」
蜃気楼の影。幻影魔法――消えたサヴァルは、俺ではなく、アーリィーに狙いを定めていた。
・ ・ ・
「お前を殺せば、それで終わり……!」
「殿下!」
近衛騎士二人が、サヴァルの前に立ちふさがる。しかし――遅い!
するりと、騎士たちの間を抜けるサヴァル。その間にそれぞれを斬りつけ、さらに手にした二本のダガーを投擲。アーリィーの前に入ろうとした武装メイドに刺さり、その足を止める。
「覚悟!」
サヴァルが腰から一振りのショートソードを抜いた。光を通さない真っ黒な刀身は細く、細剣のように鋭い。
アーリィーがエアバレットを撃った。クロスボウだと思ったサヴァルは、そこで見えない風の一撃に反応が遅れた。回避――だが左腕が巻き込まれ、引きちぎられるように吹っ飛んだ。
こんな子供のような奴に――! しかしサヴァルは突進をやめない。いまなら刺せる。心臓へのひと突きで王子を仕留める。痛みも左腕を失った後悔も後でいい。殺す、殺す、殺す!
少女のようにも見える王子、そのヒスイ色の目と重なる。一瞬、怯えが見えた。だが恐怖を捻じ曲げ、果敢に立ち向かおうとする者の目だと理解した。成長したら、さぞいい王になれたかもしれない。だがその機会はない。いま、ここで――
すでに至近距離。加速の勢いのまま剣を突き出せば、王子の胸を貫いて――
ふわり、と身体が浮いた。最後の一歩を踏み出す寸前、地面から足が離れた。違和感。サヴァルは目を見開く。
何があった? 何故、俺の身体が浮いている?
アーリィー王子の眼前で、サヴァルの身体は静止している。王子はエアバレットを殺し屋の胸に向け、引き金を引いた。一撃――だがサヴァルの意識が消えなかったのは、胸に忍ばせた魔法具、命の護符のおかげだった。効果は、一度だけ胴体への致命傷的ダメージを防ぐというもの。つまり、護符がなければ即死だったかもしれない。
だが、次の瞬間、サヴァルの身体は後ろへ引っ張られ、アーリィーから離れた。まるで見えない紐によって引っ張られ振り回されている感覚だった。視界の端に、初心者ローブマントの若い魔術師の姿が映る。
ああ、またしても奴か――サヴァルが心の中で呟いた時、その身体は、近衛馬車の一台に叩きつけられ、馬車を粉砕した。当然、そんな衝撃に身体が耐えられるはずもなく、サヴァルは死んだ。




