第46話、お迎えの馬車に乗って
俺にとって、冒険者ギルドへ赴くのは日課となっている。最近は素材を売り払うことで、下手な依頼よりもお金が入るおかげで、ある程度余裕もできていた。
今日もベルさんとギルドに顔を出すと、待ち人がいた。わざわざギルドの談話室に通された俺は、その人物と面会した。
「お初にお目にかかります、ジン・トキトモ殿。私は、スルツ・ビトレー。さるお方に仕える者にございます」
初老の紳士だった。口ひげを生やし、穏やかな表情に見えて、目が細く、油断なく相手を観察する眼力の持ち主だった。
「そのビトレー殿は、この私めに何用でございましょうか」
相手に合わせて、かしこまる俺。とはいえ言い方についてはそれっぽくしているだけで正しいとは自分でも思っていない。
「はい、我が主が貴方様とお会いしたく、不躾ながらこうしてお迎えに上がった次第でございます」
はて、どこぞの貴族だかが俺を呼んでいる、と。正直言うと、この手の誘いでいい思い出はない。反射的にベルさんと顔を見合わせた。
「その主というのは、どなたでしょうか?」
「アーリィー・ヴェリラルド王子殿下にございます」
「アーリィー……?」
思わず固まった。いや、まさかここでその名前を聞くことになろうとは。お互いの秘密を守るために、そばにいないほうがいいと思って別れたのに、向こうから俺を呼んでいるとか。
アーリィー王子。本当の性別は女。彼女の秘密は国家機密にて、それを知ってしまった俺ではあるが……できれば近づきたくないのが本音。彼女は可愛いし俺の好みで、いい子ではあるのだけど。
「王子殿下は、何故、一介の魔法使いである私を?」
さもお姫様なんて知りませんよ、と言わんばかりにすっとぼけて問う。ビトレー氏は、よどみなく答えた。
「存じ上げません。ただ、何やらお悩みがある様子にて、ぜひ貴方様のお力をお借りしたいと」
悩み……? 何かトラブルか。しかも秘密を知る俺を呼び寄せる危険を冒してもなお呼ぶほどの。もしや、彼女の身に危険が迫っているとか?
いや、命の危険はないか。彼女の周りには王族をお守りする親衛隊とか近衛とかいるだろうし。……それともそれら身近な者の中に敵がいるとか、そういうことだろうか。
わからん。まったくわからない。
『どう思う、ベルさん?』
『どうもこうも、理由が明かされないのではな』
魔力念話による俺とベルさんの会話。
『アーリィー嬢ちゃんの名前を出した罠……って線はないだろうなぁ。ジン、誰かお偉いさんに恨みを買った覚えは?』
『さて、この王都ではいないと思うけどな。そもそも、そういうお偉いさんの知り合いはいないし』
俺が腕を組んで考え込むと、ビトレー氏が立ち上がった。
「それでは馬車を待たせてあります。ご案内いたします」
『どうやら拒否権ないようだ』
思わず心の中で皮肉れば、ベルさんが念話の中で笑った。
『まあ、王族からの要請を断るなんて、普通ないだろうからな。どうする? 敢えてお断りいれるかい?』
『知らぬ存ぜぬを通すなら、ここはついていかないほうが怪しまれると思うな。仮に断ったら王族の意向に逆らった云々でしょっぴかれるかも』
『けっ、選択肢なんて始めからなしかよ。……まあ、幸運を祈ってるよ、ジン』
『あんたも行くんだよ、ベルさん』
俺はベルさんの首根っこを掴んで持ち上げる。
『仮に罠だったとしても、喰い破るだけだ。そうだろ、ベルさん?』
俺たちはこれまでそうしてきたんだ。初めて会った二年前のあの日から。
・ ・ ・
馬車に揺られることしばし。王都の町並みを進む馬車は、アクティス魔法騎士学校の正門を通過した。
……こりゃアーリィーに呼ばれたのは疑いようがないな。彼女と別れたのも、この学校で、その寮に住んでいると聞いていたから。
馬車は門を抜けて、右手へと抜ける。城のような作りの校舎を迂回し、短い芝の生えた中を走る石畳を進む。反対側に広がっているのは校庭か。道を進むこと二分ほど、林があってそこを抜けた先に、一つのお屋敷が立っていた。……まさか、これって王子様専用の寮だったりする?
「王子殿下は、こちらにお住まいになられております」
ビトレー氏が言えば、俺もベルさんも思わず目を細めた。あー、お金持ちの臭いのする寮だわー。
寮というより貴族の屋敷じみた建物の前に馬車は止まった。ビトレー氏に続き、俺と肩に乗ったベルさんが石畳の上に降りると、そこには近衛の騎士が数人と、メイド服姿の侍女が数人並んでいた。
「ビトレー殿」
近衛の一人、赤毛の女性騎士がビトレー氏に近づき頷いた。彼も頷き返すと、俺を見やり「どうぞ、王子殿下の部屋へご案内します」と言った。
広々とした玄関フロア。ビトレー氏の後に続く俺。その後ろから近衛の騎士たちがついてくる。赤い絨毯の敷かれた床、廊下に幾つも見える魔法照明。小綺麗な室内は、どう見ても金持ちのお屋敷だな、とあらためて思う。
二階に上がり、静かな屋内を進む。場違いな雰囲気に妙に緊張してしまう。
こちらです――王子のいる部屋へと通される。
執務室のようだった。部屋の中央に置かれた会談用の机とソファー。その片側に、かの金髪ヒスイ色の瞳を持つ美形の王子、もといお姫様が座り、優雅にお茶を飲んでいた。カップを静かに置くと、アーリィーは朗らかな笑みを浮かべた。
「やあ、ジン、それとベルさん。ようこそ」
「お久しぶりです、殿下」
とお呼びしたほうがいいかね。ビトレー氏や、厳しそうな近衛騎士がいる中で、以前のようなため口を利く度胸はない。アーリィーはこちらを知っているような口調だったので、それに合わせるのが妥当だろう。
その王子様(女の子)はかすかに眉をひそめる。
「ビトレー、オリビアも席をはずしてくれ。ボクはジンと話をするから」
かしこまりました、とビトレーが一礼すれば、オリビアと呼ばれた赤毛の女性騎士は背筋を伸ばした。
「お一人でよろしいのでしょうか?」
「うん、構わない。下がって」
オリビアも一礼すると退出した。アーリィーは、ちらりと一人残っているメイドに言った。
「ネルケ、君も」
「お客様にお茶をお出ししましたら」
そう頭を下げると、机の上に新たなカップとお茶を用意する。ありがとう、とアーリィーは気を利かせてくれたメイド、ネルケにお礼を言った。そのメイドは、ベルさん用だろう小皿にミルクを入れて、床に置いた。
「それでは失礼します」
メイドが出ていき、部屋には俺とアーリィー、ベルさんだけになる。
「元気そうだね、ジン。座って」
「このたびはお招きいただき、誠にありがとうございます」
「もう、そういう堅苦しいのはなしにしようよ。前のように普通に話してくれていいから」
アーリィーは口を尖らせるのである。……こうして見ると、普通に女の子なんだよな。
「そうはいきません。あなたはこの国の王子様であらせられるわけですから」
「王子……」
アーリィーは自嘲を浮かべ、肩を落とした。
「ボクは王子じゃないよ……知ってるでしょ?」
「……」
そうだな。王子ではない。お姫様だ。俺は小さく肩をすくめた。アーリィーがそう望んでいるのだから、固辞するのは逆に失礼だろう。
「わかりました。……お望みどおり、普段の口調を心がけよう」
それで――
「俺を呼んだ理由を聞かせてもらっていいかい、アーリィー?」
名前で呼んだら、王子の皮を被ったお姫様は満面の笑みを浮かべた。わりとあっさりと機嫌を直された。




