第64話、手と手を繋いで
テディオが帰った後、俺は魔力欠乏と戦いながら、ゆったり魔力の回復を行った。
だが、多量に失った魔力を一度に回復するのは、アーリィーにお願いして魔力吸収をしたいところであるが、時間的回復量を考えると、接吻なども考えないといけない。
だが一回程度では到底足りず、かといって、さすがに数分単位を複数回続けるというのは、ある種苦行である。愛し合う男女ならともかく、友人以上恋人未満には中々ハードルが高い。
とりあえず、何事もないフリをして過ごし、夕食を済ませる。アーリィーは俺が行った魔法具の修理にいたく感動したらしく、ビトレー執事長や、近衛騎士長のオリビアなどにも自分の目にした光景を嬉しそうに話していた。……余計頼めねぇ、この空気。
心から楽しそうに話す彼女を見ていると、少し心が慰められた気がした。
ただ、アーリィーの話した内容はここだけの話にしてほしいと、彼女も含めてビトレー氏やオリビアに頼んだ。皆、他言はしないと約束してくれた。
さて、今日は疲れたから早く寝よう、と思ったのだが……アーリィーが別れ際に、神妙な調子で小声で言った。
「後でボクの部屋に来てほしい」
なんだ、星でも見ようか? それとも以前あった、ベッドでお話ししながら添い寝しようってやつか? まあ、何だかんだ寝る前に、もうキスは無理でも、添い寝でもして魔力回復が図れるのでは、と思い、俺は了承した。
就寝の時間がきて、俺は約束どおり、アーリィーの部屋に向かった。メイドたちはいなかった。扉をノックして彼女の返事を確認すると、自ら扉を開けて中に入る。
中は真っ暗だった。室内の魔石灯は消されていた。窓から差し込む月明かりが、唯一の照明。今日は満月に近く、それだけでも十分に明るかった。
「やあ、ジン。……こっち来て」
アーリィーは寝間着姿でベッドの上に座っていた。ぽんぽん、と叩いて俺にここに来て座るよう促す。
「明かりもつけずに、何をやってるんだい?」
「うん、ちょっと、ね……」
月明かりに浮かぶ彼女の横顔が、いつにも増して艶やかに見えた。魔力の一挙損耗で万全とは言い難い俺の精神状態がなせる業なのか。王族でなければ何も言わずにそっと抱きしめたいと思うほどに。
「考えてたんだ」
そう前置きするアーリィー。
「どうしたら、ボクは君の役に立てるかなって……」
「というと?」
「ジン、君、いま凄く疲れているよね?」
「ああ」
否定しようがないので頷いておく。ベルさんからは少し顔色悪いと、からかい半分で言われてる。
「反乱軍が王都に迫ったとき、君は大魔法で敵を一掃した。……その時みたいに疲れているように見える」
うん、よく見てるな。傍目からは俺がどれだけ魔力を消費したかわからないだろうに、こういうところはよく見ているようだ。
「だからさ、ボクの魔力、もっていっていいよ」
「……アーリィー」
「その、手を握るのでも、き、キスでも……! その、明日も君、魔法を使う機会あるかもだし!」
何だか、わたわたしているお姫様がとても可愛らしく見えた。俺のために、力になろうと親身になってくれている。それが、たまらなく嬉しかった。
「では、お言葉に甘えて、君の魔力を俺に分けてくれ」
・ ・ ・
「……ボクは、中途半端なんだ」
女なのに、王子で。両親からそうするように強制され、本当の自分を隠したまま生きてきた。これからも。
アーリィーは呟くように言った。
ベッドで寝間着を着たまま横たわる彼女。俺もその隣で服を着たまま寝転び、しかしお互いに手を握っている状態。ゆっくり、じっくりと魔力吸収。
俺たちは天井を見上げている。
「だけど、父上はボクのことが嫌いみたいだ……」
すっと、俺の手を強く握り締めるアーリィー。
「ボクが女だから。男の子じゃないから。……きっとその扱いに困ってるんだ。だから中途半端」
王位継承権は第一位。でも女だから、他の女性と婚約しても子供は産めない。つまり後継者ができない。王族にとって、跡取りがいないのは致命的問題だ。
男に生まれていたら。
とっくに婚約者がいて、次期王として着々と準備が進められていたことだろう。だが現実は、後継を作れないことが確定してるが故に、すんなり王になる用意もできない。
現在の王であるアーリィーの父が、彼女の扱いを決めかねているから、こうなっている。アーリィーは不安に苛まれ、しかし自ら何もできずに苦しんでいる。
「ボクが男として生まれていたら……」
こんなことにはならなかった。
「君が男として生まれていたら……」
俺は空いている左手で、アーリィーの頭を撫でた。
「いま俺とこうしていなかっただろうな。いい友人にはなれたかもしれないけど……君が女でよかった」
「……ジン」
すっとアーリィーが顔を下げた。
「ボクが女の子でもいいって言ってくれるのは、君だけだよ」
「もったいないな。アーリィーは美少女なのに……」
「やめて、恥ずかしい……」
「さぞ、モテただろうなぁって思う。あ、いまでも貴族のお嬢様方からモテてるんだっけ」
「意地悪」
小さな笑いが、室内にこだました。
「ほんと、お父様はこれからボクをどうするつもりなんだろう?」
せめて方針というか、どうするのか教えてくれれば少しは不安が和らぐのだけれど。アーリィーが言った。
つまり、国王も決めかねているということだろう。俺は首を捻った。
「父親には聞いてみたのか? そのこと」
「聞けないよ」
アーリィーは拗ねたような声を出した。
「最近は疎遠というか、よそよそしいし。以前その話題を出した時は『考えている』と怒られちゃったから、今は聞くに聞けない感じ」
「そっか……」
探ったほうがいいかもしれない、と俺は思う。アーリィーの身は魔法騎士学校に預けられているとはいえ、不審な事故や影らしきものも見え隠れしているようだし。
あまり考えたくないが、父王と関係があまりよろしくないと言うのなら――もしかしたら彼女を疎ましく思っているのは父王のほうかもしれない。そんなこと、あって欲しくないが。
性別のせいで、親から命を狙われるなんて、不幸すぎる。それもその親から性別について強制されていたうえで、なんて。




