第67話、とある令嬢がわけのわからない事を言ってきた件
青獅子寮に戻った俺は、靴を作ると言う話を、執事長のビトレー氏に話した。
エアブーツという魔法具をアーリィーが所望し、俺が作ることになったといい、そのための素材を集めることになったのだが。
「はあ、靴のデザイン、でありますか……」
「ええ、靴のデザインです」
俺は、アーリィーが普段履く靴としてどういう形がいいか、周囲の意見を聞くことにした。一階の休憩スペース、そのテーブル席につく俺。ビトレー氏は執事らしく立ったままである。
「以前、さる令嬢のために作ったときは、優美さを優先させました。冒険者の友人には頑丈さを。俺が今使っているのは、丈夫さと履き心地を優先させているのですが、王子殿下はいかがなものかと」
「……安全性と履き心地は優先していただきたいとは思います。殿下の身に何かあっては困りますゆえ」
「少々無骨であっても構わないですか?」
「殿下が、式典や行事にそのエアブーツなるものをお履きになられるというのでしたら、無骨一辺倒でも少々困ってしまうのですが」
「そこは本人にも確認しないといけませんね」
そう俺が言った時、休憩所に赤毛の近衛騎士オリビアがやってきた。
「ジン殿! お待たせしました。私に相談があるとか……と、ビトレー殿」
頷く執事長。俺がオリビアに席を勧めれた、執事長の脇に控えていた侍女がお茶を用意した。俺はその間に、オリビアにもエアブーツ製作の話を説明する。
「それで問題となるのは、素材のひとつ『グリフォンの羽根』だ」
飛行することもできる魔獣グリフォン。ドラゴンやワイバーンなどと比べると小物だが、身体はそこそこ大きいし、凶暴で危険な魔獣だ。
……ちなみに、DCロッドでの召喚魔獣リストにグリフォンは存在するのだが、これを倒して素材をゲットということは残念ながらできない。魔力で作り出した召喚魔獣は倒しても魔力となって四散するからだ。素材を取れれば希少素材無限増殖なんてこともできたかもしれないけどな。
「ボスケ森林地帯に行けば、グリフォンは狩れるが」
「……さも散歩に行くみたいに言うんですね」
「実際、俺とベルさんなら、散歩に行く感じで行って帰ってこれる」
だが問題は――
「アーリィーが俺の素材集めに同行したいと言っていることなんだ。ダンジョンに行くならダンジョン。ボスケ森林地帯ならボスケの森ってな」
さっとオリビアの顔が青ざめた。ビトレー氏もわずかに眉をひそめる。
「近衛の立場から言えば」
オリビアは緊張を露わにした。
「全力でお止めします。魔獣がいる場所へ殿下が赴くなど……何かあれば国の一大事です!」
うん、知ってた。前も王都内の冒険ギルドへ出かけるくらいで反対していたもんね。
というわけで、俺はアーリィーが出かけられるように働きかける。このまま学校行く以外に寮に閉じこもっているのは将来を考えれば、あまりよろしくないこと。王子の身を守る魔法具や魔法などで二重三重の対策を施すこと。
ついで近衛隊の実戦経験稼ぎと駄目押してやり、何とか正式な許可を得ることに成功した。
もちろん、オリビアにしてもあまり気乗りはしなかったようだが、俺が強固な魔法具による安全対策を講じることで、最終的に同意したのだった。
ボスケ森林地帯に行くに当り、近衛隊は遠征の準備などですぐに動けず、また俺たちに学校もあることから、出かけるのは週末の休養日が充てられることになった。
……さて、その間に、俺も準備をしておくかね。そう大事にはならないとはいえ、アーリィーに何かあったら、という危惧はわからないでもない。俺だって全力で守るが、百パーセントの安全は残念ながら保証できないのだ。そのために、こちらも色々準備しておかなくてならない。
・ ・ ・
サキリス・キャスリング魔法騎士生。
キャスリング伯爵家のご令嬢。我らが三年一組に所属するクラスメイトであるが、家の事情で学校を離れていた。
その彼女が戻ってきたが、当然ながら初顔合わせとなる俺は、彼女のことをまったく知らなかった。
「……で、何だって?」
「模擬戦、ですわ。わたくし、サキリス・キャスリングが貴方に模擬戦を申し込んだのです!」
ウェーブのかかった長く、豪奢な金髪の美少女だった。気の強そうなツリ目に茶色の瞳。女子としては背が高めで、制服の胸あたりが実に窮屈そうな……端的に言えば『巨乳』である。実に女性的なボディラインの持ち主で、美しく、そして伯爵家令嬢と、要素的な見方をするなら、かなり恵まれている。
「で、そのサキリス・キャスリング嬢は、何故俺に模擬戦などを申し込んでいるのかな?」
「第一、貴方がわたくしに対して無礼だから」
貴族には相応の態度をとれ、というやつか。あー、貴族によくあるアレだ。先日ベルさんが廃人化させたナーゲルみたいな、貴族は偉い。平民は黙って従え、みたいな。……油断したなー。このクラスには他にも貴族令嬢はいるが、こうもあからさまな人そうそういなかったから。
「第二、貴方そこそこお強いそうね。そこは個人的な興味ですわ」
サキリス嬢は、高飛車そのものだった。
隣の席にいたアーリィーが止めようとするが――
「殿下、申し訳ありませんが、これはわたくしと、このジン君の間の問題ゆえ、お控えいただけますでしょうか?」
「彼は、ボクの護衛なんだけど――」
言いかけるアーリィーを俺は押し止めた。
「サキリス嬢、無礼はあったのなら謝るが、生憎と模擬戦を受ける理由が俺にはない」
「わたくしにはありますわ」
彼女は腰に手を当てて仁王立ち。
「女に戦いを挑まれて、逃げるんですの? 男のくせに情けない。挑まれた勝負くらい、男なら堂々とお受けになればよろしいのです。……それとも女は殴れないとかいう、甘々ちゃんですの?」
なにこの女。挑発なのはわかっているが、俺もそこまでお優しくないぞ?
「それなら、こういうのはどうです? 勝ったほうが負けたほうに一つだけ何でも命令をできるというもの。あー、もちろん死ねとかそれは除外です。でもそれ以外は、何でもするという」
「何でも?」
「何でも、ですわ」
サキリス嬢は、勝気な表情をまったく崩さず笑みを浮かべた。
「貴方がわたくしに勝てたら、好きにしてくださいませ。その代わり、わたくしが勝ったら、わたくしは貴方をとーっても辱めて差し上げますわ」
ゾクリとするような笑みを浮かべる伯爵令嬢。
「裸にひん剥いて、首輪で繋いで学校一周をさせてやりますわ」
お、おう――これにはさすがに絶句だ。さすが貴族令嬢だ、言うことがえげつねぇ。
「サキリス嬢、さすがにそれは!」
アーリィーが声を荒らげた。だがサキリス嬢は、王子に向き直ると頭を下げた。
「申し訳ありません殿下。ですがこれは貴族令嬢としてのプライドの問題もございます。この件が終われば、王子殿下からの罰を甘んじてお受けいたします。ですので、ここは――」
王子からの罰を受けてもいい、などと言うが、そうまでして俺と模擬戦に固執するのは何故だ? 貴族のプライド? 俺にはちょっと理解できないが、無茶苦茶なところはお高くとまった貴族らしいかも、と思った。
「さあ、どうなのです、ジン・トキトモ!」
「受ける必要はない、ジン」
アーリィーは言った。しかしサキリス嬢も引かない。
「逃げるんですの、ジン・トキトモ。わたくしに言われたい放題されて、なお逃げますの? ……なら、ひとついいことを教えてあげますわ。もし貴方がわたくしに勝っても、家は関係ないゆえ、何をしてもキャスリング家から報復などはありませんわ」
「ん? んん?」
ちょっと理解が追いつかなかった。あくまで個人的な問題だから、俺がもしサキリス嬢に何かしても、伯爵家は手を出したり文句を言わないということか?
「それはつまり、俺が勝ったら、君を辱めたとしても誰も文句を言わないということか?」
「もちろん。あくまでわたくしたち個人の私闘ですわ」
堂々たる胸を張るサキリス嬢。なるほど、ということは。
「君がさっき言った……何だっけ? ああ、そうそう、裸で学校一周なんかも、君が負けたらやるってことで間違いないか?」
一発脅しみたいな言われ方したけど、自分が同じ条件返されてもやるのだろうか? 撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだって言うじゃない?
「それが貴方の勝った時の命令? ええ、構いませんわ。私が負けたら、裸で首輪をつけて学校を一周して差し上げますわ!」
マジか。……何かすげぇ。だってほら、サキリス嬢、性格はよくわからないが外見は非の打ち所のない美少女じゃん。巨乳じゃん。そこで裸とか……エェ……。
『やってやれよ。んでひん剥いちまえ』
ベルさんが魔力念話でそんなことを言った。他人事でいられる立場って楽でいいよな、ほんと。
「わかった。模擬戦、受けてやるよ」
おおっ! と、いつの間にかクラス中の注目を受けていたらしく、クラスメイトたちが声を上げた。
話の通じない相手っているよね……。




