第43話、氷結エリアの水晶竜
「なるほど、これは確かに魔法弓だ」
風の魔法弓を俺から借りたヴィスタは、得物を確かめる。
「ギル・クに比べてシンプルではあるが、基本的な動作は同じだな。人間の社会にも魔法弓があるのだな」
「おいおい、その魔法弓作ったのは、そもそも人間の魔術師だったんだろう?」
ベルさんが口を開いた。ヴィスタは、なるほど、と呟いた。
「確かに、そうだな。もとは人間の魔術師が作ったものだから人間社会にあってもおかしくはないか……いや、待て。私は英雄魔術師と言ったが人間とは一言も言ってないぞ?」
「あれ、違ったのかい?」
さっきからニヤニヤしている黒猫ベルさん。
「オイラはてっきり、かの大英雄魔術師、ジン・アミウールかと思ったんだけど」
「ジン・アミウールを知っているのか!」
ヴィスタが、その場にしゃがみこんで、ベルさんに食いついた。
「ダンジョン・スタンピードによって危機に陥ったエルフの里を救った人間の魔術師! 人間の世界でも英雄だという! 猫くんは、彼を見たことがあるのか!?」
「見たことがあるも何も――」
ベルさんが俺を見上げたが、俺は知らないとばかりにそっぽを向いてやった。その名前は捨てたんだよ。身内に暗殺されかけたからね。ジン・アミウールは死んだのだ。
それにしても、このエルフ美女のジン・アミウールへの食いつきぶり。先ほどまでの淡白さをまるで感じさせない変化だ。
「ほら、先を急ぐぞ」
俺は促した。ベルさんもついてきて、ヴィスタも立ち上がる。
「私の魔法弓ギル・クは、ジン・アミウールが組み上げた最高の魔法弓のひとつだとされている。一度、お会いしたかったが、彼はかの大帝国との戦いで落命されたという。本当に、残念だ」
独り言のように言うヴィスタ。ベルさんが、またもニヤニヤしたので、思わず蹴飛ばしてやろうかと俺は思ったが自重する。大人だからね。
・ ・ ・
風の魔法弓を持たせたら、ヴィスタが無双し始めた。
出てくるモンスターは、俺たちに近づくことさえできずに、風の魔弾の直撃を受けて倒れていく。
まず弓の中心にある風のオーブが魔力の根源だ。そこに手をあて、魔力を引く。そこから矢を引き絞る動作。引き出された魔力は矢の形に変わり、弓のリムに刻まれた魔法文字が、魔力を増幅させ、魔弾を強化する。
放つ。風の魔法弾が発射される。これの面白いところは、矢を撃つという動作をすることで、普通に魔法を放つより威力が上乗せされると人間の脳が思い込むところにある。魔法の『思い込み効果』によって威力が上がった魔弾は、通常の魔法より射程距離と攻撃力、命中精度が伸びる。
ヴィスタは、風属性のマジックアーチャーとして、一級の実力を持っているのがわかった。彼女は敵に合わせて、衝撃波をぶつける魔弾、切り裂くことを重視した魔弾と使い分けていた。
おかげで、俺は前衛で、壁をやっているだけでよかった。ジャングルエリアでは植物系は茎を切り裂くし、殺人蜂には衝撃波でまとめて吹き飛ばしたり……。あー、後方支援系アーチャーって、やっぱつぇえわ。
そして氷結エリアにたどり着く。ここで俺たちは思いがけないモンスターと遭遇した。
フロストドラゴンよりもひと回り巨大な身体を持つドラゴン。身体に無数のクリスタルを生やしたそれは、その名もずばり、クリスタルドラゴン。
安直なんてものじゃないが、その図体の大きさと、クリスタルが生えた岩山のような肌は迫力満点だ。一歩を踏み出すたびに、地面が揺れた。
「やれやれ、参ったね……」
フレイムブラスト!
俺のかざした右腕から、炎弾がほとばしる。クリスタルドラゴンの鱗を、クリスタルごと焼き払う……のだが、表面を焼いただけで終わる。
「硬いな……」
後方からヴィスタが風の魔弾を放つ。顔面強襲の一撃は、ドラゴンの顔を仰け反らせたが、そこまでだった。咆哮と共に怒りに満ちた赤い眼を輝く。
「駄目だ、まるで効かない!」
ヴィスタの声。俺は念話に切り替えて、ベルさんに聞く。
『クリスタルドラゴンって、ランクどれくらいだっけ?』
『さあ、オイラだって知らねえけど、強さで言えばAランク相当だろうよ!』
ベルさんは黒豹姿で、フィールドを駆けてドラゴンの背後へと回りこむ。ヴィスタがいる手前、人間形態は取らないつもりなのだろう。
『ブレス、来るぞ!』
クリスタルドラゴンの口腔が青く光。体内の魔力を集めて放つドラゴン種族の武器。青いのは、氷系のブレスか。
吐き出される濁流の如き激しい勢いの光。ち、思ったより速いっ!
「闇の障壁!」
全てを飲み込む闇が、放たれたドラゴンのブレスを吸収……って、あちち! これ青いが炎だ! 闇魔法で直撃は防いだが、肌に感じた熱気は間違いなくファイアブレス。
クリスタルドラゴンは首を振り、まわりにブレスを撒き散らした。
氷結エリアに上がる無数の火の手。凍りついた地面がいくつかむき出しになったが、厚い氷で覆われた箇所もいくつも残る。あまりに分厚すぎて数秒の熱射では溶けなかったのだろう。ここが氷結エリアでなかったら、逃げ場がないくらい燃えていたかもな!
「ジン!」
ヴィスタが叫んだ。
「さすがに分が悪い! ここは一度引こう!」
そうは言うがね。君はミスリル銀が欲しいのではなかったのかね?
ここで引いても、クリスタルドラゴンが以後も踏ん張っていたら、結局先には進めない。なら、倒すしかないよな!
『ベルさん、ちょっと奴の注意を引いてくれ。できるかい?』
『任せな』
ベルさんが、クリスタルドラゴンの背後から飛びかかる。黒豹姿のベルさんも、ドラゴンの巨体を前にすると、子猫のようなものだ。だがその爪の威力は凄まじく、竜の鱗さえ切り裂き、ドラゴンに悲鳴を上げさせる。
その間に俺はヴィスタのもとへ。手は革のカバンに突っ込まれている。出したのは、青紫色のオーブがはめ込まれた魔法弓。
「こいつを使え。雷の魔法弓だ」
「!? また、あの竜と戦うつもりなのか!?」
「ミスリルが欲しいんだろ?」
俺は雷の魔法弓を手渡すと、踵を返す。
「頭を、できれば奴の目を潰せ!」
俺は戦場に戻る。クリスタルドラゴンは、ベルさんを相手にしている。その長い水晶付きの尻尾が振り回され、横合いから迫る。
エアブーツ、浮遊発動!
俺の履いている魔法ブーツが、次のステップで大ジャンプを引き出す。竜の尻尾が眼下を抜ける。喰らえばひとたまりもない一撃。地面が削られ、氷塊の欠片と岩の破片が散った。
クリスタルドラゴンが吠える。
ヴィスタが魔法弓を撃つ。飛ぶのは電撃の矢。その一閃は狙い過たずドラゴンの右目を貫いた。……ほんとに当てやがった!
奴の注意がそれる。その間に、俺はドラゴンに肉薄する。
外皮は堅く、クリスタルや岩を張り付かせているのでさらにその守りは強固。推測だが、外からの攻撃は岩やクリスタルが盾代わりとなることで、さらにドラゴンの耐久性を上げているに違いない。
そうであるなら、中に直接ぶち込む!
「デトネーション!」
ぴたり、と触れるクリスタルドラゴンの鱗。その奥に、俺は魔力を注ぎこむ。魔力はドラゴンの体内で変化を起こし爆発。
一瞬、その巨体が異様に膨れ上がると、破裂した風船の如く、爆発破壊した。
飛び散るドラゴンだったものの残骸。クリスタルと肉片と、血液などが周囲にぶちまけられた。
俺の身体も同時に吹っ飛んだが、エアブーツの浮遊効果で空中制御、足から地面に無事着地した。
「ジン!」
ヴィスタが駆けてくる。
「ジン、無事か!?」
「見てのとおりさ」
「あのドラゴンを仕留めたのか……信じられない」
半ば呆然とした調子でエルフの弓使いは言った。
その間に黒豹から猫の姿に戻ったベルさんが戻ってくる。ナイスアシスト。お、アシストと言えば。
「ヴィスタ、君の援護もよかった。上手く奴の目を潰してくれたな」
「あ、ああ……いや、私のしたことなど」
青い瞳が揺れ、恥じるように視線をそらした。俺は周囲に散らばったクリスタルドラゴンの残骸を見やる。
「あまり金がないと言っていたな。喜べよ、分け前は二等分だ」
ドラゴンの鱗や爪、クリスタルといった鉱物――売れば金になるものが、多少散らばったとはいえ、目の前にある。竜討伐のドロップとしては充分すぎるだろう。
ミスリル採掘前に、いい土産ができたのだった。
ランダムエンカウント(ただしボスモンスター)




