第80話、襲撃者たち
ボスケ大森林地帯の平原との境界にある近衛隊キャンプ。ベルさんが察知した獣の群れというのは、フォレストリザードだった。
エアブーツで馬車の上に飛び乗った俺は、南側、森の境界に沿って駆けてくる大トカゲの集団を見渡した。昼間、森の中で遭遇したフォレストリザードであるが、単独なのと集団なのでは迫力に雲泥の差があった。……連中が群れで押し寄せてくるなんて事態が、ますますもって珍しい光景である。
同じく馬車の屋根にあがってきたベルさんに、俺は言った。
「普通のフォレストリザードじゃないな。森に潜んでいる奴らが呼び寄せたってところだろうな」
「とすると、こいつは」
「ああ、近衛の目を引き寄せる囮、だろうな」
フォレストリザードの群れが迫れば、近衛隊は迎撃にそちらに人員を取られる。そうすれば森に潜んでいる連中は、手薄になったキャンプに側面攻撃を仕掛けることができる。
いや、ひょっとしたら大トカゲどもの打撃力を頼りに近衛が崩壊し、キャンプが滅茶苦茶になったところにトドメとして出てくるかもしれない。まあ、近衛が奮戦すれば前者、あっけなく崩れたら後者を選択だろう。
「ジン!」
中央の王族馬車付近にいたアーリィーが、俺の乗っている馬車の近くにやってきて見上げてきた。
「アーリィー、ちょいと面倒になりそうだ。……フードは被っておけ。あと武器を持て」
「う、うん、わかった!」
さっとカメレオンコートのフードを被るアーリィー。武器を取りに王族専用馬車に走る。
「……まあ、今のアーリィーは、トラックにぶち当たられても死にはしないんだけどな」
たとえ、彼女を狙う刺客が矢や銃のような飛び道具で狙撃してきたとしても無傷だろう。とはいえ、この世に完璧なものはないと俺は思っている。万が一ということを考えれば、アーリィーの行動や位置については気を配る必要がある。
オリビアと近衛騎士たちは、大トカゲが迫る南側に集まり、盾を利用した防御陣を取りつつあった。全長三メートルを超えるフォレストリザードは十数体……。果たして弾き返すことができるのか?
「ベルさん、森に潜んでいる連中は?」
「……まだ動いていないな。高みの見物ってとこだろう」
アーリィーがエアバレットを手に、こっちへとやってくる。同時に軽武装のメイドさんたちが、その後に付き従う。一応、戦闘訓練を積んだ武装メイドといったところか。いわゆる最終防衛ライン的な護衛か。
「アーリィー、その位置にいろ」
俺は上から声をかける。ちょうどアーリィーが今いる位置は、森に潜む連中からは死角になっているのだ。
では、こちらも行動しようか。潜んでいる連中が何を企んでいるかは知らないが、手を出すまで何もしないなんてのはナンセンスだろう。
まずは、トカゲどもに先制攻撃をかける。
「分裂する隕石!」
馬車の上にいる俺は、オリビアら近衛たちの上を飛び越える岩石を具現化、放った。直径二メートルを超える岩石は、迫るフォレストリザードの群れの手前で自壊、無数の岩つぶてと化して降り注いだ。高速の岩をぶつけられ、血を吹き、潰れた大トカゲたちが骸となっていく。
「……さすがに全部は巻き込めなかったか」
岩のシャワーを逃れたフォレストリザードが数体、なおも進んでくる。とはいえ押し寄せる津波のような迫力は消えうせ、守りを固める近衛隊の壁でも何とかなりそうに思えた。
さて――俺は視線を転じる。
先制のつもりだろう一手は潰したぞ。いつまで、そこに隠れているつもりだ?
・ ・ ・
フォレストリザードの群れが魔法によって蹂躙された。
どうやら優れた魔術師が近衛隊にいるらしい。まあ、そうだろう、と森に潜む者たちのひとり、サヴァル・ティファルガは思った。腐っても近衛だから、腕利きはいるだろう。
サヴァルは表向き傭兵、裏では殺し屋を生業としている。漆黒のマントに、黒い覆面、全身黒いコーディネートは、夜間行動する分にはいいのだが、こうした昼間、しかも森では思いっきり浮いている。
今回、王子様とその護衛一行が、魔獣の森なんぞに狩りに出かけるので、襲撃してその王子様を殺害するように依頼を受けた。
ふだんは単独、多くても二、三人で仕事をこなしてきたサヴァルであるが、今回は二〇人近い傭兵やごろつき、殺し屋が集まる大所帯だった。殺害対象の王子を警備する近衛連中がいるからだ。
王子を殺せば報酬は倍、例え味方の誰かが仕留めた場合でも高額報酬は約束されている。しかも前金とは別で、だ。――まあ、それだけヤバイ仕事であるわけだが。
さて、近衛の連中にぶつけたトカゲどもがあっさり吹き飛ばされた時、森に潜んでいる連中が取れる選択肢は、二つに一つだった。
一、思いのほか敵が手強いので、このまま見なかったことにして撤退する。
二、完全にトカゲが全滅する前に、突撃を敢行する。
とまあ、選択肢は二つなわけだが、傭兵たちは状況に応じてすでにどう行動するか打ち合わせ済みであった。
すなわち、二の突撃である。近衛本隊がまだトカゲに気をとられているうちに攻めるのだ。正直、あまりに早すぎて、傭兵たちの何人かは後悔し始めている者もいたが、大半は金に切羽詰っていて、逃げるなんて選択肢を初めから選ぶつもりのない奴らだった。
「行くぞ! 王子を殺せ!」
潜んでいた茂みを抜け、傭兵たちが近衛のキャンプめがけて駆け出した。サヴァルは、それを尻目に、ゆっくりとその後を追った。先頭きって突撃するのは流儀とは異なるし、相手は近衛だ。一番乗りした奴が真っ先に死ぬ確率を考えれば、馬鹿正直に前のほうを行くなど間抜けのすることと言える。
・ ・ ・
わらわらと森から、身なりに統一性のない戦士の一団が現れた。
剣士に戦士――盗賊らしい者も何人かいたが、どちらかというとそれより一段上の戦士団、いや傭兵団といったほうがよさそうな連中だった。装備が不揃いなのが、いかにも寄せ集めっぽく俺の目には映る。
「まあ、そうなるよな」
トカゲどもを囮としている以上、連中が攻撃を意図するなら、今出なければ完全に手遅れとなってしまう。
アーリィーのまわりには、近衛騎士が三人と、ビトレー執事長ほか、武装メイドさんが五人に増えていた。それ以外の戦える近衛たちは、オリビア隊長と大トカゲの対処に回っているのだ。
「森から敵、およそ二〇名!」
俺は馬車の屋根から、アーリィーとその周りの者たちに注意を飛ばした。それを聞いた騎士たちは、アーリィーの周りを固めながら前に出る。よしよし……。
「じゃあ、ベルさん。ひとつ暴れてやろうかね」
「おうともさ!」
俺とベルさんは、森から迫る敵集団のほうへ向かって飛び降りる。俺の手には特に得物はなし。ベルさんは、猫姿から二メートル近い身長の暗黒騎士姿へと変化する。
平凡魔術師な俺はともかく、突然、禍々しい漆黒の騎士が現れたことで、その姿を見た者たちの驚きがさざ波のように広がるのがわかった。
だが、もう遅い。




