第71話、ユナ・ヴェンダート
アクティス魔法騎士学校の授業には、選択授業がある。
生徒自身の能力や希望に沿って選ぶ授業であり、例えば剣の技能を磨きたい者、魔法の知識を高めたい者、戦略や戦術面の造詣を深めたい者、それぞれ目指す先が異なれば、より専門的な知識や技能が獲得できるようになっていた。
選択授業は週に三度ほど、大抵は四時間目に当たる。
アーリィーは主に高等魔法授業を選択していた。元々、魔法に一定の才能が認められ、未熟ではあるが三系統全てを扱える。また本人は無自覚だったが、魔力の泉という自己魔力の回復力に優れた個性・能力を持っていた。
俺は、アーリィーが学校にいる間の護衛でもあるから、彼女の選択授業に強制的に付き合うことになる。もっともソーサラーであることをあわせても、高等魔法授業というのはありがたかった。何せ、俺の使う魔法は、ベルさんらの使う魔族流なのだ。
さて、肝心の高等魔法授業である。
魔法担当の教官は二人いるが、主に当たるのが、ユナ・ヴェンダートという女性魔法使いだ。
魔術クラスはハイ・ウィザード。年齢は二十三歳。プラチナブロンドの長い髪を後ろでリボンに束ねている。
若くて美人なのだが、無表情、というより、ぼーっとした顔をしていて、正直つかみ所のない人物だ。魔女の被るような尖がり帽子。黒と青の魔術師ローブ、その下にはワンピースタイプのドレス、なおミニスカートに、ハイソックス――絶対領域完備である。
だがもっとも目に付くのは、そのはち切れんばかりの大きな胸だろう。……いやデカい。本当にデカいな! サキリスも巨乳であるが、ユナ教官に比べたら、普通に見えてしまう。
これほど性的で美人と来れば人気も出そうなものだが、見たところそうではなさそうだった。
何より、何を考えているのかわかりづらい。授業中も、声はさほど大きくなく、しかも淡々と話すので、注意しないと聞き逃すこともしばしば。軽い集音修正魔法で調整してやって、ようやく普通に聞こえる。……まあ、席の位置が遠いせいでもあるのだが。
あと魔法のことしか話さない。彼女が興味を抱くのは魔法に関する話だけであり、それ以外の話にはまるで乗ってこない。よくも悪くも魔法使いである。
言ってみれば『変人』である、というのが生徒たちの認識だった。魔法に関しては優秀、だが、それ以外はずぼら。
そして致命的なのは、彼女は遅刻の常習だということだ。思い出してもらいたい。彼女の担当する選択授業は四時間目。つまり、ほぼお昼前、最後の授業なのだ。
この日も、彼女はほぼ遅刻寸前に教室へとやってきた。
俺とベルさんは、アーリィーの護衛を担当する立場上、教室に入ってくる者全員に魔力を通した目で見ることにしている。何かおかしな魔力反応はないか、発動している魔法具や危険物――例えば魔力起爆式の爆発物などがないか確認していた。
当然、一番最後にやってきたユナ教官も、そうした魔力眼で見たわけだが……。俺とベルさんは同時に絶句した。
「間に合いました。では、授業を始めます」
何食わぬ顔で教卓へとカバンを置き、教本を出すユナ教官だが、本来あるはずのものがなかった。
服を着ていなかったのだ。外套も兼ねる魔術師ローブを脱ぐのはいつもどおりだが、その下のドレスがない。大事な部分を申し訳程度の下着が覆っている以外は何も……。
「なんて格好だ……」
「どうしたの、ジン?」
アーリィーが怪訝そうに言った。おいおい、王子様。あれを見て何も感じないのかい?
「あれって、何を?」
……またまたとぼけて。ねえ、ベルさん?
「ああ、なんであんな平然と授業なんてやってられるんだ……」
「ねえ、二人ともどうしたの?」
アーリィーは首を捻っている。そういえば他の生徒たちも、まるで騒ぐ様子もないな。
「なあ、アーリィー、ひとつ聞くけど、今日のユナ教官の格好どう思う?」
「ん……? ――普通だけど?」
普通、なわけがない。ということは――俺は魔力眼を解除する。すると、確かにユナ教官はいつものドレスを着ていた。でも魔力を通すと、きわどい下着姿。
「ベルさん、擬装魔法だ」
魔力眼で見なければ、別のものに見えるという魔法だ。……先日、露出癖のあるサキリスに、わざわざかけてやった魔法による擬装と同種のものだ。
「なーる、あの先公、魔法で服を着ているように見せているわけだ……。あれ、でもいつもはちゃんと着てるよな?」
「うーん、推測だけど、あの先生、遅刻しそうになったから、服を着ずに学校に来たんじゃないかな? 擬装魔法さえかければ、傍目には着ているように見えるから、誰も突っ込まないし」
「あー、なんか私生活ずぼらそうだもんなあの先公」
ベルさんは頷いた。
しかし……参ったな。魔力眼は、とっさの事態に備えてあまり解除したくないが、それではあの超巨乳教官の下着姿を拝みながらの授業となり……正直、気が散る。集中できない。煩悩が脳裏を侵食していく。悲しいかな男の性よ。
ベルさんは、あれから黙り込んでじっとユナ教官を見つめている。……この猫、ガン見してやがるな、下着のみのあの女先生を。
刺激が強すぎなんだよ……まったく。
・ ・ ・
授業後、生徒たちがランチのために食堂へ赴き、午後のクラブ活動のための腹ごしらえをする。
俺とベルさんとアーリィーも、いつもの食堂へ――行く前に、ユナ教官を捕まえる。
「教官!」
「何かご用? えっと……」
「ジン・トキトモです。つい最近転入したので、直接話したのは初めてかと」
「そう……。そのジン君がわたしに何の用かしら?」
魔術師ローブを羽織っているが、その下は下着のみ。コートだけ身に付けている露出狂じみた状態。考えれば考えるほど、けしからん格好だ。
「確認なんですが……何故、ローブの下は下着なんです?」
「……なんのこと?」
心持ち目元が細くなったような。
「いつものドレスはどうしたんです?」
「おかしなことを言うのね。ちゃんと着ているじゃない」
「擬装魔法」
俺は一言。ユナ教官は特に表情を変えず、しかし明らかに目を逸らした。
「何を言っているのかわからないわね」
「では、解除魔法で解きましょうか? そのほうが早い」
ただし、解除魔法を使ったら、ユナ教官は、ローブの下は下着だけの、ちょっと危ない格好が露わになってしまうが。
「解除魔法が使えるの?」
ユナ教官の目の色が変わった……ような気がする。胡乱げだったものが、どこか興味を持ったような目に。
「ええ、まあ……」
「……その猫はあなたの使い魔?」
教官の目が、俺の足元のベルさんに向く。突然だな、この人。
「まあ、そんなようなものです」
『おい!』
ベルさんの念話での抗議は無視。ユナ教官は視線を戻した。
「ごめんなさい。遅刻寸前だったものだから。まさか擬装魔法を見破る生徒がいるとは思わなかった。次からは気をつけるから、他の教官たちには黙っていてくれないかしら?」
「えぇ、黙っておきます」
別に通報する義務はない。俺が魔力眼を使う際に若干気が散る以外は他に影響はないし。
「それではこれで」
俺は目礼すると、ベルさんとアーリィーと共に昼食を摂りに向かう。
それにしても……デカかったな。あの胸。
・ ・ ・
「あの子……」
ユナ・ヴェンダートは、立ち去る黒髪の生徒と猫、そして王子の背中を見送る。
擬装魔法を見破った上に、解除魔法を取得済みという。
こんな魔法騎士養成学校に、そこまで魔法に長けた生徒がいたというのは驚きだった。
「ジン・トキトモと言ったわね」
覚えておこう、と思うユナ・ヴェンダートだった。




