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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第54話、ジャルジーの煩悩


 ケーニギン公爵領、クロディス城。

 ヴェリラルド王族の血を引く、ジャルジー・ケーニギン公爵はその私室にいた。

 キングサイズのベッドの上で、その長身かつ鍛えられた若き公爵は身を横たえる。


「アーリィー……」


 ジャルジーの口から漏れるその名前。よぎるのは、反乱軍の陣地で出会った金髪ヒスイ色の瞳を持つ少女じみた顔の王子。従兄弟、アーリィー・ヴェリラルド……。


 あの日に出会ったアーリィーは女だった。影武者と思い、捨て置いたが、後から思えばとても惜しいことをしたと悔いている。

 あの後、何者かの手引きによって、あの女は姿を消した。アーリィーと見分けがつかなかった。影武者ではなく本物のアーリィーだったのでは、という思い。いやむしろ、あれが本物のアーリィーであってほしいと思った。


 王子ではなく、女であるアーリィー。ジャルジーは、あの影武者のアーリィーに心奪われた。


 前々から女顔であるアーリィーを従わせたいと思っていた。それが女であるなら、それはそれで構わない。奴を足元にひれ伏させる。屈服させ、蹂躙してやる……!


 もう一度、あの女に会いたい。歪んだ愛情。ジャルジーは目を伏せ、思いをめぐらせるのだった。



  ・  ・  ・



 魔法騎士学校通学一日目。講義を受けるだけなら大したことはないが、魔法を使った模擬戦で意外と魔力を消費した。


 その前の日に、近衛の連中相手に魔法を使いまくっていたので、ちょっと無視できない量の消耗となっていたのだ。

 ほぼオリビアがタフネス過ぎたせいなのだが、その近衛からも稽古をつけてほしいなどと言われれば、明日以降の魔力消費のことも考える必要があった。


 ああ、俺にも『魔力の泉』スキルがあれば、こんな魔力消費の心配をしなくても済むのだが。まあ、幸か不幸かアーリィーが魔力の泉を持ってるので、彼女を利用すれば、消費に対する回復はひとまず追いつく。……彼女が王族でなければ、という注意点がつくがな。


 王子様である。


 中身は女の子だ。だが王族である。王族に淫らな行為を働けば、最悪死罪も在りうる。


 だが、このままではジリ貧になるのは目に見えていた。アーリィーの友だちになる、という副次的な役割の他に、命の危険にさらされているかもしれないその身を守るという仕事がある。これを疎かにするわけにはいかない。


 外は夜の帳に包まれている。人払いをした後のアーリィーの私室に俺はいた。

 王子様のお部屋らしく、家具も調度も一級品。傷つけるのもためらようなものばかりだ。

 そのベッドは大きく天蓋がついている。とはいえ、日常を男装で過ごすためか、女の子らしさは欠片もなかった。


「そんなわけで、俺は疲れている」


 彼女のベッドに大の字になって寝転がる俺。アーリィーはその隣に座りながら「お疲れ様」と労ってくれる。

 ちなみに彼女は絹で織り込まれた寝間着(パジャマ)姿だ。胸を押さえつけている補正具をつけていないのだろう。いつもより胸があった。


「というわけで、約束に従い、君から魔力をもらいたいと思う」


 面と向かって言うと、何か緊張するな。

 アーリィーの顔がみるみる赤くなった。何を意味しているか、彼女も理解しているのだろう。


「う、うん。そういう約束だからね。……ど、どうぞ」


 アーリィーは女の子座りになると、目を閉じた。傍目から見ても、キスして、どうぞである。


 俺は上半身を起き上がらせると、アーリィーのその可愛い顔に自身の顔を近づけ……わぁ、やっべ、好み過ぎるのも問題だな。キス如きで緊張する感覚など久しく忘れていた。


「ん、ジン……」


 早くしてほしいと、急かすような声。ギュッと目をつぶり、顔を真っ赤にしながら。彼女自身、がちがちに緊張しているのだ。早く終わらせたいのかもしれない。


 ごくり、と思わず俺は唾を飲んだ。やめて、そんな緊張されると俺まで心臓がバクバク跳ねてくるんですけど! さりげなく、そっと済ませるのが楽なのに、ハードルあげやがるぜ、この娘。

 

 駄目だ! 罪悪感ハンパない……!


 俺はキスを断念した。何か違う。そうじゃないんだ。何かヘタレた。騙しているような気がして。頭の中で、これは違うと繰り返すのだ。


「せっかくだけどアーリィー。別の方法で魔力をもらうわ」

「別の、方法……?」


 改めて、目を開いたアーリィーは、幾分か顔が赤いままだった。


「手を出して」

「こう……?」


 差し出された彼女の手を俺は握った。

 ベルさんとの契約で得た力、魔力吸収(マジックドレイン)が発動する。アーリィーのもつ潤沢で清らかな魔力が、俺の中に流れ込んでくる。


「こうやって触っているだけでも、一応魔力はもらえるんだよ」

「え……え、そう、なんだ……」


 ホッとしたような、しかし残念そうな顔をするアーリィー。俺は付け加える。


「ただ、あまり吸えないから、時間がかかるんだけどね」

「じゃあ、しばらくこのまま、かな?」

「まあ……そうだな」


 俺が答えると、お姫様はえへへ、とはにかむ。……うわー、恋人っぽい。友だちなんて超えて恋人だと思う。これは。こそばゆ過ぎて、恥ずかしさが加速する。


「ねえ、ジン。それなら今日は一緒に寝ない?」

「は……? 一緒?」


 それは――誘ってるのか?


 女が男と一緒に、とくればあれだ。つまり、男女の営みというやつだ。ベッドの上でくんずほぐれずするアレ。

 ま、まさか、アーリィーのほうから誘われるとは。

 アーリィーは恥らいながら、ベッドをぽんぽんと叩いた。


「ほら、友だち同士、同じベッドに入ってお話ししたりするって言うじゃない? 添い寝とか、そういうの」

「あ。添い寝……ああ、あー」


 性的なお誘いではなかったようだ。そりゃそうか。この娘、初心だもん。


「ていうか、俺みたいな奴が同じベッドに入っても平気なのか?」


 大の字に転がったり、すでに座ったりしてるからいまさらなんだけど、毛布被って入るとなると、やはり別物だと思う。


「んー、そうかそうなるんだよね。……でもまあ、友だちならいいかなって思う」


 友だち同士同じベッドに入ってなんて、子供の時か、ある程度成長しても同性の者同士でやるものだと思うんだ。異性だと、ほらやっぱ気になってそれどころじゃなくなるし。


 どうしよう。ここは誘いに乗って、お付き合いしているうちに、こちらを意識しだして赤面する彼女の姿を見てやろうか……などと邪なことを考えていたら。


 トントン、と扉がノックされた。

 俺はベッドから離れ、アーリィーも背筋を伸ばした。やってきたのは執事長のビトレー氏だった。


 とりあえず、添い寝してやるのは執事や侍女たちを上手くやり過ごせるようになってからだな。俺は早々に退出するのだった。

追記:内容修正いたしました。

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