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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第77話、防御魔法具


 カメレオンコート。光の屈折を利用した光学迷彩モドキの効果を発揮する外套(がいとう)だ。まあ、実際はポンチョだな。


 アーリィーのために俺が用意した装備その1。周囲に溶け込むカメレオンの名を頂戴したが、直接関係はない。この世界でカメレオンは見たことないからね。

 あくまで光学迷彩モドキなので、姿を消すわけではないが、普通に迷彩効果はあってじっとしていると周囲の地形に溶け込んでいるように見える。戦闘でも微妙に距離感を狂わせることができる。じっと動かずにいれば、遠距離からはまず発見できないだろう。

 雨具にもなるそれを身に付けたアーリィーの姿を見たオリビア隊長は……。


「優雅さに欠けるような……」

「魔獣の森で必要のない要素のひとつだな、優雅さって」


 オリビアは実用性を好むタイプかと思っていたから、少し意外だ。


 装備その2。加護の腕輪。

 銀製のその腕輪には、青い魔石が埋め込まれている。リング部分に魔法文字が刻まれ、防御魔法と警戒魔法が発動する。装着者の意思で盾のように防御膜を形成することができるが、装着者が不意を突かれた時でも自動で防御魔法が発動するようになっている。

 それが同時に刻まれている警戒魔法である。これが装着者周囲の移動体を常時サーチし、急接近や衝突時に防御魔法をオートで作動させるのである。


 へぇ、とアーリィーは感心したように自分の左手首につけた銀の腕輪を見やる。オリビア隊長は――


「あの、ジン殿。その腕輪、私もとても欲しいのですが……」


 不意打ち対策に敏感な近衛としては、この手の自動防御魔法の発動する魔法具は垂涎の品かもしれない。なにせ、いざとなったら警護対象者の盾になるべく身を晒すわけだから。そこでやられて動けなくなるよりは、無事に任務が継続できるほうがいいに決まっている。


 装備その3。魔防の首飾り。

 太陽をモチーフにした金とミスリル銀を使った、ちょっと豪華そうに見える首飾りである。こちらは装着者の身体全体を魔力の層で覆う。その効果は、魔力の層に触れた一切の敵性攻撃魔法を霧散・無効化させる。要するに魔力で構成される攻撃性魔法を魔力の層が触れた瞬間に侵食し分解してしまうのである。魔法以外でも薄い魔力層が、炎や氷、雷、風などの効果を大幅に弱める。


「魔法が効かない……!」

「まあ、跳ね返す類じゃないから、パッと見た目は魔法を喰らったように見えるがね」


 俺が言えば、オリビアは首をかしげた。


「その魔力層とやらに触れた魔法が無効ということは、加護の腕輪の防御魔法と干渉したりしませんか?」

「加護の腕輪の魔法は、アーリィーの周囲を球形のバリアで防ぐタイプ。魔防の首飾りは、その球形バリアの内側、ほとんど肌に接する部分に展開しているタイプだから干渉しないよ」


 さらに言えば――


「加護の腕輪のサーチは、対物、つまり硬いものを察知するのに優れているが、魔法的な攻撃には反応が鈍くてね」

「なるほど、それで二つの防御魔法具があるわけですね」


 オリビアが納得したようだった。


「私たち近衛にもぜひ欲しい装備です」

「勘弁してくれ。対価はかなりのものだぞ」


 数を揃えるとなると、作るために消費する魔力のことを考えるだけでめまいがしてくる。オリビアよ、魔法具のために貴殿は処女を捧げる覚悟はあるか? うん、たぶん処女だよね。近衛の騎士様なら。


 最後に、飾り気のまったくないコバルト製の指輪を渡す。丸と三角、四角の紋章が刻まれているだけのシンプルなものだ。


「これは?」

「万が一の時に使うシグナルリングだ。君が迷子になったり、誘拐された時などに使ってくれれば、俺に君の居場所が伝わる」

「!」

「おお、それは便利な……!」


 オリビアが食いついた。王族に迫る危険が暗殺ばかりとは限らない。交渉材料としての誘拐だってなくはない。もちろん、王族誘拐なんて極刑ものだが。


「丸を二秒ほど押すと、無音で位置を通報する。例えば誘拐された時などに、音を出さずにそれを報せたい時などに使える。喋れない時とかでも有効だ」

「ふむふむ」

「三角は、周囲に警報を発する。町中で周囲の注目を集めたい時などに使える」


 最後の四角は――


「同じリングを持つ者と魔力交信ができる。つまり遠くにいても会話ができるというやつだな。俺も同じものを身に付けてる」

「へー、ジンと会話できるんだ……」


 アーリィーがどこか嬉しそうな顔をした。そして例によってオリビアが、隊内の通信用にシグナルリングを欲しがった。

 近衛隊長を大変羨ましがらせる装備を一通り身に付けたアーリィー。なお武器は、以前貸したままになっていたエアバレッドを手に、腰にはライトニングソードを下げている。


 さて、装備品の説明で時間を使ってしまったが、グリフォン狩りに森林地帯へ入ろう。おっと、その前に昼飯な。

 その後で森へ。俺とベルさん、アーリィーにオリビア隊長と近衛騎士四名、魔術師二名の計十名のパーティー編成だ。

 アーリィーを真ん中に、近衛騎士がひし形の各頂点にひとりずつ配置。戦闘になった際、四方向に対して最低ひとりが盾になれる配置だ。

 中心より前寄りにオリビア隊長。俺はアーリィーのすぐそば。後ろに二人の魔術師がつく。ベルさんは、先導の騎士のそばにいて、ポイントマンよろしく警戒についていた。


 さて一番最初に遭遇するモンスターは――


『ジン、角付きだ』


 ベルさんの魔力念話。メキメキと木を倒して、その茶褐色の毛皮に覆われた四足の巨体が露わになる。サイの角よりも長く太い一本の角を持つその獣の名前は、ホーンボーア。角猪だった。


「前方、防壁隊形!」


 オリビアの指示に四方の騎士たちが集まり、アーリィーを守るべく大型盾を構えて壁を形成する。いやいや、ちょっと待て! わざわざ奴の真正面に盾陣組むなよ!


 人間を見て荒ぶっているのか、角猪は前足で地面を引っかくと、自慢の角を騎兵の槍の如く向けて突進してきた。近衛騎士たちの盾の壁めがけて。当然、その後ろにはアーリィーがいるわけで。


「馬鹿野郎が!」


 ストーンスパイク! 俺は土魔法で、地面から鋭く尖った岩の棘――いやそれは巨大な槍と呼ぶべき代物を形成させ、突っ込んでくる角猪の無防備な腹部を貫いた。突進していた猪はその加速で自らの腹を岩に引き裂かれ、近衛たちの手前で倒れて絶命した。


「おおっ」


 声を上げる近衛騎士とオリビア。


「さすがジン殿――」

「お前ら! アーリィーを危険に曝す気か!?」


 俺は怒鳴っていた。オリビアはビクリと肩をすくませた。


「アイツは基本突進しかしないの! その突進ルートを誘導するために盾を構えるのは結構! だが護衛対象のアーリィーの前で形成して、奴を引き寄せてどうするんだよ!? たった四枚の盾なんて、角猪の突進の前ではボウリングのピンも同じだぞ!」


 ぼ、ぼーりんぐ? 初めて聞く言葉に戸惑うものの、オリビアと騎士たちは自分たちがしたことに対する危険性に気づき、うなだれた。

 近衛たちは、王族を守る盾である。オリビアや近衛騎士たちの対応は、日夜訓練に励んできた基本中の基本行為であり、警護の観点から見れば、訓練通りの完璧な動きだった。


 だが近衛たちは失念していた。


 ここは魔獣の森であり、相手は対人ではなく、対魔獣であるということを。

 アーリィーが学校にこもっているから、近衛たちも定石に固まってしまっているのかもしれない。警護担当が状況に応じて柔軟に動けなくては、いざという時に困るではないか。


「め、面目ない……」


 激しく気落ちするオリビア。アーリィーと後ろに控えていた魔術師二人は、気まずげに顔を見合わせる。

 勢いで怒鳴って、ちょっと俺も反省。幾分か声を落として言った。


「とりあえず、アーリィーを守るように動きつつ、相手を素早く見て、行動を予測、その都度、必要な位置取りと対処をする。相手が人間じゃないなら、真っ先に狙われるのはアーリィーとは限らないから……って、そんなの相手次第だから一概には言えないか。オーケー、こっちは索敵を強化して早期発見、早期対応で行動しよう。――ベルさん」


 俺は黒猫を見た。


「悪いけど、次からは早めに指示頼むわ」

「あいよ」


 説教が終わったと見て、ベルさんは先頭を進みだした。あらためて行軍再開である。

解説:性能落としたバージョンなら、頑張れば何とかできるが、アーリィーに渡した魔法具の品々を量産するのはまず無理。

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