第44話、英雄魔術師と星降らす乙女
期せずしてクリスタルドラゴンを倒した。一回目来た時は遭わなかった。二度目はポータル使ったから、出くわすこともなかった。
本格的な探索が始まれば、誰かがあの水晶竜と遭遇しただろう。そしてミスリル鉱山への道を阻む魔竜として、討伐依頼が発生したかもしれない。ワイバーンの時同様、またも依頼を潰したかもしれない。クエスト・クラッシャー……んー、ちょっと違うか?
クリスタルドラゴンからの素材回収という一仕事を終え、俺たちは、13階層のミスリル鉱山を目指す。
ちなみに、水晶竜から出てきた大魔石は俺がもらった。ヴィスタ曰く、俺が物凄く恨めしそうな目をしていたらしい。大型ドラゴンの魔石は魔力が豊富で超希少だからね。魔法車計画の大魔石製作の素材に打ってつけだろう。
さて、鉱山である。俺の作ったゴーレムたちによって二度掘られた穴は、しかしまだ他の者の手が入った様子はなかった。偵察くらいは冒険者でも来ているかもしれないが……いや、クリスタルドラゴンいたからそれも怪しいか。
ヴィスタは収納魔法のかかったカバンからツルハシを出した。一応、自身で掘り出すつもりで来ていたらしい。が、エルフ女性に採掘させるよりは、俺のゴーレムのほうが早いだろう。
魔石をコアに、周囲の岩を身体としたゴーレムを複数作成。ミスリル銀の採掘をさせた。
「ゴーレムまで操るとは……君は本当にEランクなのか、ジン?」
「つい先日、ドワーフの鍛冶師にも言われたよ」
俺は近くの岩を椅子代わりに、見学を決め込む。え、俺? 掘らないよ。
「ゴーレムを使うって、魔法使いとしてはそう珍しくもないと思うけどね」
「なくはないが、あまり見ないと思う」
ヴィスタが穏やかな笑みを浮かべる。……素で笑うと可愛いなこの人。最初は表情に乏しい人という印象だったけど。
「何から何まで済まないな、ジン」
「なに、まだ終わったわけじゃない。ある程度ミスリル銀が集まるまで、やってくるモンスターを退治しないといけないしな」
「そういうことなら任せてくれ。君から借りているこの魔法弓はよい武器だ。ギル・クほどではないが、扱いやすい」
ヴィスタは心持ち胸を張った。……エルフって細身の人が多いよね。胸の大きさについては控えめなのは長寿な種族だからかねぇ。ほら、年齢の割に子供に乳吸わせる期間短いから。……知らないけど。
とかセクハラまがいのことを考えていたら咆哮が聞こえた。この声は――
「フロストドラゴンだな。まあ、さっきのクリスタルドラゴンよりは雑魚だ」
すっかり覚えてしまった。ゴーレムが作業をするのを他所に俺とヴィスタはモンスターを迎撃。とりあえず、魔術師の俺が前衛、アーチャーの彼女が後衛……魔術師が前衛ってのもおかしな話だが、まあ後衛職しかいないからね。ベルさん? 黒豹姿で援護してくれているよ。
「ゴブリン……ちっ、コボルトか! ヴィスタ、あれを近づけさせるな! せっかくのミスリルをコバルトに変えられちまうぞ」
鉄や鉛をコバルトに変えるのはむしろ歓迎だが、ミスリル銀や金などをコバルトに変えられるのは損な感じだ。……あれ、もしかしてコボルトをテイムできたら、安物金属をコバルト鉱石に変えられるってことじゃね……?
戦闘中に、妙な思いつきをするのもコボルト相手に余裕だからかもしれないが、実際、ヴィスタが魔法弓でドンドン連中を射殺していくので、楽なものだ。魔法弓は、魔法と同じく魔力を消費するが、魔力の回復が早いエルフとは相性がよろしいのだろう。
ある程度の採掘が進んだ頃を見計らい、ベルさんに警戒を任せて、俺とヴィスタはミスリル銀の確保に向かった。ドワーフにも見せたように、ヴェノムⅢで余分な岩と土を除去し、ミスリル銀を手に入れる。
「さて、ヴィスタ。君の持っている魔法弓……ギル・クだっけ? 出してくれ」
「ん? いったい何をするつもりだ?」
エルフの女戦士は収納の魔法具から、青い魔法弓を取り出す。以前の戦闘で傷がつき、能力を発揮できなくなった魔法の弓。
「君の願いは、この魔法弓を直すこと。ミスリル銀を手に入れるのは、そのための手段だ。それなら、ここで修繕したほうがいいだろう」
「修繕だと!?」
ヴィスタは目を剥いた。
「ジン、君は何を言っているんだ? 伝説の魔術師、ジン・アミウールが作り出した魔法弓を君が……いくら魔術師といえど直すことなど」
「君はマルテロ師匠に直してもらおうと思ったようだが、たぶん彼は新しいリムに取替えはできても、刻まれた魔法文字までの再現はできないと思うよ」
俺は、指をくいくいと動かし、魔法弓ギル・クをくれ、とヴィスタに促した。
「魔法文字」
「傷がついたリムのとこな、魔法文字が消えてるだろ? 前後の文字から推測してるようだと不完全だ。何故ならこの魔法文字の意味は、刻み手であるジン・アミウールの国の言葉を訳したものだから、ドワーフもエルフも意味不明な文字羅列に見えるはずだ」
「!」
ヴィスタは固まった。意味不明な魔法文字の羅列。これこそ、ジン・アミウールの強力な魔法文字、とエルフ族では話題になり、解読を試みたが果たせなかった。失念していた。だがそれより、このジンという名の、英雄魔術師と同じ名前を持つ若い魔法使いは、それを看破したことが驚きだった。
「君はいったい……?」
「ジン・アミウールという人物に縁のある人間だよ」
俺は、魔法弓ギル・クを地面に置くと、ミスリル鉱石を近くに集めた。
「ヒントをやろう。アミ、と言うのは友、ウールというのは時間という意味だ」
さて――俺はヴィスタに顔を向ける。
「直すことはできるけど、それだけでいいのか? もしよければ、もっと強力な武器に改良するけど?」
・ ・ ・
魔法弓ギル・ク。
風のオーブを中心に備え、風属性の魔弾を放つその武器は、扱う者によって収束弾、拡散弾と使い分けることができた。
だが今回、ジン・トキトモの手によって改良された、ギル・ク改は握りについているナックルガード部分にさらに火、雷のオーブを備える。元の風のオーブと合わせ、三つの属性の魔弾を扱うことができるようにパワーアップしたのだ。
オーブをスライドさせることで、放たれる魔弾が変わる。風であるなら、従来どおり、収束と拡散。雷は拡散と貫通、そして麻痺弾。炎は炎弾と近接なぎ払いの火炎放射。
攻撃面で大幅に強化されたギル・ク改は、刻まれた魔法文字も一新。改良前の、魔力を増強するだけだった文字は、懐に飛び込まれた際に弓自身や扱い手を守る防御魔法も備える。
生まれ変わった魔法弓ギル・ク改を使うヴィスタは、たちまち冒険者ランクをAにまで上げ、王都での有名な冒険者となる。
戦場を駆ける無数の流星のような矢。大型魔獣には稲妻の如き一矢。いつしか彼女は、周囲から複数の名で呼ばれることになる。
星落とす妖精。
青い鬼神。
最終的には『星降らす乙女』で落ち着くことになるが……。なお当人はそれらの通り名にひどく困惑したという。
裏話:コボルトをテイム……云々という件は、プロット段階ではなく、本編(44話執筆中)に思いついた。




