第48話、ジンさん、魔法騎士学校の生徒になる
どうしてこうなった。
魔法騎士学校、王族専用寮『青獅子寮』二階部、学校の庭を見ることができるバルコニーに、俺はベルさんといた。
アーリィーの依頼と頼み事。護衛については、色々特典がついているので受けたのだが、問題なのは頼み事のほう――友だちになって、というやつ。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれた。手すりに肘をつき、清々しいほど晴れている空を見やる。俺は煙草を吸ったことがないが、もしあれば吸っていたかもしれない。そんな気分だ。
「まさか、アーリィーが条件を飲むとは」
「それだけ、お前さんとお友だちになりたかったんだろう? 健気だねぇ」
手すりに上にちょこんと座り込むベルさん。皮肉か。俺とアーリィーとのやりとり聞いてたくせに、白々しくそんなことを言うのだ。
「あれは健気というのか?」
何度目かわからないため息。アーリィーとの会話が思い浮かび、頭を抱える。
・ ・ ・
「友だちというのは選んだほうがいい」
俺は王子様――といっても、もう普通の女の子にしか見えないのだが、アーリィーに真顔で告げる。
「正直に言えば、俺自身、友だちというものがよくわからない。どう接していいのか、それが正しいのか、間違っているかについても怪しい。それでもいいだろうか?」
「それを言ったら、ボクにもよくわからないや」
屈託なく笑うアーリィー。何を言い出すかと思えばと身構えたが、案外許容できる内容だったらしく、ほっとしたような表情を覗かせる。
「ボクも君となら、友だちになれそうな気がしたんだ」
友だち、というには視線が熱っぽいのは気のせいか。何と言うか、友人という気楽さよりは、緊張感を感じる。友だち作るって、こんな硬いものだっけ?
「ただアーリィー。君が思う友だちとは違うかもしれない」
舌が乾く。だが言わねばなるまい。
「友だちに見返りは求めないものって言う人もいるけど、残念ながら、俺は君に対して見返りを求めたい。何故なら、友だち云々以前に、君を守るという依頼があるからだ」
わずかに眉が曇るアーリィー。よぎるのは緊張、警戒。
彼女にとって、何度、人から見返りを求められてきたかは想像に難くない。王族として、地位、名誉、土地、財産――今はその力はなくとも次期国王ともなれば、将来の布石として近寄る者は多い。友だちがいないという彼女は、性別を別にしても、そういう権力者に言い寄る人間は好きではないだろう。……そんな彼女が友だちに、と言ってくれた気持ちを踏みにじるようで、結構しんどい。
「俺が求めるのは、君の魔力だ」
「魔力……?」
思いがけない言葉だったらしい。まあ、確かに王子様でも魔力をくださいって言われることはまずないだろう。
「君は知らないかもしれないが、君には『魔力の泉』というスキル、能力がある」
魔力の自然回復が猛烈に早い、魔法使い垂涎の能力。魔法に長けるエルフなどでは割と見かける能力だが、人間だと、本職の魔法使いでもめったに持っていない。
「魔力の泉……ボクにそんな能力が?」
「ああ、この前、君とキスをした時――」
「……っ」
ぼん、と蒸気が噴き出るかのような勢いで顔を赤らめるアーリィー。
「……君から魔力をもらったけど、すぐ立ち上がれただろう? あれ、普通の人だと無理なんだ。魔力の泉の能力で、すぐに魔力が回復を始めたから、影響は少なかったみたいだけど、本当なら倦怠感がひどくて動けなくなる」
「そう……だったんだ」
うん、とアーリィーは視線を泳がせる。俺は続けた。
「俺は人より魔力が多いが、使う魔法の消費も大きくてね。回復が追いつかないこともしばしばある。だけど君が魔力を分けてくれるなら、それも解決できる」
具体的には、キスとか――
「……!?」
仮にも王子様であるアーリィーに真顔で言うことではないとは思う。……さあ、これでどうだ。俺と友だちになりたいなんて、思わなくなっただろう? さあ、断れ。
「……必要なこと、なんだよね、それは」
アーリィーが真っ赤になったまま、またも上目遣いで俺を見る。……あれあれ?
どうしても必要か、と言われれば必ずしもそうではない。何故なら魔力の回復手段は他にもあるからだ。ただ魔力の泉持ちのアーリィーだったら、かなり手間が省けるというのは確かである。
ここは敢えて、必要だと断言しておこう。そうすればさすがに躊躇うだろう。気持ちが揺れているなら駄目押しして断る方向に仕向けるのだ!
「ああ、必要だ」
「そ、そうなんだ……。わかった」
わかってくれたか。
「ボクで君の魔力の補いがつくなら、ボクを使って。そもそも魔力が必要なのは、ボクを守るため。それでジンが困ることがあるなら、そしてボクで役に立てるなら喜んで協力すべきだと思うんだ。だって……友だち、だから」
凄く恥ずかしげに王子様を演じる美少女が言った。
くあぁぁーっ! 俺は内心悶えた。なんだそれ、がぁぁー! 表面上は呆けているが、心の中では、ゴロゴロ転がりたいぐらい悶えていた。
友だちだから、助け合うべきだ。
逆手にとられた……!
彼女は、俺の申し出を断るどころか受け入れてしまいました。
「ジンが望むなら、ボクは、いいよ」
うかがうようにアーリィーは言う。そのヒスイ色の瞳をわずかに潤ませて。
ドクン、と心臓の音が聞こえた気がした。
「恥ずかしい、けど。ボクを……王子ではなくて、女の子として扱ってくれるってことだよね? 偽っているボクじゃなくて、ありのままのボクとして付き合ってくれるっていう。だったらいいよ……」
何だこれ何だこれ。意味分からん。頭の中、真っ白になってしまった。
気づいたら、俺は頷いて、王子様を演じる彼女の言葉を受け入れていた。
・ ・ ・
熱があるみたいに顔が熱い。風が冷たく感じて気持ちいい。ああ、これ、たぶん顔真っ赤になってる。思い出しただけで、悶えたくなり、同時に恥ずかしくもある。
そんな俺を見やるベルさんは、喉を鳴らした。
「よかったじゃないか。住むとこ、食べる物がタダで手に入って、しかも王子様もとい、お姫様の好意もいただけたんだ。魔力問題も解決し、お前は好みの女とイチャつける。……これ以上なにを求めるってんだ?」
「ベルさん、アーリィーがいいって言っても王族だぞ。ここにいる近衛の連中にバレてみろ。殺されるぞ」
いつだったか、俺が連合国から暗殺されそうになったのは、さる大公爵の娘に手を出したから、とか言ってなかったかい、ベルさんよ。……あの時は冗談で流していたけど、もしかしたらマジだったりする?
「バレなきゃいいんじゃね」
「……」
閉口である。この話は、これ以上ここで話してもどうにもなるまい。
「まあ、ともかく、この学校の生徒にされてしまったわけだが……」
身辺警護に加え、お友達になる、という話の結果、学校や移動の際は、俺はアーリィーのお傍につくということになった。外見から、歳が近いと思われている俺は、アーリィーの同期生、クラスメイトとして魔法騎士学校に転入することになったのだ。
冒険者と学生、二足のわらじを履くことになった。随時、張り付いている必要はないが、学校に通っている間――近衛が距離を置かざるを得ない状況で近くにいるように、とのことだった。
昼間は学生、午後は冒険者。……何か夕方以降はバイトしている学生みたいだな。




