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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第45話、ラスィア、気づく


 王都冒険者ギルドの副ギルド長、ラスィアは、ダークエルフである。


 深遠なる森の民。褐色肌であることと、身体がやや肉感的であることを除けば、エルフとさほど外見上の差異はない。尖った耳に、美男美女が揃っている点も同じ。……服装に関して、やや野性的というか開放的であるところはあるが。


 もっとも、ラスィアはギルド職員の制服をきちんと着こなし、その豊かな胸もともキチンと制服で覆っている。沈着冷静、その落ち着き払った態度は周囲を安心させ、またエルフのように表情に乏しいということもない。


 王都冒険者ギルドの副ギルド長を務めるが、元々冒険者であり、そのランクはAである。高位魔術師(ハイウィザード)として、魔法の実力に優れ、ギルド長であり、Sランク冒険者のヴォードと共にパーティーを組んでいた。

 それが今では事務仕事なのだから、人生とはわからないものだ。


 ヴォードがギルド長になったとき、その補佐として誘われ、現在に至る。いつまでも危険な冒険者稼業を続けるというわけにもいかない――そうヴォードに言われたが、ダークエルフは人間に比べても長寿。まだまだその腕前には錆などついていないと自負しているラスィアである。


 今日も今日とて、冒険者ギルドに出勤である。長い黒髪に褐色肌、長身で女性らしい肉感的な身体を持っている彼女は、窓口の奥で事務仕事だが、その姿を見たがる冒険者たちは多い。……もっとも、そのうちのどれだけが性的な目で見ているか知りたくもないが。


「――おいおい、指名依頼かよ。ジンさんよ、出世したな、おい」


 窓口のほうで、ダンディーな声が聞こえる。あまり聞き覚えのないその声に、ちらと視線を向ければ、受付係のトゥルペが若い冒険者の魔法使いと話していた。


 あれは確か――ラスィアは記憶を辿る。そう、ジンという名で、比較的最近、ギルドに登録した新人である。


 そういえば、先日訪れた近衛騎士も、『ジン』という名の冒険者を探していた。

 近衛騎士曰く、探しているジンという冒険者は実力者だと言う。最近来たという条件に合致はするものの、Fランクの彼ではないと結論が下された。


 あれから、その実力者らしいジンという冒険者は結局現れずに今に至る。近衛からはあの後も確認のための使者が来たが、色よい返事は出せないままである。


「なんだよ、マルテロの旦那からの依頼かよ」


 またも聞こえたダンディーな声。はて、カウンターにはジンという若い魔法使いとトゥルペだけだが、他にそれらしい冒険者はいないのだが。


「依頼というか、ジンさんが来たら声をかけておけ、と伝言を受けまして」


 トゥルペが説明している。たまにその勤務態度が怪しい彼女が真面目に対応しているのが増えたのはよい変化である。


「どうせ、穴掘りに行きましょってお誘いだぜ。あんたも伝言板、大変だな嬢ちゃん」


 ジンという若者の声ではない。むしろ、彼の隣に誰かいて、その人物が先ほどからの男性的な声の持ち主のようだ。苦笑するジン、その隣に人の姿が見えないのだが、ラスィアのいる位置が悪いのかもしれない。


「穴掘りって――例のミスリル鉱山ですか?」


 トゥルペが声を落とした。まるで誰かに聞かれるのを避けるかのように。ミスリル鉱山という単語を、ラスィアの耳は聞き逃さなかった。

 大空洞ダンジョンで見つかったミスリル鉱山。いまだ調査依頼が出る程度で、本格的な採掘はまだ行われていない場所。その理由は道中が危険すぎるから。


 何だろう? ラスィアは疑問に思う。そういえば先日、そのマルテロから、ジン・トキトモの冒険者ランクの昇格打診があったような……。


 ラスィアは席を立つ。冒険者のクエスト達成報告書の棚へ行くと、ジンの報告書を抜き取り、眺める。これまで彼がこなしてきた依頼を参照……。


 ――グレイウルフ狩りが多いわね。


 狼討伐は、成功で金貨1枚。低ランクが受けられる依頼としては高めの報酬額だ。それが比較的多いが、狩人ではなく魔法使いである彼がそれを何度もこなしていることに、まず軽く驚いた。依頼には少なからず向き不向きがあるが、本職の狩人並みに狼狩りの上手い冒険者ということである。


 他にもクラブベアやラプトル狩りなどをこなしている。後は誰にでも果たせそうな簡単な依頼もついでに果たしている。


 狼狩りの多さを除けば、まあ低ランクとしては充分な能力を持っていると言ってもいいだろう。そういえば、つい最近、依頼達成数がEランクラインに到達したので、FからEへ昇格していた。


 ――依頼達成率100パーセントなのね……。


 冒険者なら、一度や二度の失敗は当たり前。あまりにたくさん失敗するようなら冒険者として不適格を言い渡さねばならないこともあるが、成績では超優良と言うべきか。これも自らの能力をきちんと把握し、無理をしていないからだろう。


 ラスィアは、達成報告書の二枚目、素材買取の報告書に目を通す。これは解体部門に持ち込まれた魔獣の素材や回収品の買取などの記録がまとめられている。

 依頼達成報告書もそこそこ長かったが、素材買取報告書のほうは、さらに長くこちらのほうが枚数があった。つまり、ジンは解体部門に魔獣の素材などをどんどん売り払っていることを意味する。


「!?」


 その内容にラスィアは目を剥いた。


 一番最初に持ち込まれた素材。そこにはこう書かれていた『ワイバーンの爪、牙、鱗』。


 ワイバーン。空飛ぶ大トカゲ。モンスターランクBに相当する危険な敵。先日討伐依頼が出たが、その行方が(よう)として知れず、そしていつの間にか掲示板から消えていた件だ。BかCランクの冒険者が受けたのかと思っていたら、どうもそうではないらしいと後でわかったが、それでその話はパタリとやんでうやむやになっていた件だ。


 買取の日付を確認すると、例のワイバーン討伐依頼が出た直後となっている。


 そういえば――


『僕はFランクなんですけど、もし上位ランク……例えば、ワイバーンを討伐した証拠を持ってくれば依頼を受けて、その報酬もらえたりします?』


 初めてジンに会ったその日、当人がそう質問してきたことをラスィアは思い出した。あの時、すでに彼によってワイバーンは討伐されていた、そういうことになる。


 冷たい汗が流れるのをラスィアは感じた。ワイバーンは駆け出し冒険者が狩れる魔獣ではない。それを倒したということは、相応の実力者ということ。


『王子殿下曰く、凄腕の魔術師という話だ』


 王室近衛隊に所属するオリビアという女騎士が、ギルドに来てそんなことを言った。彼女はその時、ジン・トキトモがEランクと聞き、違うと一蹴したが、あの時よく精査していればもしかしたら……?


 ――王子が探しているジンとは、このジン・トキトモなのでは……?


 ラスィアはさらに報告書に目を通す。素材の買取にかけては、そのバリエーションが豊富で、とてもEランク冒険者の持ち寄る素材とは思えない。C、いやBランク冒険者のそれだ。……ファイアリザードに、ガロテザウロ? 北の火山にでも行ったのか。フロストドラゴンの鱗や爪のこの多さは何?


 いずれも、討伐依頼を通さずに持ち込んだ素材だったので、ランク評価に直結せず、ラスィアやギルド長の目にも留まらなかったのだ。だがこれは素材解体部門では、大きな話題になっていたのではないか?

 ラスィアは報告書を持ったまま、カウンターへ戻る。先ほどまでいたジン・トキトモの姿はすでになかった。だから彼と話していたトゥルペに声をかける。


「ジン・トキトモは?」

「あ、えっと、今日はもう出ていかれましたよ。マルテロさんの伝言を受けて」


 出ていかれましたよ? トゥルペのいつもの調子なら、「出ていきましたよ」というところだろう。他の冒険者に対する態度と違うことに、いまさらながらラスィアは気づく。


 ふと、手にしたジン・トキトモの報告書に目を通す。依頼達成や素材記録を用紙にまとめるのは、受付係の彼女たちもやっている仕事だ。達成報告書はともかく、素材買取報告書をまとめる際に、この異様さに気づいて騒ぐ子がいてもおかしくないが、それがなかった。


 よくよく見ると、この報告書の筆跡は、ほとんど同じ人物が書いたものだとわかる。


「ジン・トキトモの報告書を書いているのは、あなたですか、トゥルペさん?」

「あ……はい。ここのところは特に。……あの、何か不備がありましたか?」


 ミスが見つかり、叱られると思ったのかトゥルペが萎縮した。ラスィアは小さく嘆息した。


「少し話があります。解体部門のソンブルも呼んできてください」


 これはもしかしたら、もしかするかも――ラスィアは心の中で呟いた。

書類の一枚目しか目に通さないと、稀に起こる事案。

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