第55話、シンデレラの魔法
アクティス魔法騎士学校の生徒になった俺ではあるが、初日派手にやったせいか、ある程度のクラスメイトから一目置かれたようだった。
アーリィーに対する挨拶は、いつものことながら、俺やベルさんに声をかける生徒が増えた。女子人気ではベルさんはアーリィー並みだったりする。歳若い娘たちから撫でられ、いい歳のベルさんはご機嫌だった。
「本当の年齢教えてやれよ、ベルさん」
「やだよ、化け猫呼ばわりされちまう」
仮の姿のひとつである黒猫姿で、人生エンジョイしているらしい。まあ、ベルさんが化け猫なのは俺が知ってるよ、うん。
とはいえ、完全に受け入れられたわけではなく、一部の生徒――はっきり言えば貴族生たちが陰口じみた言葉を叩いているのを聞いた。王子殿下の前だから堂々と言わないみたいだが。言ったら遠まわしに王子を批判していることに繋がるから、言いたくても言えないんだろうけど。
さて昼食の後、アーリィーに今日はどうすると聞かれたので、俺は冒険者ギルドに顔を出すと答えた。
最後に顔を出したのは三日前。わずか三日、されど三日である。
「え、ボクも行きたい!」
アーリィーが冒険者ギルドへ同行したいと言った。えっと、王子様が出るのは近衛に相談しないと駄目じゃなかろうか。王族なのだから外に出るのも黙ってとはいかないだろう。いや、俺がちょっと魔法使えば抜け出せなくもないが、後で絶対面倒になるからできればお断りしたい。
王族専用の青獅子寮に戻って、ビトレー執事長、オリビア近衛騎士長に相談したところ。
「公式行事ではない外出はお控えください」
「……」
うん、知ってた。俺は肩をすくめ、アーリィーは不満げに頬を膨らませた。
「膨れても駄目です、殿下」
オリビアが困惑しながらなだめる。
「貴方様のお命を狙う輩のこともございます。王都に出られるなら、こちらも万全の警備体制をとらないと――」
「まあ、お忍びなら、いいのではありませんかな?」
年配の執事長は、すっ呆けた調子で言った。その発言には、オリビアだけでなくアーリィー自身も驚いた。
「もちろん、外見で悟られない擬装は必要ですが……。冒険者ギルドに行くだけですし、ジン様がお守りしていただけるなら、それほど危険はないと思いますが」
「ビトレー殿、そう簡単におっしゃらないでください。何かあれば我らの首が飛びますぞ」
確かに。王子を守る近衛がその役割を果たせないようでは責任問題。事と次第によっては死刑もありうる。次期国王である王子というのは、それほど重要な存在である。
「今回は諦めなよアーリィー」
わからないアーリィーでもないだろうが……。
「近衛にも手続きってものがある。まあ、俺もどうしても今日いかなきゃ駄目ってわけじゃないしな」
オリビアはホッとしていた。一方でアーリィーは不満そうだ。よしよし――
「また今度、出かけようか。近衛だってちゃんと準備できていれば問題ないわけだし」
「今度……」
ちら、と乙女な王子様は、近衛隊隊長へ視線をやる。「え。ええ……」と要領を得ないような返事をするオリビア。面と向かって同意はできないが、王子の意向とあれば已むを得ない、といったところか。
「わかった。絶対だよ」
何だか、幼子と遊園地へ行く約束をする親みたいだな俺。というかアーリィーが、ちょっと子供っぽ過ぎるんじゃないか。王子様って普段から、こうだったのか……?
まあ、いいや。とりあえず、この場はやり過ごして適当に、学校の予習しようぜとアーリィーを誘い、他の者が部屋から出るように仕向ける。
メイドさんが美味しいお茶とお菓子を用意してくれた。彼女もまた退出したあと、部屋には完全に俺とアーリィー、ベルさんだけになると、俺は革のカバンを引っ張り出す。
「じゃ、出かけるぞ、アーリィー」
「え……?」
キョトンとする金髪王子様に、俺は言った。
「王都に出たいって言ってただろ?」
・ ・ ・
シンデレラは魔法でドレスをまとい、舞踏会に出席した。魔法で、ということは、想像魔法の使い手たる俺にも同じようなことができないわけがない。
というわけで、俺とアーリィー、そしてベルさんは、青獅子寮を抜け出し、魔法騎士学校の外、王都へと繰り出した。といっても、冒険者ギルドへ行くだけどね。
もちろん、ビトレー氏にもオリビアにも秘密だ。夕食の時間までに部屋に戻ればよし。いないと発覚すれば大問題発展である。合掌。
俺は学生服ではなく、いつもの灰色ローブをまとい、冒険者ルック。ベルさんは俺の肩に乗っている。
アーリィーは、俺の貸した緑色の外套兼魔法使いローブを身に付けている。いつもは束ねている金髪を下ろしているので、金髪ストレート……に見えるのだが、実際のところ、その姿で見ている者はいない。そわそわするアーリィー。
「ねえ、ジン。これ、ほんと大丈夫なの?」
男装お姫様は、男装を解かれ、女の子として王都を歩いている。胸の矯正具もないから、普通に胸があるし、もとより美少女フェイスなので、どう見ても女の子だ。
男装で生活している手前、女の子としてバレないよう振る舞っているアーリィーにとっては、裸で出歩いているような気分になっているようだった。まあ、例えであってちゃんと服は着てるが、性別バレを恐れて、びくびくしているのだ。
「大丈夫だよ。俺の魔法で今の君の姿は、周囲には別の人間に見えている。間違っても王子様なんて言われないよ、アリアお嬢様」
人間というのは案外思い込みで人を判別しているから、些細な変化に気づかないこともある。髪の色、性別が違えば、どこかで見た気がしても、パッと見では変装に気づけないものである。金髪、男性という思い込みあればこそだ。
今のアーリィーは黒髪の少女に見えるよう擬装魔法で、髪の色も変えてある。
とはいえ、魔法で姿を擬装しても、さすがにアーリィーの名前で呼ぶのはまずい。ということで、適当にアリアという名前で呼ぶ。
「憧れの女の子での散歩だぞ。もっと喜べよ」
周囲が騒がしいので、小声で言ってやれば、それでも周囲が気になるのか、彼女はもじもじしていた。可愛い。変に羞恥心が働いているようだ。学校では女の子っぽく見え始めているのだが、そのあたりの自覚はないくせに、である。
「やっぱり胸のあたりが、こう……気になるというか」
アーリィーは自身の、わりと豊かな胸の前に手を置く。矯正具がないから、より落ち着かないのだろう。ベルさんが、ひょいと俺の肩からアーリィーの肩に飛び乗った。
「じゃ、オイラを抱えるか? 盾代わりになるぞ」
黒猫の提案に、アーリィーは喜んでベルさんを抱えると胸の前に持っていった。盾代わり……このエロ猫め。ちゃっかりアーリィーの胸に身体預けてるんじゃないよ!
「羨ましい……」
「ん? 何か言ったジン?」
「何でもないよ」
人々が行き交う通りを抜け、冒険者ギルドを目指す。たった三日行かなかっただけなのに、何故か懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
とはいえ、今日はちょっと様子見て、最新の情報を仕入れるだけだけどね。
……そう、思っていたんだけど。




