第61話、学校でよくあること
アーリィーは俺に惚れている。
異世界に飛ばされる前だったら、なに自意識過剰なこと言ってるんだと思うところではあるが、この世界で異性とお付き合いする機会が何度もあって、まんざら間違いでもないというのは今ではわかっている。
思い返せば、フラグは立ってる。恋愛を自覚できるなら、好きになっていてもおかしくはないことをいくつかやっている。
絶体絶命の彼女を助け、不可能を可能にした。端的に言えば王都の危機を救った。そして彼女の秘密を知りながらも、特に態度を変えずに付き合ってくれる存在。
……うん。
翌日、俺たちは寮を出て学校へ通う。
普通に授業を受けて、隣の席のアーリィーのお喋りに付き合う。俺は建前は王子様の警備官であるわけだから、近衛が入ってこれない授業中はアーリィーのそばにいる。教室を移動したりした後は、彼女の机に何か細工がされていないかいち早く確認し、不審物の有無を確かめる。
アニメなんかで、花の活けた花瓶なんかに爆弾が、なんてのを見たことがあるから、あってもおかしくないものだとしても、注意は必要だ。
まあ、念のため、学校に登校する前に、アーリィーには対物理・魔法用の防御魔法をかけているが。もっとも、効果時間があるからある程度かけ直す必要はある。
先日のデュシス村の獣のように、気づいた時にはやられていた、なんてこともあるから油断は禁物だ。この世界では銃を見かけたことがないが、魔法弓とか魔法による遠距離狙撃だって不可能ではない。
数日が過ぎ、学校生活に慣れると俺はクラスメイトたちと話すようになっていた。まあ、基本アーリィー目当てだとは思うが、俺に対しても適度に話題を振ってくれる。貴族の娘たちでも話の分かる者もいるということだな。
そんなある日、授業が終わり、寮へ帰ろうとしていた俺は、とある光景を目撃した。
学校ではよく聞く話。……つまり、いじめだ。
アクティス魔法騎士学校は、貴族や騎士の子以外に、魔法に適性を見い出された平民の子も通っている。
そして少し考えれば想像がつくが、身分差があれば当然差別が生まれ、衝突やいじめなどが起きるのも必然だった。
今回のそれも、平民生と貴族生だった。ただし1対3。平民ひとり、貴族生ひとり、その取り巻き二人である。
「生意気なんだよ、平民のくせにさぁ!」
青髪の貴族生――名前は確か、ナーゲルだったか。伯爵家の長男で、何かと言えば嫌味たらしい印象の少年だ。
取り巻き二人が押さえ込んでいるのは、テディオ。茶色い髪にパッとしない顔立ちの少年。俺は直接話したことはないが、気の弱そうな印象がある。ただ魔法に関しての成績はよいと聞いている。何でも、弱いながら攻撃、補助、回復の三系統に素養が見られるらしい。
大方、才能に嫉妬したナーゲルが、平民生のテディオを粛清している、と言ったところだろう。
何とも面白くない場面に遭遇してしまった。
「や、やめてくれっ!」
「見てろよ。平民ごときの魔法具なんて、僕のマジックブレイカーで……」
ナーゲルが手にしたナイフの切っ先を、地面に置いた片手剣に当てる。テディオが「やめろ!」と叫ぶ中、ナイフが赤く輝くと、片手剣にビシリと亀裂が入る。
マジックブレイカーと言ったか。おそらく、その魔法具の力だろうが……おいおい、さすがに度を越してるだろう。
俺は騒動のもとへ足を向けながら右手を突き出す。魔力による手を伸ばし、ナーゲルの手から魔法具のナイフをもぎ取り、弾き飛ばす!
「うぉっ!?」
突然、手からナイフが弾き飛び、ナーゲルが悲鳴を上げた。テディオを押さえつけていた取り巻き二人も、何事かと目を丸くする。
「感心しないな。弱い者いじめってやつは」
俺は距離を詰める。
「俺も混ぜてくれよ」
「……な、お前は!」
ナーゲルがばつの悪い顔になる。
「なんだよ、お前には関係ないだろ? 失せろ下郎!」
下郎、だとこのガキ……。三十路のお兄さんプチ切れ。
「ああ、関係のない話だ。だがさすがに暴力の場面を見過ごすことはできん」
「王子殿下の付き人とはいえ、下郎のくせに、伯爵家長男たる僕に意見する気か? 身の程をわきまえろ!」
「わきまえるのはお前だ。伯爵なのはお前の親父殿であって、お前はまだ爵位をついでないだろうが!」
「な、な……」
面と向かって怒鳴られ、ナーゲルは目を瞬かせながら、口をぱくぱくとさせる。だがすぐに顔は真っ赤になり、怒りに震えた。
「お、お前、よくも僕に向かってそんな無礼で、暴言を!」
肩を怒らせ、つかつかと歩み寄ってくる。
「ジンだったな。父上にお前のことを報告させてもらう! いくら王子殿下の配下だろうと、下郎が貴族に暴言を吐くなど、万死に値する! 八つ裂きにしてやる。お前の家族全員処刑してやるっ!」
「おう、いまなんて言った?」
ああ、まったく話の通じないタイプだ、こいつ。貴族であれば何をやっても許されると勘違いしているガキだ。将来、きっと悪政を敷くようなダメな貴族だ。
俺は魔力の手を伸ばした。見えない腕が、貴族のボンボンの首根っこを掴む。そして締め上げる。
「……! ……ぁ……!」
首を絞められ、ナーゲルは、その見えない手を振りほどこうともがく。だが当然ながら魔力の手に触れることなどできず、無駄な抵抗だった。
「どうした? 首がどうかしたかね、ナーゲル君」
俺はわざとらしく、手を挙げ何もしていないアピールをする。
「さあ、もう一度言ってくれないか? 誰の家族を処刑するって?」
「――っ! ……!!」
「あぁ、聞こえない。どうやら君の貴族らしからぬ暴言に神は怒っていらっしゃるらしい。このままでは君に天罰が下るかもしれないなぁ。……どうする? 親父殿に神様を処刑するようにお願いするか?」
真っ赤だったナーゲルの顔が息苦しさで、逆に青ざめていく。締め上げる力を少し強くすれば、はたして首の骨が折れるのが先か、窒息するのが先か……。
「どうだろう? まだ処刑云々とか言うかね? 君が心を入れ替えるなら、俺が神に祈ってあげよう。どうか、ナーゲル君を助けてくださいって。……ああ、もう時間がないな。もうすぐナーゲル君は死んでしまう!」
「ナーゲル様!」
取り巻き二人が、慌ててナーゲルのもとに駆け付ける。だが無駄だ。何もできない。
「何をやってるんだ!」
新たな声――見ればアーリィーがこちらへ駆けてくる。どうやらこちらの尋常ではない様子に気づいたらしい。
俺は魔力の手を緩めた。ナーゲルは窒息、ないし絞殺の危機を脱し、その場にひざまずいて呼吸を繰り返す。取り巻き生徒の二人がそんなナーゲルを心配すれば、当の本人は俺に恨みがましい目を向けると、無言で去って行った。
「ジン……これはいったい……?」
駆けつけたアーリィー。俺は、地面に落ちていた片手剣を拾うと、膝をついているテディオのもとへと歩み寄った。
「お前の魔法具か?」
コクリ、と頷くテディオ。その目には涙が浮かび、悔しげに顔をゆがめた。
「うちの爺ちゃんの形見なんだ。……僕が魔法騎士学校に入ることになって、家族みんなで送り出してくれて……爺ちゃんみたいな、魔法戦士にって……うぅ」
やめて、爺ちゃんとか言うの……。俺は何とも言えない気分になる。俺も爺ちゃんっ子だったから、そういうのに弱いんだ。
ヒビの入った魔法具、いや魔法剣。普通は剣に亀裂が入ってしまったら、完全な修復は不可能だ。打ち直しするにしても、以前のようには戻らず質も落ちてしまう。
始末が悪いのはこれが、魔法金属でできているということだ。そもそも素材からして高級品。おいそれと替えが利くものでもない。……とはいえ、手がないわけではない。
「この剣、直そうか、テディオ?」
「へ?」
テディオは一瞬何を言われたかわからなくて間の抜けた顔になる。アーリィーもまた驚いた。
「直すって……その魔法具を?」
「まあ、できると思う。……って、あれ? ベルさんは?」
黒猫の姿は、どこにもなかった。
花と花瓶に爆弾……う、チャドさん(オールフェーンズ)




