第47話、お願いする王子様
「ボクが君に頼みたいことは二つ」
アーリィーは指を二本立てた。
「ひとつは、最近、ボクのまわりの動きが怪しい。よりはっきり言えば、命を狙われている可能性が高い。だから君にボクを守ってほしいんだ」
「護衛依頼」
俺は、ベルさんを見た。『なんで猫っていうと、人間はミルク出しやがるんだ。……まあ飲むけどさ』とか念話でぼやきつつ、ぺろぺろしていたベルさんも顔を上げた。
「命を狙われている、と?」
「未遂に終わったけど、ボクを狙ったと思われる馬車の事故と、よくわからない影……」
聞けば、王城に行った帰り、アーリィーの乗った馬車に、他の馬車が追突してきた事故があったらしい。護衛の近衛に重傷者が出たが、アーリィー自身は打ち身程度で済んだ。だが不自然なのは追突してきた馬車で、御者は死亡し、詳しい調査でも事故の原因は不明とされた。
「原因がわからないから、怪しいんだ」
アーリィーは強調した。
「そのあたりから、何か妙な気配というか、ボクを見張っている者の影を見るようになったし」
王子専用寮は、魔法騎士学校の敷地内にあるが、王都の高い建物から見ることができる場所が複数箇所存在するらしい。そこで、アーリィーは、寮を監視する不審な人物を見たらしい。
「近衛とかではないか?」
「それにしては場所が遠すぎる」
窓から何やら人のようなものに気づき、望遠鏡で覗いてアーリィーはそれを見たと言う。フードを被っていて顔などは見えなかったらしいが。
「ボクも望遠鏡で覗くようにしたら、いなくなったけど……。でも気味が悪いんだ。まだ見られているような視線を感じて……」
アーリィーが普通に王子なら無視もできただろうが、性別の秘密を抱えている以上、得体の知れない誰かから見られているというのは見過ごすことができない重大問題だろう。
「その不審者は調べなかったのか? 近衛は?」
「いちおう調べてもらったよ。だけど、わからなかった。そういうのが何度かあったから、ボクが神経過敏になってるんじゃないかって言われちゃった……」
苦い笑いを浮かべるアーリィー。
なるほどね。そういえばビトレー氏も、アーリィーが悩みを抱えているように見える、なんて言っていたっけ。周りがそんな様子だから、アーリィーも困っているのだろう。だから、俺なんて部外者もいいとこの人間を呼んだのだろう。
『他に頼れる人がいないってか?』
ベルさんが念話でつぶやく。王子のふりを強制されている彼女のこと、心から信じて相談できる相手など限られているのだろうよ。
「馬車の事故が君を狙ったものとしたとして、君の命を狙う者に心当たりは?」
俺が問えば、アーリィーは腕を組んで、うーん、と唸る。
「ジャルジー公爵……ボクの従兄弟なんだけど、彼はボクを殺したいようだった」
「穏やかじゃないな。従兄弟?」
「この間の反乱軍騒動。ジンがボクを助けてくれたあの時、反乱軍の中にジャルジーがいたんだ。ボクが反乱軍と戦って死ぬことを筋書き通りとか言ってた」
アーリィーの顔に苛立ちの色が浮かぶ。
「明らかに王家に対する反逆だ! ボクはお父様に彼が反乱軍と通じてたことを告発したけど……今のところ、表立った処置はしていないみたい」
お父様、というのは国王のことだろう。明らかに敵に与していたのに、罰しないというのはどういうことか。アーリィーにとって従兄弟ということは、そのジャルジーは、王家の血筋を少なからず持っているということではあるが……。
「何故、罰しないんだ?」
「わからないけど……たぶん、ボクの言葉だけでは証明にならないということだろうね。証拠は? って言われたら、他に何もないし。せめて他に目撃者がいれば――ジンは見てないよね?」
「そもそも、ジャルジーって奴の顔を知らないからな」
反乱軍陣地に潜入はしたが、アーリィーを助けたのだって、なりゆきだったりする。
『ベルさん、公爵というと貴族階級じゃ、王族に一番近いんだっけか?』
『まあ、そうだな。アーリィー嬢ちゃんの言うとおり、証言だけじゃ証拠にならないということだろうな。公爵クラスを失脚させる、もしくは罰を与えるにしても、周囲を納得させるだけのものが必要ってぇことだ』
「こっちからは糾弾できないが――」
俺は念話からアーリィーにもわかるように言葉に切り替えた。
「ジャルジーにとっては、顔を見られている以上、邪魔者だってことなんだろうな。何か仕掛けてくる可能性は充分にある」
わかった。
「なら、君の命を狙っていると思われるジャルジーの悪事を暴いて、奴を追い落とせばいいんだな?」
「いや、いくらジンでもそれは無理じゃないかな!? 相手は公爵だし、それなりの力や規模を持っている。そこまで無茶を言うつもりはないよ」
……言うほど無茶でもないような気がするが。まあ、彼女がそう言うのなら、それでもいいが。
「そんなわけだから、しばらく、ここにいて、ボクを守ってくれればいい」
「ここにいて……?」
何故か、嫌な予感がした。そんな俺の予感など知るわけもなく、アーリィーは言った。
「ジンには、この青獅子寮に寝泊りしてもらう。もちろん泊まる間、三食におやつもつけるし、部屋も用意する」
「……俺にここに住めと?」
「そう」
アーリィーは満面の笑み。ベルさんが声を上げて笑った。
「ジン、聞いたかよ? 寝床に食事タダだってよ! さすが王族気前がいいねぇ!」
どうしてそう楽観的な見方になるのかなぁ、ベルさん。いやまあ、確かにいま宿住まいで毎日料金支払っているから、その負担がなくなるのはありがたいっていやぁありがたいけど。
「それで二つ目のお願いなんだけど……」
アーリィーが何故かもじもじとし始める。可愛い……んだけど、さっきから嫌な予感で変な汗が止まらない。
「ボクの……友だちになってくれない、かな? その……」
「友だち!?」
びっくりした。が、俺の驚きを他所に、ベルさんはこれまた愉快そうに笑った。
「ジン、王子様に気に入られるなんてよほどのことだぞ。友だちになってやれよ」
「……他人事だと思って」
というか、何でそうなった? なんでいきなり友だちなんてワードが出てきた?
「ほら、ボク、性別で秘密抱えているから、気の置けない友人というか、親しい関係築くの、難しいっていうか……」
恥ずかしいのか、心持ち顔を紅潮させてアーリィーは言った。
「いちおう、王子ってことだし、自然と身分差が出ちゃうっていうか」
そりゃ、貴族たちからすれば王族は目上。同期生といっても、相手が王子なら言動には気をつけるよな、普通は。
ベルさんが、ふんと鼻を鳴らした。
「まあ、そうだとしても、嬢ちゃんは次の王様だろう? 将来のことを考えたら、それでもほかの生徒と交流すべきなんじゃねえの?」
さすが魔族の王様でもあるベルさんだ。この黒猫の姿のそれが、一応王様であることを知らないアーリィーは苦笑する。
「普通ならそうなんだろうけど、ボク、女だから。学校には貴族出の娘たちも生徒としているし、彼女たちはボクと関係を結んで王族に食い込むことを狙っているんだけど……仮に結婚しても、子供、作れないし」
致命的な問題である。女同士で子供はできない。後継者が作れないのでは、アーリィーが王位を継いでも意味がない。本当、彼女の父親である現国王は、何を考えているのだろうか。他人事とはいえ、国一つの未来が掛かっている。後継者問題は、どうするつもりなのか……ん?
いま、俺の中で何かが引っかかった。継げない王子。王位を狙う従兄弟……。
「それで……友だちの件だけど」
アーリィーが窺うような上目遣いで俺を見る。
「駄目、かな……?」
不安そうなヒスイ色の瞳が、俺の胸を撃ち抜く。やめ、そういう目で見るなよ。……ああ、もう。
捨てられた子犬みたいな。守ってやりたいようなオーラが、俺を誘う。いいじゃないか、友だちになるくらい。……いやいや待て待て待て。女の子といっても王子、こっちは出自の怪しい異世界人で、生まれは平民だ。俺とアーリィーが許しても、まわりがそれを許さないだろう。
俺自身、暗殺されそうになった物騒な力を持っている。最近、ただでさえ自制できない甘ちゃんの顔が覗きつつあるのに、アーリィーらと絡むのは、面倒が増えるのは目に見えている。ゴール地点が溶岩の海に直結しているトロッコに乗るようなものだ。ここは心を鬼にして、お断りの方向へ持っていくべきではないか。
「……」
護衛は受けても、お友だちはマズい。友情? いや、絶対それで済むはずないから!
断言できる。それは俺個人の女性の好みで言えば、アーリィーはドンピシャ。絶賛恋愛関係を結びたいタイプだからだ。
いくら抑えても、何かのはずみで手を出してしまう可能性がなくはないのだ。ここ二年で俺は、女性に誘われれば乗っかっちゃう人間になっている。つい、魔が差すなんてことも……もちろん、アーリィーに手を出したら極刑コース確定だが。
いや、待てよ。アーリィーは女の子だが、公式では王子様。妊娠させたりしなければ、手を出しても彼女自身黙っているのではないか? つまり、やりようによってはもしかしたら――って駄目だ駄目だ。こんな考えに走ってしまうあたりアウトだろう。
だが……だけど。
アーリィーの縋るような目を見ると、正面から断るのは難しい。
泣いている娘に力になってやりたいと思う心理というやつだ。困っている人を見捨てることに罪悪感を抱く類の。
普通に断っても、はたして納得してくれるだろうか。粘られたら、断り切れないような……。
いや鬼にならねば。ここで断り切れないようなら、どんどんドつぼにはまって抜けられなくなるだけだ。
嫌われろ。そうすればダメージは少ない。クズ野郎を演じるのだ。彼女のほうから友だちお断りの方向へもっていかせるのだ――!




