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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第50話、魔術師 対 騎士


 近衛騎士オリビア・スタッバーンと模擬戦をやることになった俺。

 右手に模擬剣、左手に近衛隊の紋章の入った盾を持つオリビア。俺は一応、模擬剣を借り、彼女と対峙する。


 さて、攻撃魔法は使わない、というルールだ。一見すると魔術師の利点を潰した、騎士有利な条件に思えるが……攻撃魔法だけが魔法ではないのだがね。


 はじめ! と近衛騎士が開始宣言をすれば、オリビアは盾を構えての様子見。俺がどんな剣を使うのか窺おうというのだろう。……魔法使い相手に時間を与える利点などあるのかね?


「何なら、攻撃魔法を使ってくれてもいいんだぞ、ジン・トキトモ」


 オリビアはそんなことを言った。


「魔法を封じられては幾らなんでも貴殿に不利だろう。私の盾は、攻撃魔法を弾く魔法防御がかけられている。盾以外のところに当てたら、貴殿の勝ちとしてもいい」


 あら、あっさり条件緩和をしてくれるのね。攻撃魔法云々を言い出したのは俺のほうだけど、ずいぶんとなめプではございませんこと?


 身体強化。


 口には出さず、魔法発動。力、スピード、物理耐性その他もろもろを沈黙の間に強化完了。さて、オリビア殿、あなたが俺をなめくさっている間にこちらは準備ができたぞっと。


 一歩を踏み出す。その瞬時にオリビアが守りを固める。が、刹那の間に、俺は彼女の眼前にいた。


「っ!?」


 せい! 模擬剣の一撃が、彼女の手からご自慢の盾を弾き飛ばした。


「え……!?」


 何が起きたかわからないという顔のオリビア、その鎧に守られた腹部に軽く模擬剣を当てる。


「はい、オリビア殿、あなたは死にました」

「はぁ……?」


 当の本人をはじめ、周囲で見守っていた騎士たちも呆気にとられる。何が起きた? 突然、懐に踏み込まれ、盾が弾き飛ばされ、腹に一発入れられた。


「い、いや待て、ジン・トキトモ!」


 オリビアが動揺をにじませながら、しかし言った。


「今のは有効な一打だったが、私は金属鎧を着込んでいる。腹部への打撃で死ぬ可能性は低いぞ」

「これは模擬剣だが、もし魔法剣の類だったら? プレートメイルでも切断されたかもしれない。あるいは棍棒や鎚だったら? 金属鎧とて、その一撃を喰らえば内臓を傷つけ致命傷を与える可能性は高い」


 俺は指摘するが、まあ、これについてはオリビアのいう可能性の問題とどっこいで、抜け道など幾らでもある言い方だ。


「俺はこの模擬剣に強化のエンチャントを施している。本気で当てていれば、あなたは大怪我では済まなかったのだが……今度は叩き込んでもいいのだろうか?」

「……くっ。いや、待て。エンチャントと言ったが、貴殿はそれをかけたという証拠はない。そもそも魔法を詠唱していな……まさか、補助魔法も無詠唱で行えるのか?」

「ちなみに、力、スピード、防御力アップもかけてある」


 がっちり盾を持っていたオリビアの手からその盾を弾いたパワー、刹那で懐に飛び込んだスピードなどを見れば、口から出まかせではないことはわかるだろう。


「……まさか、複数の補助魔法を自分にかけていたとか。……いや待て、それは模擬戦前に事前にかけていたという可能性もあるぞ。それは公正ではないぞ」


 難癖にも思えるが、確かにその可能性を否定できる材料はない。全部俺が言っているだけだから、ズルをしていないという証拠がないのだ。いや、本当にズルはしてないんだけどね。


「わかった。そういうのなら、もう一度。今度は詠唱するから、それでいいか?」


 仕切りなおしである。

 近衛騎士の「はじめ!」の合図。オリビアは、俺の突進に備えてかまたも様子見。


「パワー」


 俺は呟く。


「スピード。防御。剣強化……」

「……は!?」


 オリビアは、そこで俺が何を呟いていたのか気づいた。俺は構える。


「こっちはもう強化魔法をかけ終わったぞ?」

「くそっ!」


 オリビアは盾を前に押し出し突っ込んできた。見ている間に後手に回っていたことに気づいて焦ったか。


 でも、遅いよねぇ……!


 近衛騎士の突進を俺は正面から受け止める。シールドバッシュ――いわゆる盾を使ってぶつかり敵をよろめかそうとしたオリビアだったが、俺の左手が、その盾を受け止め、完全に動きを止めてしまった。その間に右手の模擬剣を、彼女の眼前に突きつけてやる。


「二回目の死亡です。……まだやるか?」


 悔しげに表情を歪めるオリビア。騎士が得意の近接戦で、まったく手も足も出なかったのだ。懐に飛び込んでしまえば騎士の距離――その思い込みが音を立てて崩れた。ギャラリーの騎士たちも言葉がなかった。


 ふむ、と俺はオリビアから一旦距離をとった。


「いや、たった二回では近接戦のイメージを固めるにはまだまだ不足だな。せっかくオリビア殿が近接戦に付き合ってくれるんだ。こちらも色々試したいから、ぜひ続けたいのだが……どうかな?」

鬼畜(きちく)だ。オニチクがここにおる……!』


 ベルさんは相変わらず愉快そうだった。この猫の皮を被った魔族も、相当外道である。



  ・  ・  ・


 

 オリビアはMだと思った。

 俺の挑発じみた物言いを了承し、模擬戦を継続した。何度も何度も。俺は使う魔法を変え、彼女を翻弄し、模擬戦の中で何十回も殺した。


 例えばオリビアの盾や鎧、武器に魔法で錘をかけて動きを封じたり、バインド系の魔法で動きを封じて悠々と倒したり。時には浮遊魔法で、彼女の手の届かない範囲から隙をうかがい、背中を向けた瞬間一撃を加えたり……。

 見守る騎士たちは、さすがに一方的過ぎる展開の連続に抗議しようとしたが、隊長であるオリビアは「訓練だ」と言い、部下たちを黙らせた。


 一方で近衛の魔術師たちは俺が魔法を使うたびに、メモを取り始めた。どういう魔法をどう使ったか。魔術師たちが模擬戦とメモを交互に見やり、何やら話し合いはじめた。


 さすがにバリエーションに限界が来るので、ダメージを与えないような首絞めや、彼女を浮遊で浮かせて一撃など、より攻撃的なモーションが増えたが、文句はでなくなっていた。


「参った! 参りました!」


 オリビアがようやく降参をした。もう足腰立たないほど彼女は疲弊していた。だがその表情は実に晴れやか。全力を出し切ったスポーツマンみたいないい顔である。……やっぱりこの女、Mだよきっと。どうしたら動けなくなるまで挑めるというのか。


 地面に大の字に横たわるオリビアは、とても満足げに言った。


「参りました、ジン殿。王子殿下のおっしゃるとおり、とてもお強い魔術師だ。まさに出色。私も、魔法使い相手にここまで手も足もでなかったのは初めてです」


 何気に敬語を使われた。


「しかも、あれだけ魔法を使いながら息一つ上がっていないとは……大したものです」

「魔力の容量は人より多いのが自慢でね」


 でもその魔力も相当使ったぞ、こん畜生。オリビアの言うとおり、普通の魔術師だったら()うに魔力切れになっていただろう。


「でもまあ、疲れたよ」


 俺はヒールの魔法を、オリビアにかけてやる。活力が戻ったか、彼女は難儀そうだが起き上がった。重甲冑の類は、普通倒れたら自力で起き上がれないものだが、近衛隊の鎧はそうではないらしい。


「あなたの力は本物だ。非礼はお詫びいたします。ぜひ、王子殿下をお守りするためにお力をお貸しください」


 オリビアは背筋を伸ばすと、頭を下げた。何とも生真面目さが見て取れる。少なくとも近衛に、俺の実力を疑う者はもういないだろう。


 とりあえず、住み込むに当たって、問題になりそうな部分の一つがクリアとなった。

 あとはビトレー執事長や侍女たちから睨まれるようなことがなければ、快適な寮生活を送れるだろう。……やはり、住むとなると余計な気苦労を背負い込みたくないものだから。

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