第41話、孤高のエルフ美女
そのエルフは美女だった。
絹のような金色の長い髪。涼やかな双眸は、澄んだ水面のような青い瞳。年齢は二十歳前後に見えるが、長寿であるエルフのこと、それだけで年齢を特定はできない。
若草色の軽鎧をまとい、腰には短剣を下げている、そのエルフ女は、冒険者ギルドのフロアを歩き、冒険者たちに声をかけて回っていた。
目も覚めるような美女である。声をかけられた荒くれ冒険者たちは鼻の下を伸ばしたが、彼女は無感動で、淡々と話を切り上げていく。時々、美女エルフの反応に気を悪くした冒険者が声を荒らげたが、周囲の目を気にすると矛を収めて去っていく。
「……なあ、あれ何だと思う?」
冒険者パーティー、ホデルバボサ団のルングは、初めて見るエルフの戦士を見やる。そのエルフは、ギルド窓口で、人当たりのよさが評判のマロンと話していたが、ここでも成果がなかったらしく、ため息をついて窓口を離れた。
「誰か探しているようにも見える」
シーフのティミットが首を捻った。そこへ、噂していたエルフ美女がやってきた。
「君たち、つかぬことを聞くが――」
あ、綺麗な声――ルングは思った。
「腕のいい冒険者を探している。近接戦に強く、前衛をこなせつつ、攻撃、回復、補助、多彩な魔法を操る魔法戦士ないし、魔法使いなのだが……」
は?
聞き間違いだろうか? ルングとティミットは顔を見合わせた。この人は何を言っているのか。
いま聞いた条件を反芻してみる。
たぶん、高ランクの冒険者になら、そういう近接も魔法もできる魔法戦士はいるかもしれない。いや、攻撃、回復、補助とあっさり言ったが、全てに長けている者となると、本職の魔術師でも難しいのではないか。
うちのクレリックであるラティーユが言っていたが、魔法使いでも攻撃、回復、補助の三系統を備えているものは極端に少ないという。
特にネックとなるのが、回復系で、教会の扱う神聖系を除けば水属性しかないとされる。そのため、それ以外の属性を扱う者は回復系には触れることさえない。……神聖系は教会に属する必要があるし、水属性は扱いが難しいうえに地味なためにあまり人気がないのも、それに拍車をかけた。
「条件が高すぎやしませんかねぇ」
ティミットが皮肉げに口もとをゆがめた。
「ギルドの人には聞いたんですかい? 高ランクの冒険者にいるんじゃないですかい?」
その喋り方は何だ、とルングは思った。エルフの女戦士は眉一つ動かさずに言った。
「すでに聞いたが、残念ながらそういう冒険者は、と口を濁されてしまった」
いなかったのか――ルングは察した。そりゃそうだ。三系統すべてを修めているとしたら魔法使い。だが魔法使いは後衛職だから前衛こなして近接戦なんてするわけが――
「「あ」」
ルングとティミットは同時に気づいた。いるじゃないか、その条件に見合いそうな冒険者が。
「ジンさんなら、もしかしたら……」
「ジン?」
エルフの女戦士の片方の眉がかすかに吊りあがった。ルングは頷いた。
「めっちゃ強い人だよ。魔法使いだけど、杖を二本もってゴブリンの集団に先陣切って切り込んでた」
「おまけに攻撃と補助、回復も使っていたよな」
「そうそう。えっと、火に水に土……あと雷も」
指を折りながら思い出すルング。その言葉に、女エルフは顔を上げた。
・ ・ ・
「帰れ。わしはエルフの武器を鍛えるつもりはないぞ」
マスター・マルテロ。ドワーフの名鍛冶師。彼はどのような魔法武器さえも鍛え、直すと言われる腕と力を持つとされる。
「待ってほしい。この武器は、エルフが作ったものではないんだ」
女エルフは、髭もじゃドワーフに言った。マルテロは首を振った。
「エルフが作ったものじゃない? だとしてもだ、今はどの道、ミスリル銀が極端に少なくて仕事が追いつかん状態じゃ。お前さんの依頼を引き受けている余裕はない」
「エルフだから――」
「たとえエルフでなくても、無理なものは無理じゃ!」
マルテロは幾分か声を落とした。
「ドワーフに頭を下げるお前さんの気持ちは評価してやってもいいが、材料がなければどうしようもない。そんなに作ってほしけりゃ、材料もってこい。それなら話を聞いてやる」
「ミスリル銀の調達……」
女エルフは俯いた。途方にくれたようにも見える彼女に、マルテロは口をへの字に曲げた。
「……大空洞というダンジョンにミスリル銀の鉱山が最近見つかった」
「……!」
「欲しけりゃ行ってみることじゃな。どうしてもと言うなら、ジン・トキトモという男に相談してみるのもいいじゃろ」
「ジン、トキトモ……?」
「わしの口からはそれ以上は言えん。自分で何とかせい」
マルテロはそう言うと話は終わりだとばかりに奥の工房に引っ込んだ。
・ ・ ・
目の前の子供のような冒険者から、ジン・トキトモという名前を改めて聞いた女エルフは、その冒険者に会ってみることにした。
ドワーフの推挙した人物なので、最終手段と思っていたが、人間の冒険者からも同じ名前が出たから、これは当てにできるのではないかと思ったのだ。……マルテロが聞いたら憤慨ものかもしれないが。
それにしても、『ジン』という名前か――エルフ女は物思いに沈む。
音に聞こえた伝説的英雄と同じ名前を持つ人物。魔法弓を生み出した武器職人であり、大魔術師――
・ ・ ・
俺が冒険者ギルドに行くと、窓口のトゥルペさんから待ち人がいると言われた。
現れたのは、金髪碧眼の美女エルフ。……いかん、胸がドキドキしてきた。凛とした様子だが、まごうことなき美人である。尖がっている耳もまた綺麗だ。
「私の名はヴィスタ。カリヤの森の出、弓使いだ」
男口調だが、綺麗な声ゆえだろうか。思ったより角ばった印象はなく、柔らかな女性らしさを感じる。もっとも表情は淡々としていて、あまり感情を感じないが。
ヴィスタと名乗るこの女エルフの話を聞いた俺は、片方の眉を吊り上げた。
「ミスリル銀を手に入れたい、と?」
「そうだ。王都では現在、ミスリルの輸入がストップしていて買うこともままならない」
とうとうとヴィスタは語った。
「大空洞でミスリルが出たという話を聞いた。まだほとんど手付かずの状態だと言う。直接とりに行くことも考えたが、採掘もとなると私ひとりではさすがに無理だ。だが人を多く雇うことも、経済的事情により不可能。それゆえに、腕の立つ同行者をと思ったのだが……」
こうも長い話をすらすらと話せるのは凄いな、と俺は思った。ヴィスタはそこで初めて眉をひそめた。
「君はEランクというのは、本当なのか?」
「つい最近、登録したばかりでね」
「ミスリル鉱山は大空洞の中層を潜り抜けることになるという。君は腕利きだと聞いたが、問題ないか?」
「ああ、例のミスリル鉱山は踏破済みだ。案内できるよ」
「それはありがたい。確認するが、君は魔法使いだな? 前衛もできて、攻撃、補助、回復の三系統を一通り使えて、複数属性を身に付けている――」
「間違いない」
ふむ、とヴィスタは考えるように、自身の顎に手を当てた。その碧眼は、俺を値踏みしているようだった。……すまんね、こんな初心者装備で固めていて。
「わかった。ジンと言ったな。よろしく頼む」
あくまで事務的に、ヴィスタは言った。
ところで、この女エルフは弓使いと言ったが……肝心の弓は持っていないのか?
俺は彼女の細身なボディラインをそれとなく眺めつつ、思った。
エルフ → 森 → 緑 → 緑の人?




