第52話、羊の皮を被った狼
四時間目、校庭での屋外演習。平日の授業は昼までの四時間で終わる。
その基本授業最後の四時間目に体育もどきの運動を持ち込むのは、空腹を加速させる。
こんなもの適当にやってればいいっしょ――俺の本音はそれ。
王子様のお守をすれば、学校の成績なんてどうでもいい。ぶっちゃけ魔法騎士にならずともすでに冒険者やってて……とか言うと、本当は逆なんだよなぁと突っ込みが入りそう。
他の職につけるチャンスがあるなら、冒険者なんて危険と隣り合わせな職はさっさと卒業するのが、正しいこの世界での生き方というやつだ。とはいっても、別に俺は騎士になりたいわけじゃないし、貴族様の子飼いになるつもりもない。
攻撃魔法の小テストということで、十五メートルほど離れた的に投射魔法を当てる……昨日、オリビアら近衛に試されたやつと同じのをくしくもやることになった。ただ的までの距離が短いのは、学生がやるからなのだろうかね。
的当てに挑む生徒たち。アーリィーも俺より一足先に、テストを受けている。
「風よ、渦を巻いて走れ! エアブラスト!」
風属性が得意と言っていたアーリィー。彼女のかざした右手から放たれた風の魔法は、大気を蜃気楼の如く揺らめかせながら、的を直撃する。的に貼られた鉄板がへこみ、歪んだ。
「おおっ!」
見守っていた生徒たちから声が上がる。目に捉えられることがない風(大気を震動させる際、見えるという人もいる)で鉄板に痕跡が残るほどの一撃というのは、強力な証拠だ。上位の魔術師ともなれば普通でも、戦士でもある魔法騎士クラスなら『できる』方に入れられるだろう。
女子生たちからの黄色い声援に軽く答えた後、アーリィーは俺に振り返る。
「ジンー! 見てた! ど、どうかな!?」
何故、俺に聞くんだ? と俺ならず、周囲の生徒たちも思ったのか視線が集まる。あー、俺が本職の魔術師だからかな? 教官を差し置いて俺に聞かれるというのも居心地の悪いことで。
「悪くないと思うよ」
控えめに言えば、アーリィーは嬉しそうに笑んだ。その無邪気な笑みに、女子たちからため息のような声が漏れる。
だが。
「悪くない? 王子殿下に向かって何言ってるんだ」
えらそうに、何様だよ、と男子生の陰口にも似た小さな声が耳に届いた。
「今のだって、生徒の中ではトップレベルなのに……」
「何様だよ、あいつ……」
アーリィーは王子様だから、何かやったら無条件で褒めなければならない……とでも言うわけではなく、実際、魔法騎士生たちの間ではむしろ優秀ということだろう。
確かに、俺やベルさんと比べたらいけないな。上位の専門魔術師と比較した俺がいけなかった。
「次、えーと……ジン・トキトモ生徒」
教官の声で、俺はアーリィーと入れ代わるように前に出る。
「ジン、やっちゃって!」
すれ違いざまに、彼女に肩を叩かれた。
こんなの適当に――という俺のほどほど思考を他所に、生徒たちの視線が集中する。
休み時間で既に、皆大好きアーリィー王子様が『ジンは凄い魔法使いだ』と強調して宣伝しまくってくれた。
王子様の言うことに追従する皆様方に対して、俺を凄い凄いと持ち上げるものだから、どれほどのものかと注目が高まっているのだ。
これは適当にやり過ごそうなどという手抜きが許されない空気だと感じた。別に俺ひとりなら構わないのだが、アーリィーが言った手前、周囲を失望させたら、彼女の面目が丸つぶれになってしまう。
王子殿下に恥をかかせるのはいかない。可愛いアーリィーをがっかりさせるのも可哀想な話だし、近衛の連中の耳に入ったら、何をやってるんですか、と怒られそうだ。
「よっしゃ、ジン、やっちまえ!」
ベルさんが吠えたら、何故か女子生たちがキャイキャイと騒ぐ。……喋る猫として、やたら気に入られてしまったようだ。なお水面下でベルさん争奪戦が、貴族少女たちの間で始まったとか何とか。
まあ、男子生から、ちょっと反感買ったようだし、ここは実力差をみせて黙らせておくのがよかろう。なめられたらおしまいってのが学校ってものだ。陰鬱な学校生活を送る気はないからね。
とはいえ、さあ困った。どの魔法を使ってみせればいいのか? なまじ得意不得意がないために、自分にとっての最高の一発を、というのが浮かばない。いや最高の一発なんてぶっ放したら王都が大惨事になるから全力は使わないんだけど。
……的一個じゃ、アピールにもなりゃしない。
一瞬で的を消し去ることも考えたが、何をやったかわからないボンクラから難癖を付けられる可能性もある。そうなると派手な魔法がいいか。何を使おう……いやまて、何も一発でなくてもいいのではないだろうか。
「はじめ!」
とか言ってる間に、撃てと教官の指示がきてしまった。とりあえず――
「弾けろ、雷光!」
電撃弾を右手から放つ。紫電の槍が的に飛ぶ――ついでに大気を操作して、ちょっと効果音を大きくしてやる。例えるなら野球でミットにボールが入る時の音がいいと、凄い球だと印象づけられるのと同じだ。
意外に大きな音に、周囲の生徒たちが耳を塞ぐ。だがその時には、俺の放った電撃弾は的を直撃し、鉄板を弾き飛ばしその後ろの石造りの壁を砕いていた。
周囲が絶句する。一発で黙らせるという効果はあったが、俺個人としては何とも微妙な感じ。行動を急かされたとはいえ、ちょっと選択をミスった気分。
「凄いっ! ジン!」
アーリィーが満面の笑みを浮かべたパチパチと拍手した。一方、ベルさんが野次を飛ばす。
「おーい、ジン。調子悪いのか? いつものお前さんならもうちっとデカいのやれるだろう!」
煽るなよベルさん。女の子たちが余計に驚き始めたじゃないか。男どもも顔を見合わせ、蒼白になっている。あ、でも王子の拍手につられて何人かが拍手してくれたぞ。
とりあえず、クラスメイトには挨拶代わりになったようだった。
・ ・ ・
魔法当ての小テストでは、本日初授業参加の俺がトップの点数もらった。次からは的を壊さないように頼むよ、と教官にちくりと言われた。
小テストのあとは、屋外演習のメインとも言うべき、剣術による模擬戦。腕自慢どもが鼻息荒く取り組む肉弾戦。魔法が苦手でも筋肉に自身がある連中の独壇場……。
「魔法が凄いのはわかったが、はたして剣術のほうはどうかな?」
キザったらしい伯爵家のボンボンが、俺をそう挑発しながら言った。
「君は魔術師であるらしいが、ここは魔法騎士を育成する学校。剣術ができなくては意味がないぞ」
いきなり魔法でトップとってしまった俺に対するライバル心剥き出しである。突然やってきた奴に、大きな顔をされてはクラスの面目が保てないとか何とか。
そう考えているのは、どうも彼……名前はジョシュワと言ったか、そいつだけではなかった。クラスの男子生が特に、俺に模擬戦を挑もうと舌なめずりして待ち構えていた。
近衛のオリビアさんは、明日の授業こうなるから予めレクリエーションを組んでくれていたんじゃないか、などと的外れなことを思いつつ、俺は模擬剣を二本とった。
「おや、盾はもたないのかい? 模擬戦用の弱弾とはいえ、魔法騎士学校の模擬戦では攻撃魔法が飛ぶぞ」
え、マジ? 俺がアーリィーを見ると、彼女は「そう」と小さく頷いた。つまりルール上、威力を抑えた攻撃魔法を使っていい模擬戦らしい。
これには実戦的だと少し感心した。威力を抑えた魔法とはいえ、それが制御できれば、例えば相手を殺さない程度に魔法を調整する訓練にもなるし、威力の調整で実戦に近い戦技のコンビネーション訓練にもなる。
「……それでは騎士学校の諸先輩方の胸を借りるとしましょうか」
「ジン、頑張って!」
いちいち応援してくれるアーリィー。もう完全に女の子だよこれ。
教官は、新参である俺の能力を見るつもりなのか、生徒たちの模擬戦の組み合わせなどに特に注意も指摘もいれなかった。
かくて、模擬戦が始まった。
はっきり言えば、魔法騎士といっても所詮は学生。まるっきり相手にならなかった。




