第63話、失われた古代魔法武具生成術
王都冒険者ギルドの談話室に、冒険者ギルド副ギルド長であるダークエルフのラスィアと、エルフの魔法弓使いのヴィスタがいた。
先日のディシス村事件の調書をとっていたのだ。黒き狼型魔獣との戦闘――ヴィスタから話を聞いていたラスィアだが、どうにも違和感を拭えずにいた。
「……投射魔法も、矢すらもかわすほどの俊敏さ。あの獣はそれほどまでに素早いのですか」
「視認距離に入られたら、まずやられると踏んだほうがいいな」
ヴィスタは淡々と答える。
「あの速さでは飛び道具や遠距離からの魔法など意味をなさない。近接戦を挑もうにも、目に捉えて、体が反応できないようなら話にもならない」
「……よく倒せましたね。それも八頭も」
「ジンがいなければ、私もこうしてお茶を飲むことも叶わなかっただろう」
ヴィスタは紅茶の入ったカップを掴むと、そっと口に運んだ。
「周囲への目もあるから、ランクについては仕方ないにしても、彼にはランクを無視した扱いをしたほうがよいと思う」
「ずいぶんとジンさんの肩を持つのですね」
「ああ、彼に頼まれれば、私はどこにでも行くつもりだし、協力も惜しまないよ」
「それほどまでに……」
若干の戸惑いを浮かべつつ、ラスィアも紅茶で唇を湿らせる。
排他的で有名なエルフ。それが冒険者としてここにいるのも珍しいことではあるが、こうも他種族――人間を褒めるというのは極めて稀だ。
――彼はそこまで魅力的なのかしら……?
ギルドで少し話した程度の付き合いであるラスィアには、ジンという人間のことはよくわからない。解体部門のソンブルや、受付担当のトゥルペが彼に友好的なのは知っている。
「ちなみに、ヴィスタさんから見て、ジンさんの冒険者ランクはどれくらいが妥当だと思います」
「Sだな」
ヴィスタの即答に、ラスィアは度肝を抜かれた。ふだん冷静なダークエルフの彼女でさえ、この返事に一瞬言葉を忘れた。
「Sランク、ですか」
うむ、と何故かヴィスタはその薄い胸を張った。表情があまりないといわれる彼女にしては珍しく、とても誇らしげに見えるのは気のせいか。
「いちおう言っておきますが、Sランクってどれほどのものかわかってます?」
ラスィア自身はAランク冒険者であるし、ギルド長のヴォードはこの王都唯一のSランクだ。ジンという少年は、それに匹敵する実力の持ち主だと、ヴィスタは思っているということになる。
――ずいぶんと舐められたものですね。
これには苦笑するしかないラスィアだった。ここまで評価が高いというのはどうにも。
そういえば、ドワーフの名鍛冶師マルテロも、いやに彼にこだわっているような。
反乱軍騒動からミスリル銀不足に見舞われ現状でも改善の兆候が見られないにもかかわらず、マルテロがミスリル銀どうこうで騒がなくなった。例の大空洞のミスリル鉱山発見以来か。その前まではよく愚痴っていたと色々なところから伝え聞いていたが……。
「邪魔するぞ」
談話室の扉が開く。噂をすればというやつか、そのマルテロが顔を覗かせた。
「なんじゃい、エルフの小娘も一緒か」
「ふん、私に何か用か?」
「いーや。用があるのはダークエルフの副ギルド長のほうじゃ」
「わたくしですか?」
マルテロは談話室に入ってくると、適当に椅子を引っ張り座った。
「どこに住んでおるのか、いつも聞き出すのを忘れてしまってのぅ……」
「はい?」
ラスィアは目を丸くする。しわくちゃドワーフから、家の場所を聞かれる……これはどういう意味なのか。
「なんだ、年甲斐もなく、闇エルフの女に逢瀬を期待しているのか?」
珍しくヴィスタが意地悪く言った。馬鹿言え、とドワーフは一顧だにしない。
「違う違う。わしが聞きたいのは、ジンの居場所じゃ。奴に依頼があるが、いまどこに住んでいるのか知らんからのう」
「マスタースミスである貴方がわざわざ出向くのですか?」
そっちのほうが驚きだ、とラスィアは思った。
「で、どうなんじゃ? ギルドのほうで知っておるか?」
「ジン・トキトモがどこに住んでいるか、一応把握はしていますが」
冒険者といっても、全員の所在を把握しているわけではない。
家がある者もいれば、宿に住んでいたり下宿している者もいる。日によって転々とする者もいるし、どこに住んでいるのか明かしたがらない者もいる。
「歯に物が詰まったような言い方じゃのう。口止めでもされておるのか?」
「そういうわけでは。……いま彼は、アクティス魔法騎士学校の寮に住んでいます」
「は?」
驚いたのはヴィスタだった。そしてマルテロも眉をひそめる。
「あやつは学生じゃったのか?」
「いえ、学校に住み込むようになったのはつい最近です。何でも、アーリィー王子殿下の要請があったとか」
「王子の要請……?」
ヴィスタとマルテロは期せずして顔を見合わせることになる。
「いったいどういう経緯で?」
「そこまでは存じておりませんが。……ただ、王子殿下の覚えもめでたく、大変評価されているようですね」
「見る目はあるようじゃな、その王子も」
やれやれ、とマルテロは、そのもっさり髭を撫でつける。
場に沈黙が下りる。ダークエルフ、エルフ、そしてドワーフ。三種族が揃い踏み、しかし空気は重い。
「そういえばお前さん」
マルテロがヴィスタを見やる。
「以前、わしのもとに仕事を依頼しに来たか? あれはもうよいのか?」
「ミスリルが手に入ったら話を聞いてやる、と言ったあれか。……ああ、問題ない。すでに解決した」
「ほう。ミスリルが必要な代物とお前さんに聞いた記憶があるが……直ったのか」
そうかそうか、と何か、すっきりしないような頷き方をされた。ちなみに――とマルテロは横目で見る。
「どんな武器だったんじゃ? エルフのお前さんが、エルフの作った武器ではないものを修理に持ってきたようじゃったが」
「気になるのか」
何故か、ヴィスタは自慢げになる。別に、とそっぽを向くドワーフ。ヴィスタは収納魔法のかけられた魔法具から、魔法弓ギル・ク改を取り出す。その得物を見たマルテロは「ほぅ」と感心の声を上げた。
「優美さはエルフが好みそうじゃが、ちと違うのぅ。魔法弓というやつか。魔石……いやオーブが三つ? しかも全部属性が違う……このカラクリは、なるほど、確かにこれはエルフの作った武器ではなさそうじゃ。興味深い」
確かに、と素人目ながらラスィアも、マルテロの見立てに同意する。エルフは優美さを優先するきらいがあり、無骨な仕掛けやカラクリはあまり好まない傾向にある。
触りたそうに手が伸びかけたが、ヴィスタの視線に気づき、マルテロは手を引っ込める。
「で、どこが壊れておったんじゃ?」
その問いに、ヴィスタは答えた。魔獣によって傷つけられたヒビを、ミスリルによって合わせ、そのうえで新たな魔法文字を刻んだ――
「ちょ、ちょっと待て。ヒビの入った部位を交換したのではないのか?」
マルテロは血相を変えた。その変化にヴィスタもラスィアも驚くが、マルテロはそれに構わず、ギル・クを間近で、ほとんど密着する勢いで見た。
「わしに嘘をついておらんよなエルフの娘よ? 傷跡もまるで残っていない。修繕した跡も見当たらん。交換したのでなければ……交換したのでなければ――!」
「交換したのでなければ、なんだ?」
「お前さんの話が全部本当だったとすると、わしは今とんでもないモノを目にしたことになる。……いいか? この弓の、魔法金属の修繕に使われたのは、はるかな昔、古代文明時代の技術じゃ。現代では、その製法も術もわからない金属加工術じゃ――!」
え――ラスィアは呆然となった。
古代文明。かつてこの世界に存在したという文明。今より優れた魔法や機械と呼ばれる技術を持った大文明は、世界を炎に包む大災厄で滅びたとされる。同時にその技術の多くは失われ、現代でも発掘や調査が行われているが解析不能のものが多いことで知られる。
魔法鍛冶のマスターであるマルテロにさえ、わからないと言わせる金属加工ならびに修繕技術。その技術が施されたモノが目の前にあると言う。
これは歴史的発見ではないか? というより、その修理を行った者は、古代文明の技術を有していることになる。
マルテロは、じっとヴィスタを睨むような目で言った。
「誰じゃ、これを修理した魔法鍛冶師は?」
なお、鉱物を魔法でインゴット化するのは、現代の魔法鍛冶師でもやる人がいるので、その世界では希少ではあるが珍しくはない。




