第70話、復活の魔法車
「ジン・トキトモ! わたくしと再戦なさい! 次こそは裸で引き回しの刑にしてあげるわ!」
堂々とサキリスは俺に言った。
おかしいな……。周囲には服を着ているように擬装してやったけど、サキリス当人はトラウマ確定の裸公開やらかしているのに、何故こうも元気なのか。
普通なら寮の部屋に引きこもるか、家に帰ってしまうような羞恥に苛まれたはずなのだが、次の日もまったく平然と登校した。
顔は紅潮している。だけど怒っている様子ではなく、むしろ昨日より好意的にも見えなくもない。ツンデレ……いや、違うな。何だろう。
精神タフ過ぎやしませんかねこの娘。ベルさんの鑑定では、防御性能が高め――要するに痛みに強い身体を持っているとは聞いているけど。痛みに強い? まさかね……。
アーリィーなどは、ただただドン引きしている。昨日の勝負で、最強の魔法騎士生が、俺の足元にも及ばないのがわかったので、サキリスが再戦を挑んでも、動揺したりはしなかったが……。うん、気持ちはわかる。
昨日の顛末を聞いたベルさんなどは「あー、オイラも見たかったな高慢ちきな娘がマッパで晒し者になるところ」と言っていた。……あんたも相当、鬼畜だよ。
煩わしいので追い払おうとしたら、また例によって俺を面罵する勢いで挑発してきやがった。この女、俺が勝負受けるまで続けるつもりか? 嫌がらせにもほどがあるぞ。
ということで、仕方なく勝負――模擬戦を受けてやることにした。そうしたら、模擬戦やるまでは静かになった。
結果については、昨日と同様だったので省略。
『なあ、ベルさん。俺思うんだけどさ。……サキリスって露出趣味の変態だったりする?』
『ドMなのは間違いなさそうだな』
俺とベルさんの念話会話。
『やっぱ、そう見える?』
『まあ、普通じゃないわな。……王族とか貴族とか、とかく偉い人ってのは、時々凄まじい変態性嗜好を抱えていたりするからなぁ。あの娘も、そうかもしれん』
『ひょっとしてさ、俺が再戦させられたのも、そういう変態的な性嗜好を満たすため?』
つまり、負けて恥をかきたいがために勝負を吹っかけてきた、と。……うん、それが本当なら、ちょっと闇が深過ぎる。
『ま、得てして変態の思考ってのは、常人には理解できないものさ』
ベルさんは処置なしと、ため息をついた。
翌日、サキリスはまたも懲りずに勝負を挑んできた。タフネスとは違った何かを感じる……。
・ ・ ・
青獅子寮の裏庭に、俺とベルさん、そしてアーリィーはいた。
夕焼け空の下、車輪が四つある異形の車――その骨組みがある。
操縦用シートの下にはエンジンに相当する魔石を格納するボックスがある。そこから伸びる魔力伝達線は、ジャイアントスパイダーの糸を束ねて加工したもの。魔力伝達線を通して魔力が伝わることでギアが回転し車輪を回す。ハンドルで方向を、アクセルペダルで前進ないし後進。ブレーキペダルは各車輪に信号を送り、停止させるのに用いる。前進、高速、後退用のギアを変更するシフトレバーもつけた。
初歩的ではあるが、自動車である。魔力動力の車、魔力車だ。まあ、一度作っているから、初めての時よりはスムーズに進んでいる。
本当は壊れた初代を修理するつもりだったが、ここまで新規で製作している。自身の製作スキルが上がっているから、よりパワーアップした車を作るのである。
俺がシートに座り、まずブレーキペダルを踏んだ状態で、シート下の魔石――以前、大空洞で倒したクリスタルドラゴンのそれ――に触れる。俺の魔力を流すことで起動状態、つまりエンジンをスタートさせた状態にする。ほのかに光る魔石。
寮近くに置かれた休憩用のテーブルと椅子、それぞれに座っているベルさんとアーリィーが見守る。
俺はブレーキペダルからそっと足を離し、アクセスペダルを軽く踏んだ。すると外装のないスケルトン魔力車は、ゆっくりと進みだした。途端、アーリィーから感嘆の声が上がる。
「動いた!」
俺はハンドルを右に回す。前輪が右を向いて魔力車が緩やかに右へと曲がり出す。おおっ、とアーリィーたちの声。と、いつの間にか近衛の騎士たちも遠巻きから見ていて驚きの声を発する。
裏庭をぐるぐると回る魔力車。シートから上はむき出しなので速度を出さなくても風が当たり、西に傾く夕日が視界を回る。俺はハンドルを戻し、今度は左へ旋回。またもギャラリーから声が上がる。
裏庭といっても、王族専用のそれは広い。だが馬などに乗るなら表なので、車が走るには手狭である。速度はゆっくりだが、とりあえず問題なさそうだ。ハンドル、アクセルペダルとも問題なし。
アーリィーたちのもとにゆっくり車を向け、近くで止まれるようブレーキを確かめる。低速での停止は問題なかった。あとは加速状態で、どの程度ブレーキが利くのかだな。確かめることは多い。
「凄いね、ジン!」
アーリィーが近寄ってきた。すでに魔法車に慣れているベルさんは、すました顔で見守る。
一方で、近衛隊のギャラリーがさらに増えていた。魔術師らや隊長のオリビア、ビトレーさんや侍女たちまで何事かと裏庭を覗き込んでいる。
「これが魔法で動く車か……。ねえ、ジン。これ、ボクも動かせる?」
アーリィーが興味津々で聞いてきた。ちょっと動かしてみたいと思ったらしい。俺は首を横に振った。
「あー、今は無理だ。エンジンを起動させるのに、魔力を注ぎ込む必要があるからな」
「そう、なんだ……」
あからさまにがっかりするアーリィー。気持ちはわかる。
「でもいずれは、起動キーでエンジンのオンオフを操作できるようにするから、それを実装したら、アーリィーでも運転できるようになるよ」
「ほんと!?」
「もちろん、安全性の検証をいっぱいやって問題なければ、だけど」
「でも、動かせるようになるんだね?」
「ああ」
俺が頷いてやれば嬉しそうにアーリィーは微笑んだ。……ああ、いいな。キュンときた。
「これは大発明ですな!」
「こんな車は見たことがない!」
近衛の騎士たちがやや興奮した調子で言った。そりゃまあ、そうでしょうよ。さて、もうちょっと低速で走らせるか。
「アーリィー、後ろに乗るか?」
「え、いいの?」
「乗る分ならな」
俺が手を伸ばせば、アーリィーもそれに応え、魔力車の、お世辞にも骨組みで立つ場所もギリギリしかないが俺の座るシートの後ろに回った。
「しっかり掴まってろ」
揺れるから。俺はゆっくりとアクセルを踏み、再び車を走らせた。ぶっちゃけノロノロ運転もいいところだけど。
ちなみに、ジンさんは普通免許持ってます。




