第57話、狼退治のプロ
デュシス村の獣――狼に似た魔獣に村人が襲われ、危機的状況にあるという話を聞かされた俺。
どうしてその話を俺にしたのか、というラスィアさんへの疑問。談話室入り口近くの壁にもたれていたエルフのヴィスタが、静かに目を開けた。
「魔獣退治を依頼を受けたのは私なんだ、ジン。どうやら先日のクリスタルドラゴン討伐を評価されたらしい」
「クリスタルドラゴンじゃと?」
マルテロ氏が目を丸くした。Aランク魔獣相当の水晶竜を大空洞ダンジョンで倒したのは俺の記憶にも新しい。その際、ヴィスタと素材で得る報酬を半分ずつとしたが、実際に素材を売るのはヴィスタに任せた。
二人別々に売りに行くのも面倒だから、一人が代表して売りに行っただけであるが。……どうやら、それでヴィスタがギルドに目を付けられたらしい。水晶竜を倒したドラゴンスレイヤー。
「それで、私に依頼が回ってきたわけだが、それで条件を出したんだ。パートナーとしてジン・トキトモを同行させてほしい、というものだ」
「ソロであるヴィスタさんから、パートナー指名というのも驚きですが」
ラスィアさんが言った。
「話を聞くと、その人選には頷けるところがありまして。第一に、ジンさんは狼狩りのプロである」
そうなのか? マルテロ氏とアーリィーが視線を寄越す。俺のギルドでの依頼戦績を見ればグレイウルフ討伐の多さが特徴として出ているだろう。……いつの間にか、狼狩りのプロなんて思われているらしい。
「第二に、今回のデュシス村に行っていただくに当たって速度も重要ですが、聞けばジンさん、あなたはとても速い馬車をお持ちとか……」
ヴィスタを乗せて大空洞まで走った馬車、もといマンティコア車。俺は思わず額に手を当てた。外堀から埋められている気分だ。逃げ道がなくなっていく……。
「救援物資を運ぶ手間を考えると、少しでも運べれば一石二鳥。第三に、ワイバーンを退治できて、さらにクリスタルドラゴン討伐でも活躍されたジンさんなら、今回の獣相手にも後れはとらないでしょう」
クリスタルドラゴンを討伐したぁ? ――マルテロ氏、顔が怖い。そんな目で見ないで。
「事は急を要します」
ラスィアさんは頭を下げた。
「どうか、デュシス村まで行ってもらえないでしょうか」
「……」
何もなければ「行きましょう」と即答する事案である。が、いま俺は――
「ジン、行くべきだよ」
アーリィーが言った。
「助けを求めている人たちがいる。いまこの瞬間にも危機に陥っている人が。本当ならボクが――」
しっ、と俺は彼女の口もとに、人差し指を当てて黙らせる。変装中です、ボクなんて言わないでくれませんか、王子様。
仮に王国軍のご出陣を願うような事態になったとしても、今から編成していつ救援に行けるかを考えれば、当てにするだけ無駄である。俺が行くしかないな、うん。
とりあえず、俺が抱えている諸問題を解決する必要がある。
「マルテロ氏、あなたも急ぎの仕事を抱えているようなので、ポータルとゴーレムをお貸しします。護衛にはベルさんをつけます」
「お、おう、いいのか?」
「どの道、俺は行っても、現地で寝て過ごすつもりでしたし」
明日学校があるからね、俺。ベルさんが顔を上げた。
「悪いがベルさん、頼むよ」
「あー、しゃあねえな」
黒猫は足で自身の毛を払う仕草をとった。
「オイラがいないってことは、とっさに助けてやれないぞ?」
「そこまで俺は弱くないぞ? 当てにしてる」
「任された」
さすが相棒、頼りになるね。さて、次はアーリィーだ。
「君は寮に戻れ。さすがに夕食の時間オーバーするのは間違いないからな。……一緒に行きたいと言ってくれるなよ? 言っても連れていかないからね」
「……う、うん。わかった」
俺が真剣なのをわかってくれたか、彼女は頷いた。最後に、ラスィアさんへと向き直る。
「では、デュシス村への救援、お引き受けします。ちなみに依頼という形ということは、報酬ももらえるということでよろしいか?」
これでも冒険者だからね。もらえるものはもらうのだ。
・ ・ ・
冒険者ギルドの裏手に、デュシス村への救援物資が用意されていた。ざっと見たところ馬車数台分はある。
どれだけ運べるか、と聞かれたので、全部運んでやると答えた。俺の馬車に全部は積めないが、そもそも俺にはストレージがある。
ヴィスタには先に、王都の外で待ってもらうことにして別れた。
次に、ひと気のない場所へ移動し、俺はマルテロ氏を大空洞のミスリル鉱山へ送り込むべくポータルを使った。
現地につくと、魔石をコアにゴーレムを魔法で構築。マルテロ氏の監督のもと、ゴーレムたちが採掘活動を開始。ベルさんが護衛に残る。ちなみに、アーリィーもその場に連れてきている。
少しでも目を離した隙に何かあっては困るし、彼女はポータルを使うところを以前目撃しているから今さら見せても構わない。
ダンジョン内の鉱山という、初めて見る光景にアーリィーは驚いていた。今日のところは珍しいモノを見た、という思い出を胸に満足してもらおう。
ポータル経由で俺とアーリィーは王都に戻り、魔法騎士学校の青獅子寮へと帰る。……今度は寮内にもポータルを置いておこうと思う。これなら抜け出した後、戻るのも簡単になるからだ。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね、ジン」
まるで出征する恋人を見送るようなアーリィーの視線。何だか大げさに感じたが、ちょっと気恥ずかしくなって頷きだけ返すと俺は寮を出た。魔法騎士学校の外出許可をとるのも面倒なので、抜け出した時同様、密かに校外へ。
空はすっかり暗くなり間もなく夜となる。まだ夜に開く店もあるから表通りを避けて、裏通りをエアブーツで駆け抜ける。閑散とした道だが暗い。急な飛び出しでぶつかって怪我するのも馬鹿らしいので、壁を蹴って民家の屋根へ。
そこから薄暗い中を手早く抜け、王都外壁東口へ。閉門時間の寸前に門に到着。冒険者ギルドの依頼で王都外に出ることを門番たちに告げれば、門を閉めるから朝の開門までは戻って来れないぞと念を押された。
やがて、門が閉まる中、俺は東口外で待っていたヴィスタと合流した。少し歩いて王都から距離をとった頃には、星明りが瞬く夜空が頭上に広がっていた。
ヴィスタが口を開いた。
「綺麗なものだ。……そろそろ、乗り物を出してもいいんじゃないか、ジン?」
そうだな、と俺はDCロッドを取り出す。ヴィスタは眉をひそめた。
「ジン?」
「車は出さないぞ」
夜中に高速で走らせる? 舗装された道路もないのに? 平原が広がっているとはいえ、地面はでこぼこしているし、どこに穴があるかわかったものではない。
街道にしても、所によっては路面状況が悪い。視界のよい昼間ならともかく夜は危ない。俺が想定する魔法車ならブレーキ対応で何とかなるかもだが、馬車などの牽引型は速度を出せば出すほど急には止まれず危険だ。
「さっき王都を走ったときに気づいた」
「言われて見れば確かに。それならば、出発を早朝にしておけばよかったということか?」
「急ぎの案件ってことで、ちょっと考えればわかることを見落としていた」
俺ひとりなら、ベルさんに乗って飛んでいくのだが。以前デュシス村に行ったことがあるが、その時も空からだった。
「だから、俺たちも空を飛ぶ」
DCロッドで、魔獣を生成する。杖のもとであるダンジョンコアは、一度覚えた魔獣は魔力を消費することで作り出すことができる。
俺が選んだのは、空を飛ぶ魔獣、グリフォンだった。




