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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第62話、魔法剣の再生


「ジン・トキトモめ……! 絶対に許さん!」


 ナーゲルは寮へと戻る道すがら、怒りが収まらなかった。取り巻きの二人は、そんなナーゲルに従いながら顔を見合わせる。


「僕は伯爵家の長男だぞ! 父上から爵位を受け継げば伯爵だぞ! こんなことが許されるものか!」

「そうですとも! ナーゲル様!」

「あのジンとかいう奴、伯爵の後継たるナーゲル様を愚弄するなど許せません!」


取り巻きたちがご機嫌取りに走る。


「ナーゲル様、もしよければジンのことを調べましょうか?」

「ついでに奴に嫌がらせを……」


 絶対、絶対に報復してやる――ナーゲルが息巻いたその時だった。


『お前たちはまるで反省していないんだな……』


 どこからか聞こえた男性的な声。


「な、なんだ、今の?」


 周りには他に誰もいない。にもかかわらず声は、はっきり聞こえた。


「誰だ!?」

『お前らにオレたちの平穏を潰されるわけにはいかんのよなぁ……。まあ、お前らが悪いんだぞ、オレにこんなことをさせるから』


 その瞬間、ナーゲルら三人の影が蠢いた。夕焼け空――それが彼らの見た最後の景色だった。



  ・  ・  ・



 夕焼け空の下、俺たちは王族専用寮である青獅子寮に戻った。


 テディオの所有する魔法具――ヒビの入った魔法剣『フリーレントレーネ』の修復。そのために、俺の私室の隣の部屋、通称『工房』へと入る。


 カーテンは開けられていて、窓からはオレンジに染まった空と寮まわりの林が見えた。

 自由に使っていいということだったのだが、実はまだ手を加えていない。それどころか物も置いていないために、元から用意されていた机と椅子しかない。

 ただ部屋の中は綺麗に清掃されていた。掃除担当のメイドさんが毎日、部屋を綺麗にしていたからだ。掃除していいですか、というメイドさんに俺も二つ返事で了承していた。


「……何もないね」


 アーリィーが何ともいえない顔をしていた。魔法使いの魔法工房だから、きっと何か得たいのしれない素材がぶら下げられたり、フラスコや実験器具でも置いてあると思ったのかもしれない。


「まだ使ってなかっただけだ」


 追々手を加えていく予定だったんだ、と俺は答えておく。若干言い訳じみていたかも知れないが、まあ本当のことだ。

 椅子がひとつしかない、と気づいた時、アーリィーがポンポンと手を叩くと、部屋の外からメイドが現れた。椅子を持ってくるように、と慣れた様子で言えば、メイドは「かしこまりました」と頭を下げて、その場を離れた。

 待つ必要はないので、俺は机にテディオの剣を置く。ストレージから眼鏡型魔法具を取ると、それをつけて、じっくりと得物を観察する。


「眼鏡……?」


 アーリィーが小首をかしげたので、俺は魔法剣に注目したまま答えた。


「魔法具だよ」


 レンズ部分が青白い光をほのかに放っている。眼鏡型ではあるが、レンズを回すように調整することで拡大、魔力的スキャニング、熱分布、魔力量測定など、さまざまな機能を持つ。

 なお、人には言わないが透視機能もついている。用法については箱の中身を開けずに確認したりが主だが、その他についてはお察しください。


 さて、魔法剣である。フリーレントレーネ。扱いとしては片手用の剣、長さはショートソードよりやや小さめ。刀身はミスリル銀で表面は薄い水色。属性は『氷』。柄に小さな魔石が設えられているがこちらは水属性。魔力を込めれば水を出すことができ、おそらくこれを利用して、氷に変えて攻撃したりすることができるのだろう。


 ヒビは、刀身のほぼ中央部分に放射状に広がっている。約八センチほどの傷だが、表面だけでなく、中にも亀裂が入っているので、ヒビの部分に強い打撃が加わればそこから折れてしまうだろう。現状、打ち合いもできない、完全に廃棄寸前の品である。


「どうにかできそうかい?」


 テディオが恐る恐る聞いてきた。ふむ――俺は眼鏡をかけたまま、腕を組んで椅子にもたれる。


 そこへメイドさんが戻ってきた。やってきたのは三人。アーリィーとテディオ用に椅子をひとつずつ。残る一人は、お菓子とお茶を机に置いた。……気が利いてるね。王子付きメイドさんは美人、美少女揃いだ。


 テディオの魔法剣を直す。爺ちゃんの形見と聞いたら、お節介性分な俺としても何とかしてやりたいのだが……。


 この際、はっきり言えば、修復は可能だ。現実に修復しようとするのは不可能だろうが、俺の想像魔法による合成系統の魔法で解決できる。


 ただ……消費魔力がでか過ぎる。これが頭の痛い問題。

 先日、エルフのヴィスタが持つ魔法弓ギル・クを修復した。やること自体は、一見するとあれと同じ。だがギル・クは一から俺が素材を集めてこしらえた品。ミスリルにしてもどのレベルのものかわかっていた。


 対してテディオの剣は素材からして俺は何の関わり合いもない。傷口に合わせて埋め、元に戻すとなると、どれだけ難しい調整を強いられることになるか……。


「ジン?」


 アーリィーが、俺が黙り込んでいるのを見かねて声をかけてくる。


「無理そう……?」


 ごめん、アーリィー。正直、疲れるからやりたくないって言ってもいい? 

 できなくはない。だがその代償も小さくない。魔力欠乏で、一日二日、頭痛やら吐き気やらに苦しめられるのは御免だ。そういう時に飲むマジックポーションはマズ過ぎて、マジで吐きそうになるからな。アーリィーの護衛もあるから、そう寝てるわけにもいかないし。


「ジン君、ありがとう。もういいよ」


 テディオがそんなことを言った。


「やっぱり無理なんだ。……剣が折れたりヒビが入ったら使えないなんて常識だし。ごめん、僕のために何とかしてくれようとしてくれて……」


 彼は笑った。泣きそうな顔で。我慢して、無理して笑った。……ああ、もう。俺は大きくため息をついた。


「修理できないとは言ってない」


 俺は、ストレージからミスリルインゴットをひとつ取り出す。大空洞の例の鉱山から採れたものだ。……マルテロおやじの分だけでなく、ちゃんとこっちの分も確保している。


「合成」


 魔法剣フリーレントレーネを中心に机の上に青い魔法陣が展開される。部屋が暗転し、魔法陣の青い光のみが光源と変わる。アーリィーとテディオは、突然の光景に驚き、絶句する。


 多量の魔力を注ぎ込めば、魔法陣が赤く輝く。ミスリルインゴットから適量が分離し、ヒビの入った魔法剣、その亀裂部分にパテで埋めるように入り込む。


 さて、難しいのはここから。現状ヒビを埋めただけで、これでは強度は何も変わらず、強い衝撃で壊れやすいままだ。埋めたミスリルと元の剣に使われたミスリルを結合させなければならない。それも、くっつけるのではなく、元から一つのものであったように作り変えなければならない。


 数分間の魔力投入。頭がくらくらしてきやがった。意識を保て、集中だ。


 俺個人としては時間の感覚がなくなるほど没頭した末、赤だった魔法陣は緑に輝いた。やがて光は消え、光源は元の窓の外からの夕日のみになる。


「……終わったぞ」 


 俺は、フリーレントレーネをテディオに指し示すと、肘をついてこめかみ部分を押さえ、軽い頭痛に対処する。普通なら治癒魔法で緩和できるのだが、魔力消費している時に魔法を使えば症状を悪化させるだけである。


「凄い……! 直ってる!」


 テディオが興奮した。アーリィーもまた、目の前で起きた奇跡的な魔法に驚きながらも、テディオの喜びにつられて顔をほころばせている。


「ジン君、ありがとうっ! 本当に直してしまうなんて、君は凄い人だ!」

「ああ、ありがとう……まあ、よかったな。爺さんに感謝しろよ」


 嬉しいのはわかるが、俺のことは放っておいてほしい気分。


「凄いよ、ジン! こんなの見たことがない! ……って、ジン?」


 アーリィーが俺の異変に気づいたようだった。俺は口もとを笑みの形に歪める。


「ちょっと疲れただけだよ。……テディオ、もうすぐ日が暮れる。寮に戻れ」

「あ、そうだね。戻るよ。ジン君、今日のことは忘れないよ。このお礼は必ず」

「お、おう。忘れていいぞ……」


 ペコリとお辞儀してから剣を大事そうに持って退出するテディオ。アーリィーは、俺の顔を覗き込むように近づいた。


「ジン、具合が悪いの?」

「ちょっとな……」


 魔力を使い過ぎた。思ったほど酷くはなく、最悪ではないのが幸いか。ただ、しんどいのは間違いない。

 でもね、時にはやせ我慢も必要なんだ。

誰だって現実逃避したくなる時あるよね……。

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