第38話、ミスリルとコバルト
大空洞ダンジョン、第十三階層にて一泊。ひたすらゴーレムが掘り続け、俺とベルさんは交代で見張り。ついでにゴーレムを追加して、護衛させたり、やってくる魔獣を返り討ちにしたりながらの採掘作業。
そして、ある程度たまったコバルトとミスリル銀をそれぞれ塊にする。要するにインゴット化である。
同じものを結びつけるだけなので、得意の合成魔法でも簡単な部類だ。適当な大きさに集めて固めて、それぞれコバルトインゴットとミスリルインゴットにする。コバルトは二本、ミスリルは三本だ。コバルトの量が少ないのは、ヴェノムⅢで若干溶けた分もあるが、基本的にここがミスリル鉱山で、コバルト化した鉱石のほうが少ないからである。
休み知らずのゴーレムたちの力を借りて、一日かかって成果がこれだけ、と感じるかもしれないが、鉱石掘りというのは案外こんなものだ。掘り出される鉱石の量に対して、圧倒的に不要な岩、土砂のほうが多い。
さて、鉱石掘り以外の成果は、採掘中に襲ってきた魔獣である氷狼、白トカゲ、霜竜などの爪や牙、毛皮、鱗などの素材を回収できた。霜竜からは氷の魔石を複数とれた。
ちなみに狼とトカゲの肉の一部は、晩ごはんと朝ごはんに化けた。こんがり焼けて美味かった。
面白いのはゴブリンあらため、コボルトの使っていた武器である。
それ自体はゴブリンなどが持っていた粗末な剣やナイフ、槍、斧なのだが、その金属部分がコバルトになっていることだろうか。
斧なんかはコバルト鉱石そのまま、という感じで、剣などはほんと切れ味悪そうな質の低い状態だが、再度溶かして再合成したら、マシなものになると思う。ただの石とか粗末な鉄を使っているゴブリンとは価値が大違いである。この世界ではゲームで見かけるような犬型ではなく、妖精的な力を持つ種族だからだろうなぁ。
ミスリルが掘れるというのは希少だ。魔法武具の素材になるから、自作の武具を作る素材調達にも打ってつけ。普通にとれたミスリル銀を売るだけでも、いいお金になる。
というわけで、たぶん何度かここに来ることになるだろうから、近くにポータルを設置しようと思う。場所は鉱山から少し離れた場所で、できれば周囲から隠れられそうな場所がいい。一応、擬装はするが、ここの魔獣がポータル使って出てきたらマズいからだ。
ゴーレムたちをバラし、ポータルを設置後、俺とベルさんは大空洞を後にした。
・ ・ ・
冒険者ギルドの掲示板を眺めると、ミスリル鉱山関係の依頼を数点見かけた。
ただ、基本的に冒険者に直接掘ってこい、という依頼はない。冒険者は採掘工ではないからだ。
いまある依頼は、鉱山の状態を確認する、とか、調査員の護衛という下調べの段階に当たる。
掘る、選別する、砕いて、培焼(要するに鉱石を焼く)、洗って、精錬と一連の作業をするにもそれなりの規模が必要であり、役割分担が必要だ。個人で全部というのは用意する設備と金額から至難の業と言える。
……設備分、魔法ですっ飛ばしたチートな俺が言うのもなんだけど。それにしたってゴーレムたちが休まず働いて、たくさん掘ったというのもある。
「あ、ジンさん、おはようござっす!」
ホデルバボサ団リーダーのルングが掲示板までやってきて挨拶した。俺の肩に止まっている黒猫のベルさんが「よう、クソナメクジ」と声をかける。
「な!? なんてこと言うんすか、この猫!」
やっぱり、自分たちの名乗っている団の意味知らなかったんだルング。
「それより、何か儲かりそうな依頼ありました?」
「どうかな。……大空洞のミスリル鉱山の話は聞いてるか? それ系の依頼があるぞ」
「えー、と十三階層でしたっけ? ミスリル銀が掘れる場所が見つかったって」
ルングは掲示板の依頼を睨むように見た。
「十三階層ってのは、オレたちではまだ手が出せないっス。そもそもその前の第十階層ってのがマジヤバいんですよね? ジャングルエリア」
「おう、デカい虫とか花がいっぱいいるぞ」
ベルさんが言えば、ルングはぶるっと震えた。
「生理的に無理そう……! でもミスリルか……やっぱ冒険者なら、ミスリル装備って憧れるっスよねぇ」
「そうか? あー、うん、そうかもしれないな、うん」
俺は同意しておく。いい装備、いい武器は誰もが望むところ。俺だって、身分偽ってなければレア装備で固めて、周囲を威圧したい、かっこ、笑い、かっこ閉じる。
「ですよねー。魔法使いにとっても、ミスリル製って、他の金属より魔法と相性いいらしいって聞きますし。あー、オレもミスリル装備欲しー!」
まずは自力で装備買い揃えるくらい強くなんないと――ルングは笑うと掲示板を離れた。その背中を見送り、俺は思わず呟く。
「頼まれたら、ミスリル武器なんか作ってやろうかと思っちまった」
「出た、ジンのお人よし根性」
ベルさんが笑ったので、俺はその黒い頭を撫でてやる。毛並が柔らかで気持ちいい。
「あいつ、何か憎めないんだよな」
「まあ、悪い奴じゃないわな」
視線を掲示板に戻す。
「で、どうする?」
「んー、やっぱ十三階層ってだけあって、ミスリル系探索依頼は、C、Dランクが多いな」
現在Eランクなので、Dの依頼までは何とか受けられる。が、無理して受けるような依頼でもなさそうだ。
「とりあえず、手に入れた素材を売っておこうか。霜竜とか、幾らで売れるかな」
俺はベルさんを連れて、解体買取部門の窓口へと向かう。窓口には他の冒険者がいて査定の最中だった。少し待つかと思っていたら、解体部門のチーフであるソンブル氏が、ちょうど出てきたところで、俺に気づくとやってきた。
「おはようジン君。買取かね?」
「おはようございます、ソンブルさん。ええ、そのつもりです。……あなたも早いですね」
「いや、実は帰っていないだけでね」
平凡な事務屋といった風貌のソンブル氏は相変わらず無表情であるが、やや眠そうなうえに、エプロンは解体の汚れが目立った。
「立ち話もなんだ、中へ来なさい」
そう言って解体場のほうへと誘導される。中からは持ち込まれた魔獣などの解体が行われていて、さまざまな臭いに満ちていた。
「君は収納の魔法具を持っていたな」
適当な机で俺と向かう合うソンブル氏。
「今日は何を持ってきてくれたのかな?」
「色々です。例のミスリル鉱山の話を聞いて、行ってきたんですよ」
以前にワイバーンの素材を買い取ってもらったことで、ソンブル氏相手には特に隠し立てることなく正直に告げる。黙っていてもどうせ聞かれるだろうから。
革のカバンから、すでに解体した魔獣の部位や素材を出す。霜竜、氷狼、白トカゲ……。
「大量だね」
「一晩粘りましたから」
「一人で?」
「いえ、腕のいい相棒がいましたから」
俺が言えば、ベルさんは胸を張った。もちろん、ソンブル氏は目の前の黒猫が、それ以外のモノの姿を取るなどとは知らない。
「なるほどね。ちなみにだが、ミスリル鉱山の様子は見たかい?」
「ええ」
「採掘はできそうだったかな?」
できました、と答えていいのだろうか。実際できたのだが、それは俺とベルさんだからであって、まさか魔獣を狩りながら採掘をしていたなんて話をしてもいいのかどうか。
ソンブル氏とは何度か顔をあわせて、その仕事ぶりに好感を持っているが、だからといってすべてをオープンにしているわけではないし。
「……腕のいい護衛が必要でしょうね。霜竜が出ますし、結構、魔獣も多かった。専門の採掘業者が入るとしても、同時に警備する者も必要でしょう。それに行くまでに危険な階層を突破しなくてはいけない」
「なるほど、宝はあれど、その道のりは険しく、また容易に手に入らない、と」
ソンブル氏は淡々と頷いた。
「では、鉱山はあれど、しばらくミスリル銀は手に入られそうにないな」
「コバルトなら手に入るかもしれませんよ」
「ほう……?」
「あの辺り、コボルトがいましたから……」
俺はカバンから、コボルトから回収したコバルト製の短剣を取り出した。ソンブル氏は、机に置かれたコバルト短剣を手に取り、眺める。
「なんじゃ、その出来損ないの短剣は?」
怒鳴り声にも似た大きな声が解体場に響いた。思いのほか近くて俺はびっくりしてしまう。
そこにいたのは背は低いががっちりした体躯。岩のようにごつい顔に髭もじゃ。……ああ、これはあれだ。
ドワーフである。
氷狼=アイスウルフ、白トカゲ=ホワイトリザード、霜竜=フロストドラゴン




